第9話 芹沢さんの姉・颯希

 自室のベッドの上で、無防備に寝転がっていたのは芹沢美水希の姉である芹沢颯希せりざわさつきだった。

 まるでわが家のようにくつろぐ颯希ねーちゃん。

 だいぶだらけた姿で、スカートからむっちりした太腿ふとももとかが覗いていて目のやり場に困る。


「むう、なんかエッチなこと考えてるでしょ~?」


「か、考えてないよ!」


「ゆうくんの目がこの脚に釘付けになってたの、おねーちゃんは分かるんだよ」


 むふふ、とドヤ顔を決めてくる颯希ねーちゃんはそう言って、つまんだスカートのすそを挑発的にひらひらさせてくる。


「ちょっとー、そういうのいいから! それに、何度言ったら分かるんだよ。勝手に人の部屋に入らないでって!」


「あははは、ちゃんとおばさんには許可もらってるからだいじょうぶだいじょうぶ」


 なにが大丈夫なのか……俺のプライバシーは無視されているとしか思えない。


 颯希ねーちゃんは芹沢さんの二つ上の姉であり、同じ高校に通う先輩。

 つややかな髪は長く、ふんわりまとまって可愛らしい。身長は芹沢さんより低く、くりくりした瞳と相俟あいまって人懐っこい印象を受ける。

 一見クールな芹沢さんとは対照的で、颯希ねーちゃんは明るく気さくな性格だから誰とでも分け隔てなく付き合うことができる。

 まあ、オープンな性格というやつだ。

 人懐っこくて愛嬌のある可愛らしい女性である、と思う。


 とはいえ、昔から付き合いのある仲だけに、俺からすれば良くも悪くも大雑把おおざっぱな〝おねーちゃん〟といった感じだ。


 ベッドから起き上がった颯希ねーちゃんは思いっきり伸びをする。

 そうすると自己主張の激しい胸がさらに主張して大変なことになっている。

 着崩きくずしたブラウスの胸元から、たわわとあふれ出そうで気がきじゃない!

 小柄で可愛い系の颯希ねーちゃんだが、どうも胸の成長だけがいちじるしいと思うのです……。


「ふん、まーたエッチなこと考えてる~」


「いや、だからそんなんじゃないって!」


「ここをじっと見つめちゃって、ゆうくんはエロいなー」


 胸を両腕で抱き上げて更なる主張を試みる颯希ねーちゃん。

 こういう時は決まってドヤ顔を向けてくるから茶化されているようで悔しさを覚えてしまう。


「まあ、男の子として健全な証拠だからおねーちゃんとしては安心するかな」


 うむう……ぐうの音も出ない。

 さらに颯希ねーちゃんの精神攻撃は続く。


「そうやって美水希ちゃんのことも見てたりするのかなー?」


 めっちゃニヤニヤしながら言うのはやめてほしい。


「それはない! 芹沢さんをそんな風に見たりしない!」


「あはははは、なに必死になってるの! ていうか、おねーちゃんにはそーゆう目を向けてるってことだね」


 どこか満足そうに頷く颯希ねーちゃん。

 ううう、面倒くさい……。何でそういう捉え方になるんだ。

 ひときわ魅力的な部分があったら自然と目が言ってしまうのは仕様しようがないことじゃないか。

 毎回毎回ひとをあおるようなことばかり言ってくる颯希ねーちゃんからすれば俺なんて扱いやすい弟みたいなものなんだろう。


 それにしても、といやらしい笑みは隠そうともせずにねーちゃんは続ける。


「芹沢さん芹沢さんって、あたしも芹沢さんになるんだけど。美水希ちゃんのこと、いつまでそう呼んでるつもりなのかニャ~?」


 それはたしかに、自分でも変だとは思ってるけど……。

 異性として意識しはじめてからうまく名前で呼べないんだよ、とは流石に言えない。


「なんでかニャ~? なんでかにニャ~♪」


 指をわきわきさせながら、腕を回してくる颯希ねーちゃん。

 その……その体勢は非常に不味いと思う。なんていうか、ふにふにと柔らかいものが当たって、ちょっと……いやかなり……あぶない! いろいろあぶない!


 そんな颯希ねーちゃんの過剰なスキンシップにどぎまぎしていると、


「あ!? やべっ!! あたしはこれで帰るよー」


 突然、へびのようにからませていた腕を解き、慌てて俺の部屋を後にした。

 マンガの続き持ってくねー♪ と本来の目的は抜かりなく……。

 まるで嵐のように去っていった颯希ねーちゃんにどっと疲れて、何気なく見た窓の向こうに――

 ムッ、とふくれっつらを作っている芹沢さんの姿が……。

 怒りに吊り上った目でにられて、背筋には冷たいものが流れる。


「あれは……颯希ねーちゃんのたわむれで……」


 なんと言い訳しても苦しい。


「べつに、私には関係ないことだから」


 そのまま〝ぷいっ〟とそっぽを向いて芹沢さんはカーテンを閉めてしまった。

 颯希ねーちゃんにからかわれている所を彼女に見られると、いつも不機嫌になってしまうのだ。


 それに、窓を覗けば隣の家の部屋は芹沢さんの自室で。

 迂闊うかつだったなぁと思うのと同時に、颯希ねーちゃんには困ったなものだと項垂うなだれるほかなかった。

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