第22話 それぞれ

アリアは拠点に戻りすぐに治療を受けた。幸いなことに骨が折れていることはなかった。だが、大きく腫れ上がりまともに動かせない状態だった。


新兵達は初めての戦争で疲れ切り寝ているもの、アリアのように怪我をして治療を受けているもの、友をなくし悲しみに暮れるものなど様々である。両肩を包帯でぐるぐる巻きにするとその上から服を着る。ちょうどそのタイミングでイヴとフォンティルがカーテンのようなものをまくって中に入ってきた。


「大丈夫か? アリア」


「はい、大丈夫です。 ありがとうございます」


「そうか、良かった」


「アリアさん、もし何かあったら言ってください。 僕が力になります」


「ありがとうございます。 フォンティルさん」


フォンティルは笑顔でお礼を言われつい照れてしまう。アリアはそれを不思議そうにみているが特に何も言及しない。


「そういや、フォンティルお前一体何人倒したんだ?」


「え、えっと…… 実はあまり覚えてないんですよね……」


「そうか、あたしは2人だな……」


「皆さんすごいですね。 私なんて怖くて動けませんでした」


アリアは顔を俯かせ、落ち込む。そんな彼女をみたフォンティルは考えるよりも口が開いていた。


「そんなことありません! アリアさんは強いので自信を持ってください!」


「フォンティルさん…… ありがとうございます」


「そうだぜ、人によって怖いと感じるものは違うからな。 あたしははっきり言って敵を殺すこと事態も躊躇われる。 でも、やるしかないんだ。 アリアだってすぐにとは言わないけど、克服すればいい。 その間あたし達が守ってやる。 だから、あたし達が挫けそうになった時助けてくれよな」


「はい、そうです。 だからアリアさん、一緒に頑張りましょう」


「イヴさん…… フォンティルさん……」


仲間という者は幾度となく素晴らしいものだと思ってきたが、それはこの時が再絶頂だっただろう。


「話が変わるがアリアいいか?」


「はい、大丈夫です」


先程までとは打って変わってイヴの顔つきが急に真剣になったのに少し驚くがそれに答える。


「これは悪い話だ。 聞きたくなかったら別に構わねぇけど、どうする?」


イヴの提案に選択を迫られる。だが、ここで聞いておかないといけない気がした。例えどんな話だろうと。


「大丈夫です。 覚悟はできています」


「そうか、実はなエリア…… エリア・シュノットルが戦死した」


「え……」


それは衝撃的なものだった。実際には分かっていたが、考えないようにしていた。いつかは絶対に仲間全員が無事に生き残ることはできないと。誰かがどこかで死ぬと。


エリアはナイラルクとゲルネルツと一緒にいることが多く、あのことがあってもアリアを見捨てずに仲良く話してきた。ルミサンスに着いてからは場所の都合上ほとんど会う機会がなかったが、話すことはあった。実際3日前にも偶然鉢合わせ話を交わした。


(絶対に死なないなんてことはない…… 寧ろ生き残る方が難しい。 私は死にたくない…… どうして私はここにいるの…… 仲間が目の前からいなくなるのが怖い)


考えれば考えるほどその思考はマイナス方向に寄ったものになる。本当は望んでいた異世界が想像とは違うものだったり、戦場が恐ろしいものだったりしたが、弱音を吐かずに我慢してきた。でも、その負荷が積み重なってアリアは壊れかけていた。


「おい! アリア!」


目の前で自分の名前を叫ばれて意識が戻ってくる。


「え、あの、ありがとうございます」


咄嗟に感謝の言葉しか出ない。


「アリア、今日はもう寝てろ」


「いえ、大丈夫です。 続きを聞かせてください」


「無理してはいけませんよ。 まずは、体が大事です」


「そうだ、話の続きはまた後日話す。 今はゆっくり休め」


「はい…… わかりました」


アリアは気圧される形で了承をする。本当は怖かった、考えてしまった。イヴやフォンティルまでもが自分の目の前からいなくなるかもしれないと。


「あたし達はそろそろ集合しなきゃなんねぇから行く。 絶対に体と心を休めろよ。 わかったな?」


「はい……」


「どうか、体を休めてください。 何かあれば言ってくれれば良いので、1人で抱え込まないでください」


そう言うとこちらに一瞥して2人は出て行く。アリアはベッドに横になり考える。 何故こんな世界に来てしまったのだろうか。親友と呼べる仲間がたくさんできたのに失うかもしれない。あの平和だった世界に戻りたい。


アリアは1つの大きな涙が流れる。あの世界で自分の快楽の為に人を殺さなければこんな世界に来なかったのかもしれない。もう人は殺さないから戻して欲しいと神に誓うがその願いが聞き遂げられることはなかった。


(神様なんかいないのに、叶うはずないのに私は……)


実際わかっていた。だけど、今は祈るしかなかった。でもそれを10分程行うと別の思考に切り替わる。


(どうせ死ぬなら最後まで抗って死のう。 敵を人間を1人でも多く殺せばいい。 恐怖は死ぬときに味わうものなんだ。 戦いは怖くない)


1度死の恐怖を味わっていたアリアはそれを理由に戦いに挑む理由を作る。自分が安全な状態を保てるように。



✳︎✳︎✳︎



テントを出たイヴとフォンティルは集合に指定された場所に向かいだす。エリアが戦死したと聞いて2人も平常心を保てるわけがなかった。我慢はしているが、それは少しずつ重りとなってのしかかってくる。


自分が死ぬのは怖い。それは誰もが思ったことだろう。エリアはナイラルクを庇って死んだとゲルネルツから聞かされた。この話を初めて聞いた時自分の心が乱れたが、それよりもナイラルクの精神状態が心配だった。今は落ち着き安静にしているが、彼は罪の意識を背負い込み潰れる可能性があると思われた。それだけは避けなければならない。


「なあ、フォンティル」


「なんでしょう?」


「本当にこの先戦い続けてもあたし達は勝てるのか?」


「それはわかりません。 しかし、イヴさんが言ったようにここを死守しなければ王国の未来はないでしょう。 だから、僕達は上の人達が気づくまで守ればいいんです」


「そうだな、変なことを言ってすまなかったな」


「いえいえ、お互い様です」


イヴはフォンティルに感謝する。しかし、彼女の精神は不安定になっている。人を初めて斬り、叫び声を聞き、そして助けを求めていた者を殺した。そんな状況で平常を保てるはずもない。


(あたしが参っていたらダメだ。 それに、帝国側の動きもおかしい)


普通なら勝てる筈のない戦いだった。それに魔導兵や弓兵が1人もいなかったのは気にかかった。たしかに他の国を相手し、荒野は混戦になり味方に当たる可能性があったとしても大陸最大の軍事力を持つ帝国が1人も連れてきていないのはおかしかった。


(あたし達が弱いから舐められてるか、何か他の理由があったからか…… この予想が当たらなければいいがな)


そんなことを思いながら足を進めていく。気がつけば集合場所に着いていた。やはり、というべきか兵士達の顔色は悪い。イヴとフォンティルはすぐに列に並ぶ。しばらくすると隊長がいつものように前に出てきた。


「素晴らしい戦いだった、とでも言っておこう。 なんにせよ我々は勝利を収めることができた! しかし、戦争に勝ったわけではない! 今回も負傷者や死傷者が我が隊にも出てしまった! これからも増えるだろう! しかし、お前達は国の為に戦えばいい! それが兵士として私達ができる唯一ののことだ!」


その演説に45部隊の兵士には前までの士気はない。訓練はどんなに辛くても嫌でも死ぬことはない。しかし、ここは戦場である。自分が死ぬのは明日かもしれないし明後日かもしれない。 そんな終わりのない未来に絶望していた。


「お前らは戦い勝ち抜いた! 約束通りお前らはゴミから下兵となる! 初めての昇給だ! おめでとう!」


「「「ありがとうございます!」」」


返事はするものの前ほどの声量はない。それを見抜いたのか隊長がゆっくりと口を開く。


「絶望しているか? 怖いか? 逃げ出したいか? 私もそうだ! お前達が思っているほどずっとな! 我々は仲間だ! もしも、お前達がここを生き抜いたら私が持てる力を使い願いを叶えよう。 もしも、後方に転属したいなら上に申し出よう! 最高級の肉を食べたいなら奢ろう! だから、ここを生き抜け! お前達の望みの為に!」


隊長はそう叫ぶが兵士達は驚いていた。いつもは自分達を罵り、褒める。それを繰り返すだけだった隊長が自分達の心配をしたのだ。それに望みを提案してくれた。後方に転属する。それだけ、たったそれだけだが、全員とは言わないが兵士達を絶望の淵から救った。


「「「「「はい!」」」」」


「いい返事だ! それでは解散!」


こうして兵士達は来た時よりもいい笑顔で分かれていく。しかし、それでも傷が癒えない兵士がいるのは確かだった。イヴはフォンティルと合流してそのままナイラルクが休んでいるテントに向かうのだった。














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