日暮ひねもす



 僕は鏡が苦手だ。鏡に映った僕の姿を見つめていると、自分の感覚を失いそうになる。そして、その姿に毎日問いかけてしまうのだ。「お前は誰だ」と。

 いつの間にか隣にいた彼女は、そんな僕の話を聞き、嘲るように笑った。

「それってただ、自分が嫌いなだけなんじゃないの?」

 それは違う、と僕は答える。

「僕は別に自分のことは嫌いじゃないさ。学校での成績は誇れるものだし、他にも得意な事は沢山ある。それをみんなが褒めてくれるんだからね」

「そうかな。でもそれって所詮、人の評価でしょう? 貴方の気持ちじゃないじゃない。貴方自身はどう思っているの? 本当は、自分が嫌いで仕方ないんじゃないの?」

彼女は続ける。

「ねえ、本当はどう思っているの?」

「しつこいな、違うって言っているだろう。僕は……

 その先の言葉を遮るように、彼女が口を開く。

「私は嫌いだよ、貴方のこと。外側ばっかり取り繕って、本心なんて誰にも言わなくて。汚いよね、自分にも嘘つき。ほら、私にだって嘘ばっかり吐いてる。私は貴方が大嫌いだよ」

「うるさい、そんなこと知ってるさ! 黙ってくれよ!」

 僕は叫んだ。

「ねぇ、そんな自分が映っててさ、見ずにはいられない鏡なんて嫌に決まってるよね。だったら、私が壊してあげるよ。」

 彼女はハサミを取り出す。

「それとも、もう……

「黙れ黙れ黙れ黙れ!!!」

「……!」

 僕は彼女の首に掴みかかった。くそ。僕だって、僕だってお前なんか大嫌いだ。こんなやつ、消えてしまえばいいんだ。首を掴む手に力が入る。

「……私を、殺す、つもりなの? ……いいよ、別に。でも、それってさ、きっと……なんの意味も、ない、ことなんだよ……」

 首を絞められているためか、途切れ途切れに、彼女は言葉を発する。

 僕は彼女の首を掴んだまま、隣の部屋に連れて行く。布団に倒すと、上から体重をかけ続けた。彼女の口から苦しそうな声が漏れる。彼女の目から、光が消えていく。彼女の息が止まる。


 その瞬間。




 はっと目が覚めた。


 僕は布団に仰向けになっていた。

 息が苦しい。咳を繰り返す。ふらふらとした足取りで洗面所へ向かい、鏡を見る。そこにはハサミの突き刺さった、割れた鏡があった。

「それとも、もう貴方が壊しているのかな」

 彼女の言葉が蘇る。その通りだった。

 僕は……僕でしかないのだ。ヒビの入った鏡には、首にくっきりと手形のついた自分が映っていた。

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日暮ひねもす @h-hinemosu

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