すべてほんとうだった日々

 貝殻に耳を当てたら波音が聞こえた夏もあったなぁ

 大人の私はスマホに耳を当て切なくなります


 雑草と砂利で作った野菜炒めも

 四つ並んだブランコのステージも

 いつかどこかに落としてきたみたい


 ツツジだけが今も甘くて

 だけどわずかに苦いのは

 慎みの花言葉を食べてしまったから



   *



 となりあわせの六号棟と七号棟のあいだには、大きくて見えない壁がたしかにあった。

「七号棟の子とは遊んじゃだめよ」

 一年生になったわたしに、おかあさんは言った。七号棟の子は、五時をすぎてもおうちに帰らない。ほらね、悪い子なのよ。

 団地の六号棟と七号棟には、同じ学年の子がたくさん住んでいた。六号棟には、かなちゃん、れみちゃん、まいちゃん。みんなとってもいいこ。悪い子のひろえちゃん、きみかちゃん、ゆうたくんは七号棟。遊ぶのも、登下校も、なにもかも別々。

 あの子、ゆうたくんにぶたれたらしいよ。そんなうわさが流れた頃。公園でガムを食べていたらゆうたくんに会ってしまった。「俺にもガムくれよ」と言われ、わたしは泣いた。口の中のが最後のひとつだったから。きっと怒られ、ぶたれるのだ。泣きながら味の少し残ったガムを差し出したら、ゆうたくんは「それはいらねーよ」と笑った。よく考えたら、彼が人をぶっているところも誰かに怒っているところも、わたしは見たことがなかった。

 ひろえちゃんときみかちゃんとは、五年生で同じクラスになってから、一番の仲良しになった。七号棟の子なんだけど、とおそるおそる言うわたしに、おかあさんは「じゃあ家が近いね」とにっこりした。

 六号棟と七号棟のあいだの、見えない壁。誰かにとって存在したそれは、誰が生み出して、いつのまに壊されたのだろう。

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