第10話 芹沢さんとメガネとしましまと……

 スマホのメッセージに――


芹沢美水希:窓、あけて


 簡潔なメッセージは芹沢さんらしさを感じる。

 無愛想だな、とは思わない。

 着飾った文章を作らないのは、芹沢さんとの距離の近さを感じることができる。

 まあ、実際距離は近かったりするのだけど。


 部屋の窓を開けると向かい側の窓から芹沢さんが顔を出していた。


「ごめんね夜遅くに」


 彼女はそういうけど、まだ8時を回ったばかりである。

 水泳の練習で朝が早い芹沢さんからすれば、もう遅い時間になるのかもしれない。


「全然、気にしないで――」


 そこではっと気が付く。

 芹沢さんがメガネをかけている。

 銀のフレームの薄いレンズのメガネ。褐色の肌との相性がよくとても似合っている。

 普段は眠たげな目も、キリッとしていて印象的だ。

 もともと、切れ長の目をしているからなのかもしれない。

 こう……ギャップ的なやつで知的というより妖艶ようえんな雰囲気をかもしていて、ちょっと……すごくいいと思う。


「どうしたの? ぼーっとしちゃって。眠かった? 邪魔しちゃったかな、ごめんね」


「あ、違う。その、メガネかけてるんだ」


「ん、これ?」


 メガネを〝クイッ〟とやる仕草があざとくて、やばい! これいいな!!


「似合わないかな?」


「や、ぜんぜん! すごく似合ってると思う」


「よかった。いつもはコンタクトなんだけど、ずっとは疲れちゃうじゃない。勉強するときなんかはメガネかけてるの」


「そうなんだ。いま、勉強してるところ?」


「そうなの。でね、ちょっと分からないところがあるから教えて欲しくて」


 芹沢さんは机の上に広げていたテキストをこちらに見えるようにかかげる。


「どれどれ……」


 指差してくれてるところを見ると、それは今日英語担任に俺が出された課題と同じところだった。

 つまり、あれか? あらかじめ俺に問題を解かせておいて、芹沢さんが分からないところがあったら俺が教えると……。

 それって、先生としてどうなの? 芹沢さんに対して甘くない?


「まあいいか……そこは、――」


 φ


 しばらくテキストと格闘していた俺たちだったが、出された課題を終わらせて雑談していた。


「やっぱり、授業中に居眠りしちゃうのはまずいよ」


「うう……分かってるけど、分からない事って呪文みたいじゃない? あれすっごく眠くなるんだよね」


 そんなたわいもない会話をしていたところに、嵐がやってきた。


「美水希ー、起きてるー? この前借りてたやつ返すよ」


 ノックも無しに入ってきたのか慌てた様子の芹沢さん。


「ちょっと、おねーちゃんいきなり入ってこないでっていつも言ってるでしょ!」


 ああ、ここでも颯希ねーちゃん、同じこと言われてる。大雑把な性格だから仕方ないのか。


「あるぇ~、もしかして、お取り込み中だったかにゃ~」


 ごめんごめん、とにへらっと笑って誤魔化す颯希ねーちゃん。


「もう。ところで私、おねーちゃんに何か貸してたっけ?」


「ん~ん、勝手に持ってちゃったから。ついでに謝ろうと思ってね」


 それには流石の芹沢さんも呆れ顔である。


「まーいいや。それで、それが借りたもの? 今度からは私に一言いってね」


 芹沢さんは颯希ねーちゃんがにぎっていたを受け取ろうとした。


「あ!? 待って! 今は――」


 颯希ねーちゃんの握っていたものは……。


「って!? これ私のパンツじゃない!!!!!」


 あわあわする颯希ねーちゃんと顔を真っ赤にする芹沢さん。

 そして、

 ひらひらと風に舞うしましまパンツ。


 ……。


 なるほど。芹沢さんの縞パンか。


 なんて言うのか……。


 颯希ねーちゃん、ありがとうございます。


「きみも勝手に人の……もう、バカ!!」


 言うが早いか、芹沢さんは恥ずかしさと怒りの混ざった瞳で〝ギリ〟と睨みつけてきて、開けていた窓を勢いよく閉める。


――おねーちゃん!! 逃げないで!! ちゃんと説明して!!


 そんな叫び声と共に芹沢家の夜はふけけていった……。

 というか、颯希ねーちゃん? どういった経緯で芹沢さんのパンツを借りることになったというのだ?

 もんもんと疑問の尽きない夜が続いたのだった。

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