第27話 芹沢 夏杜希に癒される。

「夏杜希ー、夏杜希ー」


「よしよし、あーちゃん頑張ったもんな」


 疲れ果てた俺を優しく抱いてあやしてくれる夏杜希。

 ランニングでへとへとになった心身が癒されていく。


「ああー夏杜希ー、夏杜希ー」


「あはは、くすぐったいぞ。あーちゃん赤ちゃんみたいだ」


 夏杜希のもちもちのほっぺにすりすりと頬ずりする。

 俺の頭を優しく撫でてくれる夏杜希の手がポカポカしていて気持ちいい。


「俺ずっと夏杜希に抱かれていたい」


「なんだそれ」


 けらけらと笑いながら彼女はそっと頭を膝の上に乗せる。

 所謂、膝枕。

 頭の後ろになんともいえない柔らかさを感じて幸せな気分に陥る。


「抱かれてたいとか……なんか響きがエッチだぞ」


「夏杜希はいっつも人のことをエッチエッチってうるさいな」


「だってそうだからさ。あーちゃんはむっつりスケベさんなんだ」


「そんなこと言われたって……」


 頭に直に伝わる夏杜希の太ももの感触が得も言えぬ幸福感を生む。

 スパッツの布越しでよりリアルな太ももの柔らかさを感じられる俺ってなんて幸せなんだろ。


「太ももスリスリしないで……あっ……ちょっと、あーちゃんってばぁ……」


 くすぐったさに頬を染める夏杜希。

 恥ずかしがる夏杜希が新鮮で可愛い。

 もっといじめてやりたい気持ちになってしまう。

 こんな風に夏杜希を女の子として意識したのは初めてかもしれない。


「もう、じっとして。そーいうところがエッチなんだぞ」


 そう言って釘を刺してくる夏杜希だったが、甘えることに、満更でもないのかその顔はとても優し気である。


「俺もうずっと夏杜希の太ももの上で生きるんだ」


「なに言ってるんだ? それじゃあ、わたしはずっとこのままか?」


「そうだよ。ずっとずっと、こうして夏杜希は俺のことを甘やかすんだ」


「まあ、あーちゃんがそれでいいならかずきも幸せだよ」


 そう言って、夏杜希は顔を近づけてくる。


「あーちゃん。いっぱいいっぱいわたしに甘えてね」


 夏杜希の顔がどんどん近づいてくる。その頬は僅かに朱色に染まり、ぷっくりした唇が艶々して、それに触れたらもっともっと幸せな気分になってしまう。

 そんな予感が俺の心をどんどん熱くして……そうして、お互い瞳を閉じて……。


「きみの浮気者!!」


 φ


 ごつん。


 頭に鈍痛が……。


 なんだかもの凄い剣幕で芹沢さんに叱られたような。


 目を擦って辺りを窺う。

 ここは俺の部屋。

 となりで夏杜希が寝ている。

 ぼっ、と顔全体が熱くなるのを感じる。

 今まで俺は寝ていたのか。それで、なぜか夏杜希と……イチャイチャした夢を観ていた。

 あーーーーーー、恥ずかしい。

 なぜ、よりにもよって、夏杜希なのか!


 早朝ランニングで疲れ果てた俺は飯も食わずに力尽き、眠ってしまったことを思い出した。

 もともと、早く起されて眠かった。そこに空腹と疲労が重なって帰宅と同時に意識が深い闇に沈んでいった。


「とんでもねー夢を観てしまった……」


 たぶん、夏杜希の後方を走ることでスパッツ越しに見る太ももに魅せられてしまったに違いない。


「なんと恐ろしい。俺はそれほどまでこいつの太ももに魅了されたというのか……」


 と、少し大きな独り言だったのか夏杜希が目を擦りながら目を覚ました。


「……あーちゃん、起きたのか?」


「あ、うん」


「心配したんだぞ。帰ってくるなり玄関で倒れちゃったから」


 悲しそうな目で俺のことをしっかり覗き込んでくる。


「悪い。心配かけたな……でも、おまえが無茶なランニングするからだぞ」


「むう。ごめん……」


 しゅんと、叱られた子犬のように目を潤ませる。しっぽと耳があったらひどく垂れ下がっていたに違いない。


「もういいって」


 悲しそうな夏杜希を元気づける意味も込めて頭を撫でてやる。

 こそばゆいのか、目をつぶって少しだけ身体を震わせる。

 それから嬉しさに頬をほころばせる。

 本当に子犬みたいなやつ。

 まったく、可愛いじゃないか。


「今度からは俺のことも考えてくれよな」


「それじゃあ。また一緒に走ってくれるのか?」


 俺が二度と一緒にランニングに付き合ってくれないとでも思ったのか、驚きに目が見開き、その瞳はキラキラと輝いていた。


「そうだな。また機会があったら一緒に走ってやるぞ」


「やったー!! あーちゃん大好きなのだ!!」


 ぎゅーと歓喜に踊る気持ちが抑えきれなかったのか抱きついてくる夏杜希。


「ちょ、く、苦しい……」


「あーちゃんごめんね。ありがとう。あーちゃんは優しいんだ」


 回された腕はそのままで、夏杜希は様々な感情を吐き出す。

 天真爛漫。元気っ娘。芹沢夏杜希。

 無邪気な彼女の頭をそっと撫でながら、あんな夢みたいに俺が夏杜希に甘えるなんてないな、と思う。

 まあ、どうなるかは分からないけど。

 少なくとも今は、可愛い妹。

 それが芹沢夏杜希なんだと思ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る