第18話 運命

あれから1週間と3日が経った。あの走るだけの訓練は毎日は行われなかったが、2日に1回のペースで行われていた。やらない日も剣や弓、棍棒をただ振るという走るのとは別の意味で過酷な訓練が行われていた。


しかし、そんな45部隊特別訓練施設だが、悪いことばかりではない。まず、体を鍛えたり、剣の腕を磨くための器具が整っている。そして、巨大な風呂が備わっているのである。


「ふんふふんふん」


鼻歌を歌いながら風呂の順番を待つ。いつ入ってもいいのだが、イヴに言われたので男の兵士が上がるまで、出来るだけ待つようにしている。訓練でかいた汗を流すのは特段に気持ちいのである。


(イヴはどこ行ったんだろう? もうすぐお風呂の順番なのに)


しばらく待つが、イヴが帰ってくる気配は一向にない。まあ、いつも先に入ってもらってアリアが後から入る形をとっていたから今日ぐらいはいいだろうと考える。ちょうど他の兵士たちも風呂から帰ってき出したのでタオルを持ち向かい始める。


風呂までの距離は意外と遠く部屋から約5、6分かかる距離にある。風呂に向かう途中沢山の兵士達とすれ違う。最近気づいたのだが、イヴやフォンティル以外のアリアに向ける目は侮蔑と恐怖、そして好感の3つであった。


1つ目と2つ目は女性であることと、仲間を殺したということが原因だろう。3つ目は自分でも理解しているが、この見た目だろう。はっきり言って怖い。6割以上の者が1つ目と2つ目である。それなのにも関わらず絡まれたり、虐められないのは隊長にそのことがバレた時の罰の怖さとイヴの存在があるからだろう。


(こんなこと学生の時には気にもしなかった。 けど、今は気にしてしまう。 イヴさんがいたらか良かったけど、もしも1人のままだったら……)


そのことを想像してしまい少し身震いが起こる。アリアは信仰心というものはないが、この時は神に感謝してもいいくらいだった。


気づけば風呂の前に来ており脱衣所に入る。誰もいないことを確認するとゆっくりと服を脱ぎ始める。衣服が掠れる音だけが響き、1枚1枚丁寧に脱いでいき、棚に置いてあるバスケットのようなカゴに入れすぐそこに置いてある洗濯された兵士の服とタオルが入っているバスケットと交換する。


脱いだ服が入っているバスケットは洗濯してもらうため沢山のバスケットが積まれて置いてある部屋の隅に置く。ちなみにどちらのバスケットにも名前が書いており、誰のかがわかるようになっている。


(今日は疲れた…… 明日も早いしお風呂に入ったら寝よ……)


タオルを体に巻き脱衣所を抜ける。そこは先程まで沢山の兵士が入っていたのだろうと思わせるほどの湯気が沸き立っていた。


(暑い、やっぱりこの暑さは苦手だ…… どうしてこうもお風呂は暑いのか)


暑いのが少し苦手なアリアだが、それさえ我慢すれば最高の空間と言える。湯気が少し晴れてくると日本の銭湯を思わせる300人は入れる巨大な空間が現れる。


(女だから後に入るのは不満だったが、ここを独り占めできるのは悪くない)


湯船に浸かろうとアリアは進みだす。湯船は少し進まなければならなかった。ここまでぼーっとしながら何も進んだせいか湯船に着いた時そこに1人の兵士がまだ湯船に浸かっていたことに気づいた。


(まだいたんだ…… やってしまった)


今までイヴが最初に入ってくれていたからこういうことが起こることを危惧していなかった。湯船に浸かっている、こちらを見て顔を赤くしながら見ている兵士は幸いにも知り合いのフォンティルだった。


「あ、あ、ア、アリアさん⁉︎」


フォンティルが驚きの声をあげる。アリアは今さら出るのもめんどくさかった。なので、この際だから自分は気にしないので入ってしまおうと考えた。


「フォンティルさん、まだいらしたのですね」


「え、あの、はい……」


服を着ている時はしっかり話せていた。なのに今は話すこともその姿を見ることすらできなかった。


「もしよろしければ隣いいですか?」


「え、と、となりですか? は、だ、大丈夫です」


「ありがとうございます。 では、隣失礼します」


アリアは隣に座る。フォンティルにとって願っても無いシチュエーション。だが、いざ現実になると何もできない。そんな自分が恥ずかしい。


そんな様子を見てアリアも気づかないわけがない。きっとフォンティルは自分に恋心を抱いてるのだろう。だけど、男をそういう目で見ることはできない。それに、今はただ友達である。向こうが何か行動を起こさない限り友達でいようと考えていた。


「ア、アリアさん」


「どうしたんですか?」


「あの、その、こういうことを言うのもなんですが、今好きな人っているんですか?」


「好きな人ですか? そうですね、今私にはそういう人はいません。でも、大切な人ならいますよ」


「そ、そうなんですか。 なんかすいません。 変なこと言って」


「いえ、大丈夫です。 私はフォンティルさんを大切な友達と思っていますから、聞きたいことがあればなんでも聞いてください」


「そ、そうですか…… ありがとうございます」


正直アリアが自分を友達としてしか見ていないことがショックだった。できれば、隣にいて守りたい。一生、死ぬまで、永遠に。


この展開だって偶然じゃない。おそらくイヴが仕組んだことだろうと思っていた。訓練が終わった後、彼女は他の兵士が上がっても湯船で待ってるように言われた。てっきりイヴが来るものだと思っており、女性と一緒に風呂というのは覚悟がいるものだった。しかし、来たのは自分が愛してやまない女神だった。


イヴは良かれと思ってこの展開を用意したと思うのだが、はっきり言って怖い。何も言えない自分が憎らしい。そんな思いを抱いていた。アリアをチラッと見ると綺麗な金髪の髪を触り、整えていた。そんなわずかな仕草ですら自分の胸は痛みを増す。


1ヶ月後、初めて戦争をする。それで、自分が死ぬかもしれないし、アリアが死ぬかもしれない。それは絶対に嫌だった。日にちはないが、何をしても守らなければならない。そんな使命がフォンティルの心を埋め尽くしていた。まさに何かが湧き出てくるそんな感覚である。


「フォンティルさん」


「え、あ、はい」


考え事をして気づくのが遅れたが、しっかりと返事をする。


「明日も訓練も頑張りましょうね」


その笑顔は何者にも代え難いものである。フォンティルはあやふやだった覚悟を決める。


「はい、頑張りましょう。 王国のために」


(そしてエニエスタ、君のために……)


カッコつけたセリフで心で言いながら、帝国への闘志を燃やすのだった。

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