みんなで48時間待つくらいなら10秒を捨てる

ちびまるフォイ

部屋のタイマーが0になったら実験は終わります。

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みなさん、本日は実験に参加ありがとうございます。


実験の性質上、詳しくお話することはできませんが

2点だけ説明させてもらいます。


① お手元のストップウォッチでぴたり10秒を出せば、あなたは出られます。


② 部屋にあるタイマーが0になったら実験は終了します。


以上です。


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窓もなく、コンクリートの壁で囲まれた部屋に参加者はいた。

それぞれの手には1つずつのストップウォッチ。


実験開始とともに、部屋に埋め込まれているタイマーが時間を刻んだ。


「ひぃ、ふぅ、みぃ……うそ、48時間もあるの!?」


壁にかけられたタイマーは48時間から1秒ずつ数を減らしている。


「落ち着けよ。こんな密室なんだ。

 おおかた、俺達の心を動揺させるためのものなんだろう」


「だからって、なんでそんなに冷静なのよ!」


「こういうときこそ、ポジティブに考えるんだよ。

 逆をいえば48時間ここでまでば必ず脱出できるってことさ」


「ああ、もう限界! はやくシャワー浴びたい!」


女は手元のストップウォッチのスイッチを入れた。

1秒からめまぐるしい速度で数字がカウントされていく。


「いち、に、さん、し、ご……あれ!?」


ストップウォッチには細工がされており、

5秒を過ぎたところで表示が消えてしまった。


女は自分の体内時計を信じておよそ10秒のところで止めた。



11:02:40



「ああ! もうあとちょっとだったのに!」


女は悔しそうにしていたところ、男は女につかみかかった。


「おいてめぇ!! なんてことしてくれたんだ!」

「え!?」

「壁のタイマーを見ろ!!」


男が指差すタイマーはふたたび48時間からスタートしていた。


「てめぇがストップウォッチを押したとたん、

 せっかく減っていた壁のタイマーが48時間にリセットされたんだ!」


「だ、だって知らなかったんだもん!!」


「こちとら1分でも早く脱出してぇんだよ!!」

「私だってそうよ!」


もめていると、また壁のタイマーがリセットされた。


「だ、だれだ!! どこのバカが押しやがった!!」


「ママ、9秒だったーー」


部屋にいる子供が親にストップウォッチの数字を見せていた。


「このガキィ!! てめぇのせいでまたリセットされたじゃねぇか!!」


「だって……ぐすっ、だってぼく……」

「やめてください! この子は、私のためにやったんですっ」


「勝手なことするんじゃねぇ!! 脱出が遠のくだろ!!」


怒り狂う男を無視するように、実験終了タイマーは何度もリセットされる。


「今度は誰が押しやがった!!」


もう誰も答えなかった。

うまく10秒ぴったり出せば自分だけは脱出できる。

失敗さえしなければ、この部屋でタイマーをリセットされたと怒られずにすむ。


部屋にいる誰もがお互いの目を盗んで、10秒を狙ってストップウォッチを押した。


終了タイマーがリセットされることを怒っていた男も、

みんなが無法地帯でリセットすることに諦めて自分もストップウォッチを使った。


「もういいや……どうせ俺が何を言っても従わないんだろう……」


実験終了タイマーは何度もリセットされたが、

その中で誰ひとりとして10秒ぴったりを出す人はいなかった。


「あなたは挑戦しないの?」


女は部屋の隅に座ったまま静かにしていた男に声をかけた。


「……ああ」


「48時間終了を待っているのなら無駄よ。

 もうみんな10秒出すことでの脱出しか考えてないもの」


「そうだな」


「こんな無法地帯でみんなで脱出することなんて無理よ?」


「そんなことはない」


男はゆっくり立ち上がると、ストップウォッチを凝視する人たちに声をかけた。


「みなさん、聞いてください。

 実はわたしは短距離のアスリートです」


「……どうしたんだよ、急に」


「練習の影響で10秒がどれくらいの長さなのかを知っています。

 身体に染み付いています。そこで、これは提案なのですが

 みなさんのストップウォッチを私に預けてくれませんか」


「どうしてそんなことを?」


「体内時計に自信のある私が10秒をぴたり狙います。

 おそらくぴったりは難しいでしょうが、

 複数のストップウォッチを操作することで前後で幅広く止められるでしょう?」


誰かひとりが複数のストップウォッチで時間を止めれば、

その操作時間で必ずタイムラグが生じる。


それによって、偶然にもぴたり10秒が前後で発生するかもしれない。


「お願いします! やってください!」

「俺のストップウォッチも使ってくれ!」

「私のもやってください!!」


誰もがこぞってストップウォッチをアスリートに預けた。

全員のストップウォッチを回収した男は目をつむって息を吸った。


「では、いきます」


男はストップウォッチを地面に叩きつけて破壊した。

粉々になって使えなくなるように念入りに踏み潰した。


「て、てめぇ!! なんてことしてくれたんだ!!!」


男は怒りにまかせてアスリートを殴り飛ばした。


「途中から表示が消えるこのストップウォッチで

 10秒ぴったりが狙えると本気で思っているんですか!」


「できるかもしれねぇだろ!!」


「そんな不確定なものに賭けるくらいなら、

 48時間耐えたほうがずっと楽でしょうが!!」


「それはてめぇの都合だろ!」

「あんたの都合でゴールラインを動かされてたまるか!!」


しかしいくら揉めたところで壊れたストップウォッチが直るはずもなく、

結局みんなおとなしく部屋で48時間がすぎるのを待った。


リセットされなくなったタイマーは少しづつ実験終了までのカウントダウンを始める。



「……お前の言うとおりだったよ」


「なにがですか」


「……ストップウォッチがもし手元にあったら、

 今でも10秒ぴったり狙っていつまでもやっていたかもしれない」


「目先にニンジンがあれば誰でも食いつきますから」


「大事なのは、遠回りでも確実な道だったんだな。

 俺はこの実験を通してそれに気づいたよ。本当によかった」


「あ、もうすぐですよ」



全体タイマーはついに10秒前となった。



10







「いよいよだ」









0秒ぴったりになると、実験記録者の扉が解放された。


「あーー長かった。やっと実験終了した! これでやっと家に帰られる!」


記録者は閉ざされたままの実験室の電気を消して去った。

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