第24話 芹沢 美水希と迷子の幼女
日も暮れ始めてショッピングモール内は目に染みるような朱色に染まりっていた。
芹沢さんと二人、ショッピングモール直通の駅へと向かいのんびりと歩いていた。
この時間が終わってしまうのを名残惜しむように、そろりそろりと歩いていく。
この雰囲気。もしかして、手をつないでもいいんじゃないか?
そう思うと急に芹沢さんの存在を意識してしまって、どきどきと胸の鼓動が速くなる。
意気地なしの俺、ここは勇気を出せ!
そう言い聞かせて……いざ、さり気なく芹沢さんの手をとるのだ。
「ママ~~~!!」
「え?」
「あ!?」
俺よりも先に何者かが彼女の手を握った。
とても小さな手。
手を引かれて振り返る芹沢さん。
そこには泣き腫らした目の小さな女の子がいた。
4~5歳くらいの子だ。
「ん? どうしたのかな?」
芹沢さんは腰を落として女の子の目線で優しく問いかける。
「ママが~!!」
「迷子になっちゃったのかな?」
女の子を見、それから俺を見た芹沢さんはそう言った。
「ああ、芹沢さんをお母さんと勘違いしたってことじゃないんだ」
「む、なにそれ? 私まだお母さんって歳じゃないし」
ぷーと膨れる芹沢さん。
「や、別にそういいたいわけじゃなくって……でも小さな子にとって高校生もお母さんもそんなに変わらないんじゃない」
「それは、そうかもだけど」
それから芹沢さんは女の子に名前を訊いた。
「わ、わたし……はずき」
「そっか。はずきちゃんはお母さんとはぐれちゃったのかな?」
「んん~、ママがまいごになっちゃた~」
ちょっと笑ってしまう。女の子――このはずきちゃんの中ではお母さんの方が迷子なのか。
「うふふ、そうかそうか。それじゃあ、おねーちゃんと一緒にはずきちゃんのお母さんを見つけようか」
「うん」
芹沢さんはどこからか取り出した飴玉をはずきちゃんに渡してにっこりと微笑む。
飴を口にいれたはずきちゃんは、その甘さに目を細めて喜んでいる。
「飴なんて持ち歩いてるんだ」
「うん。ちょっとおなかすいた時とか、イライラした時なんかに良いんだよ」
なるほどね。
たしかに甘いものを口にしたら気持ちが落ち着くかもしれない。
「ところで、はずきちゃんのお母さんを探すあてはあるの?」
「そーね。こういうときはやみ雲に探し回ってもよくないから」
ふっふーん、とばかりに得意げに胸を張る芹沢さん。
まあ、大体予想は付くけど、芹沢さんの反応が可愛いから俺は無能を装うことにする。
φ
はずきちゃんと手を握って歩く芹沢さんは、言われてみれば親子に見えなくもない。
姉妹って感じじゃないんだよな。
大人びて見えるからかもしれない。
どちらにしたって、ほほえましい姿だから見ていて心がほっこりする。
「ショッピングモールの受付でアナウンスしてもらえばいいと思う」
そう言って移動を始めて少ししてからはずきちゃんがおもむろに立ち止まった。
「どうしたのかな?」
優しく話しかける芹沢さん。
すこしだけ顔をしかめたはずきちゃんは足をさすっている。
「あしが、んん~」
立ち止まったはずきちゃんの頭を撫でる芹沢さんはどうしたのかすぐ理解した。
「足、疲れちゃったかな?」
「……うん」
小さくこくりと首を曲げるはずきちゃん。
「そうかー。それじゃあ、このお兄さんに抱っこしてもらおうか」
にっこりと提案する芹沢さんに大きく頷き返すはずきちゃん。
ああ、なんだろ。二人のやり取りを見ていると心が洗われるような気分を味わう。
芹沢さんが保育園の先生とかに見えてくる。
小さい子達に囲まれて〝せんせい、せんせい~〟って呼ばれる芹沢さん。にこにこ笑って面倒を見る姿。
いい。凄くいい。
「ねえ、きみ。ぼーっとしちゃってどうしたの?」
「えっ!? あーいや、なんでもないなんでもない」
有耶無耶に答えると、芹沢さんは胡乱げな眼差しを向けてくる。
「ま、いいや」
そして、歩き疲れてしまったはずきちゃんを負ぶって受付に急ぐことにした。
だけど、
「かたぐるまがいい」
とはずきちゃんが言った。
「肩車か。いいよ。さあおいで」
俺はしゃがみこんではずきちゃんが肩に上りやすいようにする。
「わあ~たかいたかい!」
肩の上できゃっきゃっとはしゃぐ姿を見て芹沢さんも嬉しそうに笑う。
「よかったね。はずきちゃん。お兄さんに肩車してもらって」
すると突然はずきちゃんは黙り込んでしまう。
何か考えてるようで、ん~とうなりながら眉間に力を入れている。
「黙り込んじゃって、今度はどうしたのかな?」
そう言う芹沢さんに向かって、かっと目を見開いたはずきちゃんはこう言った。
「パパとママはてをつながないの?」
「「え!?」」
思いもよらないことに驚いて二人して声を上げてしまう。
「パパとママって?」
肩に乗るはずきちゃんに問いかけると、
「ふたりはパパとママじゃないの?」
そんなあどけない声で訊きかえされてしまった。
芹沢さんは、かーっと一気に頬を上気させてあたふたしている。
「そんな、パパ? ママ? えっ? そんな風に見えるの?」
俺を指差し自分を指差し、両手で頬を押える芹沢さん。
「どうしよう。いま顔が真っ赤なの分かる……ううはずかしい」
俺も同じく、どう反応していいか困る。
素直で無垢な少女が言うことだ、他意はないのだろう。
でも純粋だからこそ、こういったとんでもなことを言ってしまうこともあるのだろう。
しかし、待てよ。これはひょっとして、ひょっとするのか?
はずきちゃんの疑問に乗っかる形で芹沢さんと手を繋ぐチャンスなのでは?
ならば逃す手は無い!
「そ、そうだねパパとママなら手をつなぐよねー」
おっと……緊張しているのか声が上ずってしまった。
直接顔が見えなくてもはずきちゃんの興味津々は表情が浮かぶ。
ちっちゃな子の期待を裏切ってはいけない。そう言い聞かせて。
芹沢さんの前にそっと手を差し出す。
ん~、と目一杯瞳を閉じた芹沢さんは、がっしと力強く俺の手を握った。
彼女も緊張しているのだろう。
俺はむーと口を閉じてにやけてしまいそうなのを必死にこらえる。
「あっは! みんななかよし!」
肩の上でははずきちゃんが喜びの声を上げる。
〝みんななかよし〟か。
うつむき加減で歩く芹沢さん。
別に嫌な気持ちというわけではないのだろう。
ただ恥ずかしくって、でも心地よくって。
なんだかふわふわした感覚で俺たちは案内所まで歩いていった。
まわりにはどういう風に見えるのだろう。
仲のいい兄妹? 仲のいい家族?
別にどんな風に見られたって関係ない。
ただこうして芹沢さんと同じときを過ごせる。
それだけで幸せになれるのだから。
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