#4 彼女たちの異世界解釈

 『謡海のグリフォン』というゲームがある。

 俺と同じ世代のゲーマーで、このタイトルを知らないヤツはきっといない。それくらいの伝説的名作にして大作だ。

 ――数百年前の大洪水によって地上の殆どが水没した世界。まばらに点在する島々に細々と暮らす人々は旧文明のテクノロジーを活用して何不自由ない生活を送りながらも、『自分たちは何者なのか』という問いに日々悩まされていた。

 ――自らの歴史やルーツ、自分自身の正体がわからないという不安を打ち消すべく、人々はやがて歴史や宗教を創作し、各々の国で各々の物語を語りはじめた。数少ない旧文明の遺産――『遺史の欠片』をもとに想像され紡がれた、かつての人類文明の物語を。

 ――やがて人々の中に、『遺史の欠片』を求めて海へと出る者たちが現れ始めた。ある者は欠片がもたらす富と名声のために。ある者は幾つもの欠片をつなぎ合わせ、失われた歴史の真実をつきとめるために。

 そんな歴史ロマン的なあらすじとともに公開されたティザームービーは、発表からわずか数時間で世界中の人々を魅了した。もちろん俺もそのひとりで、毎日動画を見ながら発売日を今か今かと待ちわびていたクチだ。

 そして事実、実際のゲーム内容も半端じゃあなかった。

 調査船を駆って、本当の地球と変わらないんじゃないかというくらい広大なワールドマップを探索、時には敵船と激闘を繰り広げる船上パート。街や港で補給品や遺史の欠片の情報を仕入れたり、未開の地へ上陸しての探索を行う陸上パート。果ては特殊甲鉄潜水服『リヴァイアサン』を操って海底を探索し、時には海に潜む大型海獣と激闘を繰り広げたりする潜水探索パート。

 そんな、単なるオープンワールドアクションにとどまらない複数のジャンルにわたるゲームプレイがぎゅっと詰め込まれた超大作なんだ。

 驚くべきは、なんと国内のデベロッパ……つまり、ソフトウェア開発会社がここまでのモノを作り上げてしまったってこと。

 洋ゲー、つまり海外のゲームソフトの躍進著しい昨今、国内開発者には良く言えば昔ながらの、悪く言えば旧態依然としたゲームしか作れないと思われていた。俺もネットで出逢うゲーマーたちの意見を鵜呑みにして、もはや国内に面白いゲームはないと高をくくってた。

 ところが、世界を魅了する名作は生まれてしまったのだ。他のどこでもない、俺の生まれた日本から。


 ……壮大に話がそれた。

 とにかく、このゲームの主人公こそが、遺史の眠る大海を根こそぎ荒らし回る海賊姫にして、今俺の目の前に座っている金髪ジャージ美人こと、マリナ=ランセス=アデライダーだった。

 マリナ先輩は手錠を嵌められた俺の両手を握りしめながら、きらきらとその目を輝かせていた。いや、俺の先輩ではないんだけど、便宜上。

 こうしてみると、彼女の姿はどこからどこまで俺が知っている海賊姫マリナそのものだった。漫画的に誇張したキャラデザを排して、現実的な人体に寄せたと言えばいいか。

 世界中からコスプレイヤーを集めたって、きっとこれ以上に『らしい』姿にはならないだろう。どういう理屈なのか、声だってオリジナルの声優さんにそっくりだし。

 でもな――


「『謡海のグリフォン』の主人公が、マリナ=ランセス=アデライダーが、どうして現実に俺の目の前にいるんだよ!? しかもあんた、芋ジャージで!」


 思わずツッコまずにはいられなかった。だって芋ジャージだぞ芋ジャージ。日常系とか部活モノのヒロインならともかく。海賊姫マリナが。いや、問題はそんなところじゃないんだけど、いくらなんでもギャップがありすぎる。


「違いますわ」


 マリナ先輩はムッとした様子で俺の鼻先に人差し指を突きつけた。


「――そもそも。芋ジャージとは、中等あるいは高等学校において指定されるジャージの赤紫色が、さつま芋を想起させる色合いであるということから使われ始めた言葉です。厳密に言えばわたしの青のジャージには該当いたしません」


 そして、なぜだか現代日本のオタク文化について舌鋒鋭く解説し始めた。

 なんだかアンソロジーの四コマみたいなキャラ崩壊っぷりだ。唖然とする俺を哀れに思ってか、アイリスはおもむろに答えを投げ入れてくれた。俺の世界観をまた塗り替える答えを。


「つまりね。彼女を含めて。異世界人の中には、あなたが知っている世界の住人がたくさんいるってこと」


 ……つまり、どういうことなんだろう? 眉根を寄せる俺に、アイリスはマリナ先輩から渡されたアンケートの一項目をトントンと指で示した。


 ――①。あなたが特に愛好する作品媒体に、○をつけてお答えください。なんでもけっこうです。

 ――ゲーム。アニメ。漫画。小説。ライトノベル。ネット小説。映画。連続ドラマ。その他(  )。


 え、何。答えろってこと?

 すべてを巨大な○で囲んでから、俺はようやくアイリスの言わんとすることに思い至った。


「……まさか、ゲームとかアニメとか、映画とかラノベの世界がそれぞれあるってこと? ……現実に?」


 アイリスは少しだけ考え込むような様子を見せて、


「うーん……間違ってはいないけど、少し違うかも。もっと多くの媒体を含んだ、総合的な……そう、『物語』かしらね」


 ――②。あなたが最近に視聴、体験した作品をお答えください。こちらも、どうか忌憚なく。


「じゃあ何か? これも。このSFも、このファンタジーも、この異世界転生も、それぞれに世界があるの? その……物語の数だけ」


 頭に浮かぶ限りの作品群を書き記しながら訊いてみると、アイリスは我が意を得たりとうなずいた。隣に並ぶマリナ先輩も同様だ。


「ですので、捜査局の活動にはこういった情報収集が肝要となるのです。わたしたちは地球の社会における自分たちへの認知を、それからここではない異世界の有り様を、ともに正しく理解しないといけませんから」


「アマゾンで高騰した攻略本や設定資料を買いあさるのもそのためですか?」


「ま、まあ……いつなんどき、いかなる世界での捜査資料として役に立つかもわかりませんから……」


 冷たい目を向けるアイリスと、彼女から目をそらすマリナ先輩の姿を見て、俺はようやく海賊姫マリナの変貌ぶりに納得がいった。


「ああ、仕事で必要だからオタク文化に詳しいってことなのか……」


 そういえば、ゲームの中でも歴史や文化に熱を上げては冒険に飛び出しているような人だったっけ。そういう意味では、ちゃんと元々の物語とつながっているんだな。


「いえ。この人のこれは趣味」


 あ、趣味かあ……


「続けるわね。あなたも言ったように、映画。漫画。小説。演劇。アニメ。ゲーム。戯曲。ライトノベル……地球にはたくさんの物語が存在してる」


 アイリスが目の前で指折りながら語りはじめると、マリナ先輩は前から稽古でもしていたかのような自然さで後を引き取った。


「それらは長い間、作者の想像が生み出した単なる虚構でしかないと思われていた。けれど、そうではありませんでした」


 胸に手を当てながら、視線はどこでもない遠くへ。まるで劇を演じるかのような、軽やかでリズミカルな語りで。


「彼ら創作者には、彼らが自覚する以上の特殊な『力』があったのです、思索や想像を巡らせることによって、異なる世界のできごとを無自覚ながらも観測するという力。時間的空間的に隔絶した異世界における『物語』を」


 そこまで言って、マリナ先輩はアイリスへにっこりと笑いかける。アイリスは嘆息し、ぎこちなくあとを続けた。


「彼らが無自覚のうちに記し、描き、映し、著した物語の数々は……人々に観測され、認識され、想像を掻き立てるうち、やがて特別な力を持つようになった」


「――世界と世界とを繋げる接点……扉を開く鍵のように、あるいは夜の海に輝く星のように。異世界への道を示し、扉を開く力を、ですわね」


 マリナ先輩がそう語り終えたあと、俺はしばし呆然としていた。

 俺が、俺みたいなオタクが大好きな色々な物語の世界が本当にあって。マリナ先輩みたいに、素敵で魅力的な登場人物たちも現実としてそこにいて。俺たちが読んだり観たりしているあれやそれやこれが、その作品の世界へ通じる鍵だって?


「……すごい話だ」


 これは俺にとって人生最大とも思える驚愕だったのだが、口から出てくる言葉はその程度だった。語彙の貧弱さが恨めしい。


「壮大よね。だけど、物事には必ず悪い面もある。人間は――いえ、人間という種に限らないから『ヒト』か。わたしたちも同じように、善とも悪とも限らない」


 アイリスの表情が曇ったのは、俺の言葉選びが悪かったせいだけではなかっただろう。彼女が続けた事実は、俺の表情をも曇らせたのだから。


「世界は『物語』によって繋がっている。行き来することもできる。だからさまざまなものが世界を通して伝播し拡散した。文化、思想、芸術、技術――それに、悪意もね」


 アイリスはまっすぐに俺を見ていた。語る言葉の重さを、ひとつひとつ確かに伝えようとでもするように。


「例えば銃や魔法や召喚術や超科学といった、未知なる異世界技術による破壊や荒廃が幾つもの世界で起きた」


 言われて思い出す。ファイアランスの世界で俺を追ってきた奴ら。今にして思えば、あれこそがその典型だったのか。道理で世界観がおかしかったわけだ。


「例えば、使い方を間違えればひとつの世界を滅ぼしかねないアーティファクトが強奪され、別の世界で罪もない人々を傷つけるための兵器として使われた」


 アイリスは少しの間沈黙した。マリナ先輩は心配げに彼女を見る。やがてアイリスは顔を上げて、語気を強くしてまた語り始める。


「……例えば。傷病を劇的に治癒する代わりに高い毒性や依存度を持つ麻薬アイテムの密輸密売が始まって、数え切れないほどの人々の人生が狂った」


 ほんの少し、理解が及ぶ。アイリスが語るそれは、俺の知る現実の延長線上の出来事だ。

 誰かが不条理に傷ついて涙を流し、大した理由もなしに命を奪われる。そんな目を背けずにはいられないような残酷な繰り返しが同じ星で毎日のように繰り広げられていて、ともすれば自分の日常にさえ飛び火しかねない。そんな現実と変わらない悲劇と残酷が、物語の舞台たる異世界でも起こっている。


「これら異世界犯罪は、いずれも世界を荒廃させ滅ぼしうる危険を秘めている。だから幾つもの世界における王や神……世界主せかいしゅたちが結束して、この捜査局を設立したの。連なる世界の秩序を保ち、人々の営みを守るために」


 俺の目をまっすぐに見据え、アイリスはそう言い切った。マリナ先輩も同じだった。

 もう余計な質問をしようとは思わない。

 これは、マジの話だ。


「数々の異世界の中でも、最も多くの異世界と接しているこの地球という惑星において、もっとも多くの創作物との関わりを持つ都市――この東京に本拠を置いてね」


 その言葉を真剣に受け取ったからこそ、俺はしばらく言葉が出せなかった。受け止めきれないくらいに壮大で、シリアスで、そして身近な話。

 そう、今、とても馴染み深い地名が俺の耳に届いたような――――


「ちょっと待て。東京だって? まさか日本なのか、ここ!?」


 駐車場の風景とか捜査局内の内装とかさっきからの会話の端々とかで、ひょっとしてここは地球のどこかなのかも、とは思っていた。というかみんな普通に日本語を喋っているし。マリナ先輩のアンケートだって日本語だし。

 しかし、東京だって? よりにもよって俺が暮らしている都道府県に、異世界の存在がひしめき大騒ぎする場所があったというのか。

 俺の驚愕の意味をわかってもらえていないのか、アイリスはそれがどうしたのという顔でさらなる驚愕の事実を告げてきた。


「ええ。千代田区外神田。わかりやすく言うと秋葉原ね」


「俺んちから電車で一時間圏内じゃねーか!」


 俺は震え叫びながら駆け出した。秋葉原と聞いた時点で、もう黙って座っちゃいられない。

 階段を見つけて一階まで駆け下りる。またもや受付らしき空間に出た。人っ子ひとり、モンスターもマスコットも一切見当たらないその空間に玄関を見つけて、俺は力任せにガラス扉を押し開けた。

 そして。


「ウソだろ……」


 目の前を歩道を忙しく行き交う人々の、ちょっとラフでシンプルめな服装傾向。コスプレして歩いてる人も時々いる。この街で巡り逢った戦利品を手に帰路へと凱旋するご同輩の、その手の者なら必ずわかる独特の熱気。

 視点を上げてみれば、ビルの壁面に今期アニメの宣伝広告が幾つも張られている。ちょっと前の人気アニメを題材にした新作ゲームの宣伝看板も。

 遠くには各種PCや電機ショップの看板も散見される。外装だけならちょっとオシャレに見えなくもないけれど、その内部は極めてマニアックかつプロフェッショナル向けの空間だ。

 他にも雑多なPCグッズ店やらリサイクルショップやら免税店やら――ああ、誰がどう見たって秋葉原の風景そのままだ。


「もう、いきなり走り出さないでよ」


 呆然としていると、呆れたアイリスの声が俺の背中を打った。それでまた混乱がぶり返した俺は振り返って、


「おかしいだろ! なんでみんなここに気づいてないんだ!?」


 小声で尋ねると、アイリスはたった今出てきた玄関を親指で差した。つられて目をやると、厳かな字体で書かれた看板がこれ見よがしに掲げてある。

 『一般財団法人 日本コンテンツ産業振興委員会 秋葉原出張所』……?


「……なんか、いかにもな怪しい団体名……」


 俺が率直な感想を口にすると、アイリスは我が意を得たりと頷いて、


「そういうことよ。ここにあるのは日本最大級にうさんくさい団体だから、誰も気にしないし、関わろうとしないってわけ」


 なるほど。そりゃ誰だって、こんな怪しげな看板のビルにはなるべく関わりたくないよな。なんだか税金のムダとか日本の闇とか、触ってはいけないモノの予感がプンプンするし。


「それに出歩いていても、意外とみんな気づかないものですわよ。ほら、秋葉原は外国の観光客も多いですから」


 ってのは、いつの間にか追いついてきたマリナ先輩の台詞だ。確かに彼女の見た目はちょっと美人な外国のお姉さんってくらいだからな。普通はゲームのキャラ本人が現実に存在しているだなんて思わないし、自分から名乗ったとしても信じてもらえるか疑わしいところだ。

 と、俺はもっと早くに抱いて当然だったはずの、今さらの疑問に思い至った。


「ってことはさ。アイリス……さんも、何かの物語の世界のヒトなのか?」


 訊くまでもなく、実際そうなんだろう。俺を追ってきた連中を目にも留まらぬ勢いで片付けたあの立ち回りを見れば明らかだ。

 ほとんど答えがわかっていたとはいえ、これはあくまで真面目な質問であって、俺には冗談のつもりなんてこれっぽっちもなかった。俺は彼女がどんな世界でどんな物語を生きた人なのか、純粋にそれが知りたかったのだ。

 なのに、何がそんなにおかしかったのだろう。アイリスは一瞬呆気にとられたような顔になってから、くっくっと喉を鳴らして笑う。


「あいにく、わたしは胸躍るファンタジーのヒロインなんかじゃないわ。あなたと同じ、この退屈で残酷な世界の住人よ」


 どこか皮肉な笑みとともに彼女がくれたのは、そんな寂しい答えだった。

 ……そうか、と落胆の息が漏れる。銀髪に青い瞳という幻想的な風貌の彼女だから、てっきり何かの物語の世界から来た人なのかと思ったのだが。


「ごめんなさいね。期待を裏切って」


 残念な心境の俺と、それをドライに慰めるアイリスを、マリナ先輩はどうしてか、やけに曇った顔で眺めていた。


 すぐさま捜査局内に連れ戻された俺は、ふたたび二階の受付でマリナ先輩のアンケートに取り組んでいた。

 いや、別に取り組む必要があるわけじゃないから、さっさと連行されればいいんだけど。小心者のサガなのか、一度受けたものを途中で断る気にはなれなかったんだ。


 ――③。あなたが特に愛好している作品、人生に多大な影響を与えた作品がもしあれば、それを記入してください。


 俺は答えに窮した。なんだか知らないが、この設問だけやけに比重が重い。


「何書きゃいいんだよ、こんなの……」


 マリナ先輩に聞こえないくらいの小声で呟いてから、ふと思い出す。心の片隅に転がしたままになっていた、ずっと昔に大好きだった作品の名前を。

 俺は慎重に、気取られないように周囲の様子を窺った。いくつもの異世界が物語によって繋がっているのなら、もしかするとこの捜査局には『彼女』がいるかもしれないから。

 輝くような真紅の長髪を垂らし、男勝りの腕力を誇り、世間知らずなくらいに天真爛漫で、曲がったことが許せないまっすぐなお姫様。鉄騎姫アルティア=ラム=グラスタリアが。

 二度三度、こっそりと視線を巡らせてみるけれど、一キロ先から見てもそうとわかるだろうあの姿は見つからない。 

 残念と安心の息を吐き、アイゼン――と、彼女の物語の名を書きかけて、俺はその四文字をテキトーに塗りつぶした。


「あら。何か思いつかれたなら、書いてくださればよろしいのに」


 怪訝そうにのぞき込んでくる先輩がやけに接近してくるものだから、俺は慌てて顔をそむけた。


「あー、いや。色々と思うところがあって。空欄でお願いします」


 書きかけたものを途中でやめたのは、両手を戒める手錠のせいだ。

 今の俺は基本的に違法転生とかを行った犯罪者の身の上である。そんな奴に作品を好きだなんて言われたって、作品もクリエイターも、本当にどこかにいるのだろう登場人物たちだって、迷惑意外の何物でもないだろう。

 ……いや、ちょっと待てよ。確かに俺は犯罪者だけど、


「そういえばさ。違法転生って、結局どういう罪なんだ? 具体的に俺の何が悪くて捕まったわけ?」


 丁寧な説明のおかげで、異世界間の犯罪が看過ならない問題だということはよくわかった。しかし振り返ってみても、俺にはまったくその手の悪事に覚えがない。

 だって、あの異世界で俺がしたことといえば、鉱山でエンヤコラと従事した肉体労働くらいなのだ。それ以上の野望はあったけど、すべてはあの襲撃で台無しに帰してしまったわけだし。

 それでも彼ら多世界犯罪捜査局というよくわからない組織の言い分が正しいのなら、俺は無自覚に何らかの犯罪に手を染めたということになる。


「だったらホラ、自覚がないままってのは道徳的によくないし。できれば早めに聞いといて、心の準備とか反省とかをしておきたいんだけど……」


 罪。その言葉を意識すると、途端に全身がこわばってきた。どうか軽いものであってくれ。どうか小さな罪悪感であってくれ。

 祈りながら答えを待つ俺を前に、アイリスとマリナ先輩は顔を見合わせて、


「えーと……」


「それは、ですわね……」


 なぜか、二人そろって言いよどんだ。

 イヤな間があった。二人の間ではもの言いたげな視線の応酬が始まっている。なんだろう、何か面倒な役回りを押しつけあっているように思えるんだけど。

 え。何、そんなにも言いたくないことなのか? 俺の罪ってそんなに重いのか?

 一人で不吉な想像を重ねるにつれてだんだんと胃のあたりが苦しくなってきたころ、やっと俺に向き直ったアイリスが、決然と口を開いた。


「わかりやすく言った方がいい?」


「うん。お願いします」


「端的に言えば、そうね――――」


 アイリスはこほんと咳払いをして、そしてまた口ごもり。やがて一息に言い放った。事態の重さを誤魔化すためか、可愛く笑って首をかしげながら。


「――――――――、かしら?」


「――――――――はい?」


 そして、俺の頭はとうとう爆発した。狂った世界観、多世界犯罪捜査局、物語によって繋がる無数の異世界、秋葉原、そしてたった今宣告されたばかりの殺人罪。今日という日に遭遇し見聞きしたすべてのものが、完全に脳の処理限界を超えたのだ。

 何よりも、だいたい、そもそも、そんなの、殺人罪なんて―――

 ―――まったく身に覚えがないぞ!

 

         ――誰か、異世界弁護士を呼んでくれ!

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