#24 ライフスナッチャー①
俺たちの潜入はバレていた。
「まったく、捜査局も面白いことを考えてくれたものだ。入れ替わり先の人間を転生先で密かに保護して、『私』を偽装しようとは……」
信じたくはないが、俺と同じ顔が目の前にあるのがその証拠だ。
だけど、いつからだ。最初から? それはあり得ない。だったら俺たちをむざむざアジトに迎え入れるなんてことはしないはずだ。
それに、本来はカノプスが今ここにいるはずがないんだ。
捜査局はこいつの行動予定を入念に検討し、この拠点に本人が絶対に現れない時間帯を狙って潜入する――それがレプリカ作戦の大前提だったはずなんだから。
思考を巡らせる俺の肩を叩きながら、カノプスは背後へ抜けていく。けれど俺の目がそれを追うことはない。なぜなら俺は今の今まで奴が居たスペース、ベッドの上に横たわっているその男から、目が離せなくなっていたから。
枯れ草みたいな金の長髪。しばらく見ないうちにマシになった気はするが、やっぱり不健康そうな長身痩躯。俺の大好きな古典名作漫画の主人公で、このレプリカ作戦の協力者。
他でもないレオナルドが、死体みたいに寝かされていた。
どういうことだ。レオナルドとはさっき安全に別れたはずじゃないか。なのになんで今、こんなところで、カノプスと一緒に。身動きひとつしないで。
腹のあたりに赤いものまで滲ませて。
ガチャンという金属音が響き渡り、照明が部屋中に降りそそいだ。眩んだ目を開ければ入院病棟めいた広めの一室に、例の黒ローブが集結していた。それも銃だの剣だの魔法の杖だの、物騒な凶器のクロスオーバーを携えて。
「……どういうことだ。レオナルドに何した」
敵の数はゆうに2ダースはある。どう考えても絶体絶命の状況で、俺はなけなしの勇気を振り絞って尋ねた。勇敢だったからじゃない。俺のごり押しでレオナルドを巻き込んだ罪悪感ゆえだ。
しかしカノプスは問いに答えるどころか、一瞬で怒気を沸騰させ、
「話しているのは私だ!」
ものすごい剣幕で一喝されるや、後頭部を何か硬く重いもので打ち据えられた。
ぎっ、という悲鳴を喉から絞り出しながら、濡れた床へ倒れ伏す。ぐわんぐわんと湾曲する視界の端に、自動小銃のストックで俺を殴ったとおぼしき黒ローブの姿が見えた。
そいつは間髪入れず俺に銃口を向けてトリガーに指をかけたが、カノプスは勿体ぶった動作でそれを止めさせる。遅れて、全身を死の冷感が駆け抜けた。
「……まずは、君に感謝をしよう。同じ世界に生を受け、同じ願いを抱いたもの同士、せめて始まりと終わりだけは礼儀を尽くしたい」
カノプスは俺を見下ろしながら、傲然たる口調で語り始めた。貴族とか王族でも気取っているのだろうか。だが俺に言わせりゃ中二病のなりきりにすぎない。だって俺の顔に俺の体じゃ、いくらなんでも役者が不足すぎる。
戸口の方で物音がして、見ればそこではアイリスまでもが男たちに捕まっていた。彼女が手に入れた資料らしき束が奪われて、カノプスの手へと渡ってしまう。何から何まで最悪だ。
縄で手首を縛られているアイリスと視線を交わしながら、今後の展開に思いを馳せる。これはつまり作戦失敗ってことなのか。となれば強行班は突入してくれるのか。だとしたらそれまで何とかして時間を稼がなければ、俺たちは二人ともデッドエンドに直行だ。
「遠野観行。君は最高の物件だよ!」
俺の企みを知ってか知らずか、カノプスはいちだんと声を張り上げてそう言った。いきなり何をほざくんだと思っていたら、黒ローブたちが俺を掴んで無理矢理立たせる。
「……実際、君の体を拝借してみて驚いた。現実から目を背け、たった一人の世界で生きている孤独の極致。現実の世界で君に感心を持っている者は誰もいない。まさに逸材だよ」
何がそんなに面白いのだろう。カノプスの顔は歓喜に歪んでいた。
「教室に君の席はなく、父親への電話は一度として繋がらない。誰もが君の存在を忘却している……君は転生するずっと以前から、すでに彼らの世界に生きてはいなかった」
だからどうしたというんだろう。カノプスがまるで特別なことのように、驚きの真実のように語るそれは、俺にとっては当たり前の事実にすぎない。
「君となった私が何をしていても。たとえ世界から消え去ったとしても。誰ひとりとして気にも留めない」
だから、それがどうしたという感想しか湧かない。俺の人生がどうしようもなかったのは俺が誰よりもよく知っている。
「おかげで最近の仕事は実にやりやすかった……捜査局に転生の事実を知られてさえいなければ、完璧と言ってもよかったがね。そこは残念だ。今後の課題だな」
満足げに語るその姿を見て、俺はなんとなく納得がいった。こいつは別に俺を傲慢に侮蔑したいわけではないのだ。俺を傷つけるとか、心をへし折ろうとかしているわけでもない。
こいつは、ただ。心から。俺の人生を評価しているだけだった。
ただの、使い潰しがきく、道具として。
……まあ、それでも別にいいんだよ。俺の人生をどれだけ否定されたって、それは俺自身がしてきた否定以上のものにはならないからさ。
だけど、捜査局で出逢ったあの子供の――もう名前も忘れた――ことをふと思い出して、あの子の親の人生もそういう風に勝手な値踏みをされて奪われて使い潰されたのかなと思うと、
少しだけ、腹が立った。
「ああ、そうだ。この男をどうしたか、だったね」
カノプスは思い出したようにレオナルドへ向き直り、ベッドごと床へ蹴り転がした。レオナルドの体が濡れた床に転がり、腹部の異状がようやく俺の目にも明らかになる。
息を呑んだ。レオナルドの腹部には穴が空いていた。バトル漫画によくあるような、クレーターじみて穿たれた深い穴。どす黒い血の色と明るい肉の色が混じった地獄のような穴の縁から弱々しく血が溢れ、刻一刻と命の残量を殺ぎ続けている。
「ご覧の通り、こうした。裏切り者への制裁としては我ながらありきたりだが……まあいい」
へえ、そうか。なるほど。こうしたのか。レオナルドが自分たちを裏切って捜査局についたから、腹に穴開けて見せしめってか。
その制裁とやらを受けたレオナルドは、明らかに瀕死状態だ。意識なんてあるわけがないし、眠っているような安らかな顔で目を閉じて、身じろぎひとつしない。
……また少し、腹が立った。
カノプスは目の前で死にかけているレオナルドを木石でも見るように一瞥して、また高らかに語り始める。
「……失意の日々に心折れ、薬物のもたらす快楽だけが慰みになっていたかつての勇者。犯罪組織という闇の中に浸りきっていた彼はある日また正義に目覚め、多世界犯罪捜査局への協力を決める……そんなところだろうか?」
スイッチが壊れたようなテンションの高さでカノプスが語るそれは、レオナルドが辿ってきた物語のあらすじだ。おそらくは想像なんだろうが、実際に起こったこととそう変わらない。
「実に陳腐でありふれた、くだらない筋書きだ」
それを、カノプスはいきなり切って捨てた。
「これだから! 物語を生きた者は始末に負えない。どいつもこいつも現実というものを理解していない。世界は理想で成り立っていると、愛と勇気の物語がいつまでも続くものだと。芯から思い込んでいる」
カノプスはそう言って、瀕死で横たわるレオナルドの体をいきなり踏みつけた。遠慮や躊躇のひとかけらもなく、俺が信じるヒーローを蔑んだ。どこにでもある無意味なガラクタを扱うように。
「そんなものは、しょせん特別な力を持つ強者の驕りか、弱者のくだらない思い込みにすぎないというのに……」
カノプスが哀れっぽく語るそれは、いつか俺が口にした言い訳に似ていた。
かもしれない。理想とか正義なんてのはしょせん力を持つ奴だけのものだ。弱い奴や力のない奴、何者でもない奴にそれを強制するのは傲慢だし、自分の意志でそれに従ったとしてもロクな目に遭わないことは目に見えてる。
……だけど。それでも、レオナルドは立ち上がったんだ。
ずっと落ち込んだ状況でいたところに俺が出てきて、勝手な幻想を押し付けられて、自分はその理想通りじゃないと怒って、なのに俺が無理矢理プラス評価に踏みとどまるものだから、最終的には仕方がないと立ち上がってくれた。
危険は承知していたはずだ。無理に協力しなくてもよかったはずだ。なのにレオナルドは、俺たちに手を貸してくれた。
弱くても、もう物語の主人公じゃなくても、薬物に身を蝕まれていても。それでも正しいことのために、彼が信じる大切な何かのために、レオナルドはは俺たちを手伝うために立ち上がってくれたんだ。
それをカノプスは。俺と同じ顔をしたこいつは。レオナルドのことなんて何も知らないくせに、何ひとつとして語る資格なんかないくせに。わかったような口を利いて、くだらないとか陳腐とかいう言葉で、勝手な物語で決めつけた。
くだらなくなんか、ない。俺が憧れた物語に、たとえ物語が終わっても誇り高く在ろうと立ち上がった主人公のことを、くだらないだなんて言わせない。
かなり腹が立っていた。俺はへらへらと嗤う俺自身の顔を、自虐や自己嫌悪を抜きにしても憎たらしくなってきたその顔を真っ向から睨みつけて――ふと、昔のことを思い出した。
何年前の話だったろうか。高校に入ってすぐだったとは覚えているけれど、引きこもっていた期間が長すぎて経過時間は曖昧だ。
あの日。どこにでもあるような疲れたたたずまいの校舎の裏で、俺は友達だと思っていたはずの奴らと一緒にいた。ちょっとチャラめのそいつらに、ゲームを貸してくれと言われたのだ。俺が大好きだったゲーム、アイゼンブライドを。
当時の俺は本当に痛いオタクの見本のような奴で、暇さえあれば話が通じる友人と熱いゲーム語りアニメ語りに興じていたものだった。そんな手のつけられないオタクが殊更うるさくなる話題がアイゼンブライドのことで……
まあ、今にして思えば。目をつけられるのは時間の問題だったんだろう。
結果だけを言えば、それは現在のこの光景ととてもよく似たものになった。
俺の友達は、俺の大切なものを大切にしてくれる。そう信じて持ち込んだゲームディスクはあっさりと踏み砕かれて、俺は今みたいに囲まれて嘲笑と暴力の渦に晒された。そして、歳の割には遅すぎるのであろう真理をようやく得た。
俺が憧れ夢想する物語なんてものは、この世界にとっては何から何までくだらないものだったんだ、と。
心の底からそれを信じ切れていれば、あいつらの世界観に適応できていれば、俺はまだ幸せだったんだろう。だけど俺は結局そうなりきれず、大切なものを棄てることさえできなかった。
やがて俺は学校に居場所をなくし、幻想を信じることも現実に生きることもできない中途半端なヤツになり……行き着いた先が、あの暗い部屋での引きこもり生活というわけだった。
そして俺は今、なんの因果かここにいる。
憧れた物語の人物たちが現実に存在し、秋葉原の怪しいビルを本拠に警察組織をやってるとかいう奇妙な世界観のまっただ中で、またあの時のように大切なものを壊されようとしている。
今度はゲームのディスクではなく、いつか憧れた主人公の命を。彼が今も生きている物語を。かつてあいつらにされたように、今はカノプスに嗤われて、砕かれそうになっている。
俺は今、どうするべきなんだろうか。
あのときは、どうするべきだったんだろうか。
過去と現在を目の前に考えてみて……思わず、自嘲の笑みが漏れた。
今さらに気づいてしまったからだ。かつての俺の選択が、押し付けられた現実に流されてやり過ごすというあの答えが、とんでもなく愚かしい間違いだったと。
本当に今さらだ。ゲームディスクを人の生き死にに置き換えられて、一度目の間違いから多くの時間を無駄にして、やっと正しい答えがわかった。
「砕かせていいわけなんて、なかったんだ」
俺は自分に言い聞かせるように呟いて、一歩前に踏み出した。黒ローブたちは俺のことなんて気にも留めていなかったらしく、俺を捕まえていた手は驚くほど簡単に振りほどける。そりゃそうだ。遠野観行がここにいる意味なんて、カノプスの偽物という意外にはないのだから。
「嗤っていいわけなんて、ないんだ」
一歩また一歩と足を踏み出し前に進むけれど、俺の歩みを止める者は誰ひとりとしていない。ただカノプスに向かって進む俺を、信じられないものでも見るような目で遠巻きに見つめているだけだ。
ああ。誰ひとりとして、俺が今からそんなことをするだなんて思ってもいないだろう。なんせカノプスはたいそう恐ろしい組織の首領さまらしいから。
だけどそんなの、俺には知ったこっちゃない。
「む……?」
俺は真正面からカノプスを睨みつけ、思いっきり拳を握りしめた。
思えばこいつは今の今まで、俺にとっては単なる『状況』でしかなかった。
そりゃ許せないとか悪い奴だとか思っちゃいたが、あくまでそれは印象で、RPGの村人から魔王の話を聞いて薄っぺらい義憤に燃えるのとさして変わらない。
俺にとってのカノプスはただ、望み通りの異世界転生を手に入れるための舞台設定みたいなもんだったんだ。
だけど今、ここにきて、いきなり。
俺は自分自身の感情で、こいつが許せなくなった。
くだらないと決めつけて嗤うなんて、もう許すわけにはいかないんだ。
あの時も今も。世界中の誰であろうと。
その相手が他でもない『自分』であるのなら、なおさら――絶対に。
「もう、この際、エーテルジャムとか異世界転生とか、そういうのは全部どうでもいい。そういう全部はひとまず置いて、俺はお前に腹が立つ……!」
勢いに任せて言うだけ言った俺は拳を振り上げて、目を見張るカノプスを思いっきりぶん殴った。今回はレオナルドにそうしたような演技じゃない。一切手加減なしの本気でだ。
この絶対的有利な状況で自分に殴りかかるバカがいるだなんて思わなかったんだろう。俺の拳は驚くほどのクリーンヒットでカノプスの顔面に突き刺さり、カノプスはもんどりうって床へと倒れた。ざまあみろ。
仰向けに倒れたカノプスはしばし呆然としていたが、すぐに我に返って俺へ右手を差し向けた。その掌が、右腕に点滴めいて絡む何本ものチューブが、突如として翠色に発光し――爆発した。
花火のような光の欠片がカノプスの手から幾つも射出され、俺の体へと一直線に向かってくる。俺は思わず身を翻して、けれど間に合わずに吹っ飛ばされた。
体が宙に投げ出され、視界が二度三度と急回転する。さっきのカノプスがそうだったように俺も冷たい床へと転がった。腹のあたりに焼けるような痛みと吐きそうな気持ち悪さが同時にうごめいて、触れてみるとがさがさとした火傷の感触の中に小さな穴が空いていた。
そこへ、弾けたような嗤いと蹴りとが叩き込まれる。
壮絶な痛みに呻きながら転がって見上げれば、そこには怒りと嘲りが入り交じった表情のカノプスが立っていた。自慢のおもちゃでも見せびらかすように右腕の袖をまくりながら、緑に光る点滴チューブを俺に示している。
「外付けの輸血液だ。まったく残念なことに、君や私のような平均的地球人の体には異能を使う素養が存在しない。こうして魔力を外から供給することで、つかの間のささやかなチートを得ているわけさ」
俺は得意気に語るカノプスを睨みつけ、同じ顔をしたふたりの視線が交錯した。俺の怒りとは裏腹に、カノプスはつまらなさそうに息を吐いた。
「あくまで、正義の味方、主人公づらか……ここまでの馬鹿にお目にかかったのは、さすがに初めてだな。まさか未だに自覚がないのか、
ぞっとした。問いかけるそれが自分自身の顔と声だからか。自分という人間の何もかもを見抜かれたような、心臓を冷たい手で掴まれたような錯覚に陥りかける。
「遠野観行。なぜ私がわざわざ君たち地球人の肉体を乗っ取り使っているか、わかるかな?」
カノプスは俺の傍らにかがみ込み、無理矢理髪を掴んで俺の顔を自分へ向き直らせた。だが俺にこいつの行動理由がわかるはずもない。返せるのは沈黙だけだ。
「生きている肉体から魂をはじき出すなんて芸当は、本来はとても不可能なものなんだよ。相手がまともに生きている人間であれば、魂は肉体と、それを内包する世界そのものと硬く結合して切り離せない。世界は必要な人間を保持する性質を持っている」
含みのある言い方だ。まともに生きている人間からは魂をはじき出せない? だったら俺はどうなんだ。カノプスに強制的に転生させられ、肉体を奪われた俺は。過去のカノプスの宿主は。
「だがおまえたちは違う。世界からはじき出されて、生きるべき場所を喪失した人間はな。世界に存在する価値のない人間と言い換えてもいい。彼らは世界に必要と見做されず、それゆえに肉体と魂の結びつきも弱い。外部干渉による強制的な転生という無理を許しうるほどに」
世界に、存在する価値がない。だからカノプスに肉体を乗っ取られた。
「言わばおまえたちは、世界に見放されているんだよ。生きていても意味がないと断じられ、切り捨てられた。おまえの存在や行動の意味など、所詮その程度のものでしかない」
……世界から切り捨てられた、無価値な人間。
宣告されてまず感じたのは絶望よりも納得だった。確かにそうかもしれない。こいつが奪った俺の人生はその程度のものだった。毎日何もかもがどうにもならなくて、都合のいい異世界転生ばかりを望んでたくらいには。
「にも、かかわらず。お前は未だ格好つけた台詞をほざいて、分不相応にも捜査局と結託し、正義の主人公を気取っている。思い上がるな、わきまえろ、まったくの――無価値な――残りカスがッ!」
傷を負った腹をまた執拗に蹴りつけられて、俺は悶えながら床を転がった。確かにカノプスの言う通りだ。俺は無価値な人間で、何者でだってありはしない。元の世界じゃ、みんな俺のことなんてどうでもいいと思っていただろう。主人公を気取るなんてちゃんちゃらおかしい。
……だけど、ひとつだけ譲れないものがある。
俺は主人公を気取ったつもりなんてない。ただ許せないだけなんだ。俺の顔で、俺の声で、俺の人生で俺の大切なものを侮辱する、このもうひとりの自分だけは。
全身にありったけの力をこめて立ち上がる。この調子に乗った俺の顔をもう一度殴りつけようと拳を振るう。だけどそれに先んじて、黒ローブが小銃のストックで俺の頭をぶん殴った。
今度こそ視界がめちゃくちゃに歪み、俺は床に膝をつく。じゃきっ、と嫌な金属音に目を向けると、俺の顔に幾つもの銃口が突きつけられていた。
どうやら、連中はもう俺を遊ばせておくつもりはないようだ。下手に動けば今度こそ命を取られるだろう。思わず両手を上げると同時に、妙なデジャブが恐怖に混じった。なんだかつい最近も、こんな絶対絶命のピンチがあったような気がする。
……ああ、そうか。
既視感の正体は気がついてみればなんてことはなくて、俺は思わず笑ってしまった。考えてみれば最初から、異世界転生した俺を待っていたのは銃口だったんだ。
ファイアランスの世界でカノプスの部下に追い回されて、すんでのところでアイリスに助けられたのはよかったけど、拉致同然に捜査局に連れてこられてさ。
思えば、あれから随分いろいろあったものだ。レプリカ作戦に協力しろと頼まれるわ、トラウマをほじくり返されるわ、説教されるわ、異世界をあっちこっち走り回らされるわ。
また、気の抜けたような笑いが漏れた。思えばさんざんな日々だったけど、なんの変化もない暗い部屋の毎日に比べれば忙しくて、やかましくて、疲れることばっかで……今にして思えば、少しは楽しかったのかもしれない。
なのに、ここで終わりなんだろうか。これで別れなくちゃならないんだろうか。アイリス、レオナルド、ナイトラス、ウロギリさん。あの、世界観がめちゃくちゃな、妙に愉快なやつらと。
俺は今生の別れを覚悟してアイリスを見た。思えばこいつも不思議な奴だった。銀髪で、瞳は黄昏の空みたいな青で、飄々としていて、かと思えば急に熱くなることもあって、縛られていたはずの両手がいつの間にか自由になっていて。
……あれ?
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