第31話 困った

その通信機は繋がりはしたが、何も話さない。おそらくは敵にやられたのだろう。非常に困った。


「困ったね〜。 味方が敵にどんどんやられちゃってるね」


「悲鳴のようなものも耳を澄ませば次々と聞こえてきています」


「敵は何人かな〜。 最初は敵陣地だから殺すのを躊躇していたみたいだったけど、こりゃあ早く決着をつけないといけないね」


「悲鳴の数からするに既に30人はやられてる計算になります」


「できれば、10人ぐらいがいいんだけど。 そうはいかないかな。 1人はやだな〜 強いし」


「覚悟しておいた方がいいかと」


通信機が向こう側から送ってくる以外連絡できないことに改めて欠点の大きさを見出す。彼の名はキルド・ポルワレ、十帝の金装とよく呼ばれる。


「ただ森に来る敵を殲滅するだけでよかったんだけどな〜。 とりあえず戻ろうか」


「はい」


「いつ敵が来てもいいように警戒していてね〜」


「言われなくても大丈夫です」


「そんな強く言っちゃうと僕が覇師様に言って階級下げちゃうぞ〜」


「どうぞご勝手に。 今は生き残ることが大事です」


「やっぱ君を選んで正解だよ」


陽気に話す2人だが、周囲への警戒は怠らない。いついかなる時にも対処できるほどの自信があった。

しかし、それは突然やってきた。キルドの隣の兵士が急に倒れたのだ。その近くには王国の兵士らしき女性が立っており、こちらにも剣を振りかぶってきていた。


狙いは首であり、角度もスピードも完璧である。しかし、弾かれてしまう。アリアはすぐに距離を取り体勢を立て直す。


「いや〜危ない危ない。 この鎧じゃなかったら死んでたよ。 君やるね〜僕の部下達をこうやって殺ったのかな?」


目の前の帝国の敵は呑気に喋る。その男をよく見ると全身武器を含むすべてが金色であり、帝国の鎧らしからぬ顔を覆って視界を狭くする鎧である。先程剣を入れようとした首の隙間は感覚的だが、他の兵士の鎧よりも狭く感じた。


(多分他の兵士より狭い。 だから、この剣じゃ入らないんだと思う)


「ねぇ、君可愛いね。 いくつ?」


アリアはそれに答えない。


「少しぐらい話したって罰は当たらないよ。 それに今回が君と僕の最初で最期の会話なんだからさ」


アリアはそれを聞き仕方なく口を開く。


「15歳です……」


「へぇ、15歳。 僕なんて今年で35だよ。 年はとりたくないね」


そう言うとキルドはゆっくり剣を抜く。


「さあ、やろうか。 できれば、降参してくれると僕としては助かるんだけどな」


キルドはそう言うが、アリアは剣を構える。正直なところ首の隙間に剣が入らないし、顔も隠れている。そして、先程剣が弾かれた感触から鉄よりも硬いものを使っていると思われた。今のところアリアに突破できない。


(こんなところで時間をかけてる暇はない。 けど、今の私じゃあの防御力を突破できない。 それなら他の兵士からボウガンを奪ってくる)


アリアは隙を見てその場から逃げる。今は勝てないが、ボウガンさえ手に入れれば勝てる希望が見えるはずだと考える。


「逃げるのかい〜おじさん寂しいな」


そんな声を無視して駆ける。キルドも追っかけてきているが、鎧のせいか離される一方だ。目ね前に2人の兵士が見えた。警戒しているようだが、いつものように首を掻っ切るように斬る。そして、敵のボウガンを避けさらに斬る。


敵もまさか1撃でやられるとは思っていなかったのかそのまま絶命する。アリアは敵が落としたボウガンを拾い上げ草むらで金装が来るのを待つ。


(これならあいつをやれる。 金装だけやれば生き残れる)


静かに息を殺して待っていると、数分後金色に輝く鎧が見えた。アリアは狙いを定め、引き金を引く。弓矢はキルドの胸に綺麗に入っていく。しかし、次の瞬間驚愕的なことが起こった。放たれた鉄の矢が弾かれたのだ。鎧には傷1つない。


(嘘…… 鉄の鎧さえ貫く威力があるのにどうして傷1つないの……)


「おしかったね〜ボウガンを使って息を潜めて僕を殺そうとしたのは良かったよ。 でも、残念。 僕は臆病なんだ。 だから、この世界で最も希少で硬いレアゴールドを使ってるからね」


その陽気な声はアリアにほんの少しの希望さえ砕け散った。



✳︎✳︎✳︎



キルドは学生の頃特に何かで1番になったことはなかった。中途半端に生き、中途半端な成績を残した。だが、彼が他の者と違ったのは真面目であり、家がお金持ちだったことである。


ある日訓練を終え、休憩をしてる時今は亡き最愛の友に話した。


「しんどいね〜」


「ああ、そうだな。 だが、この訓練を乗り越えるからこそ戦場で生き残れる」


「本当にそうかな〜」


「どういうことだ? キルド」


「やっぱりどんな訓練をしていても死ぬ時は死ぬんじゃないかな。 それに僕達はいくら努力をしても秀才にはなれても天才にはなれない」


「確かにそうだな。 天才と呼ばれる奴らは考えられない戦績を残し、全員が全員が英雄となっている。 でも、俺達が天才でなくても死ななきゃいいんだよ」


「そうだよね〜死ななければいいよね。 だから、僕は自分にしかできないことをやるよ」


「例えばどんなことだ?」


「そうだね〜例えばレアゴールドを使った最硬の鎧と最強の剣を作って死なないようにするよ」


「ハハ、そりゃあすげぇわ。 レアゴールドなんて1つでいくらすると思ってんだよ」


「大丈夫だよ〜僕の家はお金持ちだからね。 いくら使っても作るよ。 これは僕が死なないための投資なんだよ」


月日が経ち、学生を終えたキルドは下兵となった。この時にはまだ完成していなかった。そして、初めての戦争で友を亡くした。無茶なことだった。上に命令されてのことだった。


悲しみ暮れ、彼は次の年には鎧と剣を完成させた。家の財産の半分を使ったが、後悔はしていなかった。 魔法抵抗力が最も高く、鎧は全ての攻撃を防ぎ、剣はたとえ鉄の鎧でもいともたやすく真っ二つにできた。


今までの苦労は何かと思うくらいあっさり階級が上がり、帝師になり十帝になった。この瞬間努力など意味がないものだと知った。金さえあればどんなに弱い兵士だって強くなれることを知った。


しかし、上には上がいることを知る。自分では1度で68人しか殺せない。確かに凄いことだ。化け物と言われてもおかしくない。ただ、彼は運が悪かった。彼は天才ではなく紛れも無い秀才だった。



✳︎✳︎✳︎



今のところアリアの方が優勢に見える。相手の剣を全て受け流すか、避けているが傷をつけられないなら意味をなさない。一方敵の攻撃は受け流せているが、その1撃は木を一太刀で真っ二つにするほどである。圧倒的な装備の性能がある。


(勝てない…… あの鎧が硬すぎる。 どうすれば……)


そんな考えを巡らせている間にも敵は攻撃を仕掛けてくる。それを避けるが、再び剣を振るってき、受け流す。それをかれこれ5分以上つづけている。


「あきらめなよ〜君じゃ僕には勝てないよ。 圧倒的な装備差は圧倒的な力量でしか埋めることができないよ〜。 それに、君はもう終わりだよ」


アリアはその言葉にハッとして周りに意識を向けると囲まれていた。10人は超えているだろう数の敵がこちらに殺意を向けているのがわかった。


(私はここで死ぬ? 死にたくないけど、一体どうすれば……)


その時アリアはふと思い出す。太ももにしまったダガーナイフの存在を。おそらくこれなら金装の首の隙間にも入る。ここが正念場だ。意識を集中させ、攻撃から逃げる準備をする。敵は金装に矢が通らないと知ってからかボウガンの矢を一斉に発射する。


一斉といってもズレがあるし、敵が撃ってくるところが分かっているので最初の何本かは避けることも簡単である。アリアはすぐに木の陰に隠れる。位置的にこれで3本の矢をやり過ごす。次に頭を屈み1本の矢を避けると胸に飛んできた矢を剣で受け流す。


最後に5本が同じ場所にほぼ同時に飛んできたので倒れるようにして避ける。その際若干胸の鎧に掠るがダメージはない。


「やっぱりやるね〜君、動きは人間やめてるよ。でも、これはどうかな?」


倒れ込んでいるアリアに金装は剣を振りかぶってくる。起きようとするが、間に合わない。そのまま食らって死んでしまうビジョンが見えた。


(ダメ…… 間に合わない……)


目をつぶって見るのをやめてしまう。しかし、いつまで経っても痛みがこない。恐る恐る目を開けるとそこには両手に剣を持ちそれで金装の攻撃を防いでいるフォンティルの姿があった。


「お待たせしました。 アリアさん」


彼はあの時恐怖で動けなかった。しかし、守と誓ったものを守れなくて何が男と言うのだ。フォンティルは2人の敵を倒し危機一髪守ることができた。


「フォンティルさん!」


「アリアさん、こいつの相手は僕がします。 だから、周りにいる敵をお願いします」


これはフォンティルなりの敵を倒す最適解だった。それを理解したアリアは頷く。


「わかりました! 1分で戻ってきます」


そう言うと弓を装填している敵に向かい走り出した。


「いいね〜熱い友情。 いや、恋情かな? でも、まさか僕の攻撃を止めるなんてね」


「僕はお前を倒す。 たとえ十帝の1人だとしても」


「心意気はいいよ。 でも、今の君に僕を倒せるのかい?」


「1人じゃない。 僕はアリアさんのために命を賭ける!」


そう言いながらフォンティルは2本の剣を振り始めた。そして、敵もそれに答えるように振るってき、剣と剣がぶつかる金属音が森に木霊した。


アリアは油断している敵を既に2人やっていた。おそらくフォンティルは敵の剣を拾って2本にしたのだろうが、それでも金装の攻撃を受けるのが精一杯だった。


(早くしないと……)


後ろから弓矢が飛んでくる。それを華麗にかわし木に隠れる。敵は集団で、10人ほどの塊である。正直厳しい。だが、アリアは1つ気がかりなことがあった。それは敵の歩くスピードが遅すぎることだ。たしかに鎧を着ているとはいえあのスピードはありえない。


(多分自分達の罠がどこにあるのかわからないから、1つ1つ機の傷を確認しているはず。 それならいける)


アリアは飛び出す。矢が複数飛んでくるが、華麗に避け、再び木に隠れる。それを何回か繰り返すと敵もイラついてか追いかけてくるスピードが速くなる。


(今ならいける)


そう思ったアリアは落とし穴のとこに敵を誘導するように逃げる。敵は木の傷を確認していない。そして、2人ほど罠に足を踏み入れて落ちるのを確認する。他の兵士はそれを見て動揺しているようだ。


それをアリアは見逃さなかった。一瞬で距離を近づいたアリアは2人やる。残った敵もこちらに剣とボウガンを向けるが、華麗に避け、受け流しあっという間に全員やる。持っている剣が少しかけているのを見て敵が持っている剣に持ち替える。


(今行きます、フォンティルさん)


すごい速さで駆ける。通常ではあり得ないスピードは仲間のためだろう。しばらく走るとフォンティルと金装が見える。だが、その光景はもう少しでフォンティルが力負けしそうな一歩手前だった。アリアはこの日最も速く駆けた。







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