壁と言わないで

 移動先はあまり広くない部屋だった。

 周りにある器具類や薬品棚等から見て理科実験準備室だろう。

 中央に大きめの机があり、周りに何人か座れるようになっている。

 しかし問題はそこではない。

 私は今までこの世界で自分以外の魔法を見た事が無かった。

 それがいきなり短距離移動魔法クワィ・ヌルだ。

 かつて私がいたフィルメディでもかなり高度な魔法に当たる。

 今思えば姿が見えなかったのもそれなりの魔法を使っていたからだろう。


「まあおかけになって下さい。立ったままでは疲れますわ」

 机の奥側にいた女子生徒がそう言う。

 この部屋には私が壁扱いしてしまった女子生徒と彼女しかいない。

 女性は苦手なのだがやむを得ない。

 私は言われた通り目の前の丸椅子に腰掛ける。


「しかしいきなり壁扱いされるとは悲しいよな。確かに胸が無い事は自覚しているんだけどさ」

「あれは済まなかった。女性が前にいるとは思わなかったんだ」

 そうあっさり言ってしまえばいいのだが、何せ女子相手だとうまく口が動かない。

 結果的に黙ったままになってしまう。


「先程のは絵麻エマさんが悪いですわ。それにこの方は前に進めないから壁があると思っただけで、絵麻さんの事を見て壁と言った訳ではありません」

 助け舟を出してくれてちょっとほっとした。

 そして私が壁扱いしてしまった女子生徒はエマさんと言うらしい。


 ところで今話していた女子生徒は私とエマさんの一件を此処で見ていたようだ。

 そうすると彼女もそれなりの魔法使いという事になる。

 ただ私は女性が苦手なので話すのも少し抵抗がある。

 出来れば逃げ出したいところだ。


 そう言えば短距離移動魔法クワィ・ヌルでここに連れてこられたんだよな。

 なら同じく短距離移動魔法クワィ・ヌルで逃げられないだろうか。

短距離移動魔法クワィ・ヌル!』

 声に出さずに詠唱する。

 ふっと足下の感覚が消える。


 成功だと思った瞬間、ふっと予定の校庭隅が見えなくなる。

 一瞬後現れたのは先程の理科実験準備室。

 ただ椅子に座った姿勢で椅子が無い所に出現したので思い切り転びかけた。

 何とか両手をついてセーフ。

「これは!」


「ごめんなさい。この学校周辺で移動魔法を使っても、必ずここに出るように空間を組み替えているんです」

 エマさんでは無い方の女性がそう言って頭を下げる。

 空間組み替えなんて超高等魔術だぞ!

 城とか重要拠点には施してあるが、あれは二級以上の魔法技術士が数人がかりで大規模な魔法陣を組んで行う物。

 単独の術者が行うような魔術では無い!


「この魔術を、まさか君一人で……」

「私は空間魔術特化型の魔法持ちです。取り敢えず色々説明したいと思いますから落ち着いて座っていただけますか。絵麻さん、紅茶をお願いします」

「わかった」

 エマさんがすっと席を立つ。

 こうやって見ると壁扱いしたのは確かに申し訳無かったなと思う。

 確かに胸は無いけれどすらっとしていて綺麗だ。

 髪はやや長めで顔立ちも綺麗と言っていい。

 あの胸を触ってしまったんだよなと思って思わずまた固まりかける。

 いかんいかんあれは不可抗力という奴だ。

 そう思っても経験値が低すぎてなかなか立ち直れない。


「さて、まず自己紹介から始めましょうか。私は三年A組の藤代ふじしろ花梨かりん。花梨と名前の方でお呼び下さい。空間魔法の他には簡単な個人魔法をある程度使えます。でもこの身体からだですので荒事系は苦手です」

 確かに花梨先輩は全体的に小柄で顔も綺麗と可愛いほぼ半分ずつという感じ。

 腕も細く荒事系は確かに苦手だろう。

 でも何故荒事系なんて事に言及するのかはわからない。

 それよりまっすぐ女子を見るのが恥ずかしいというか慣れないというか……

 そんな訳で私は視線を机の上に固定した状態だ。


「そして彼女は取手とりで絵麻えま。二年B組です。先程使った気配隠匿系の魔法以外に、主に炎系の攻撃魔法を使えます。他に武器としてはヤリを得意にしています」

「元々荒事得意系でさ。まあ元が魔法騎士だったからしょうがない」

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