かわいいねこの名


 この猫なんて名前なの。

 訊くと、「ねこ」とだけ言ってタバコの煙をはいた。

 わたしは電子レンジにも名前をつけるわって言ったら、

 あなたはどんな顔をするのかしら。

 やわらかなからだがおなかにのる。

 「じゃあわたしのなまえは?」、言葉をのみこんでふわふわをなでる。

 ねこちゃん、と呼んでみる。



   *



 ある日の昼休み後、上級生がわたしの学級にボールを届けてくれた。

「昇降口のところに落ちていました」

 五時間目は、緊急学級会になった。遊んだまま、ボールを置きっぱなしにするなんて許されない。子供たちは言い訳する。「最後に触った人が持ち帰ることになってて」「〇〇が最後でした」「いや俺さわってないし」……ああ、もううるさい!

「もういい。このボールの名前を決めます」

 子どもたちは、きょとんとした。ボールの名前はたまちゃんになった。

 次の日から、休み時間の後はたまちゃん争奪戦になった。「ボールを片付ける」が、「たまちゃんを教室まで連れて帰って寝床に連れていってあげる」に変わったからだ。名前がつくと途端に愛おしく思えてくるのは不思議だ。小学二年生の彼らは、名前をつけさせたわたしが「そこまでしなくても……」と思うほどにたまちゃんを大切にした。

 だけど、うまくいくケースばかりではない。旅館の宴会場で夕食を食べているとき、ハエが図太くあたりを飛び回っており、鬱陶しいのでので名前をつけてみたのだがちっとも愛おしくならなかった。まあ当然か。

 いずれにせよ、名前をつけるときには注意しなければならない。うっかり名前をつけたばかりに、捨てられなくなってしまう物だってある。名前をつけるというのは、ある種の契約のようなものなのかもしれない。

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