異世界戦記

喰衣

第1話 やりたいこと

冷たい床、何もない部屋、自分が何故ここにいるか理解していた。 しかし、それは後悔であって、今は恐怖として押し寄せてくる。


(怖い…… )


最初は恐怖というものは出てこなかった。

しかし、それは日に日に増していく。

今もなお生きたいという気持ちで溢れてくる。


(頼む、来ないでくれ……)


そう願ってると、複数の足音が響き渡る。

それがだんだんと近づいてくる。


(今日は死にたくない…… いやだ……)


男の願いは足音が自分の部屋、いや房の前で止んだことで、儚くも散る。扉が開かれると5人ほどの男が入ってくる。


「1107番の茅野智だな?」


「はい」


「出てこい」


茅野はそれに素直に応じる。房から出るとそこは今まで見てきた筈なのに違った景色に見えた。

茅野は理解している。 この時間帯に連れて行かれるもの達には死が待っていると。


茅野は死刑囚である。

罪状は殺人罪であり、計12人の罪なき人を殺している大罪人である。


茅野はそんなことを後悔しながら覚悟を決めて刑務官について行く。


(きっと死刑が執行されるんだな……)


他の房を見ると鉄柵からこちらを哀れ見る者、自分が今日じゃないことを安堵する死刑囚達が見えた。


(私も歳を取ったな)


34年経った今茅野の年齢は58歳となっていた。

遅かれ早かれ自分は寿命で死んでいる。 だったら最後くらいは罪を償って死のう、そう思っていた。


5分程歩くと、取調室に到着する。

中には机と椅子が置いてあった。 茅野は奥の椅子に座らさせられる。


「今から所長を呼んでくる。 そこを動くなよ」


そう言って1人の刑務官は出て行く。

茅野の心臓は限界である。 覚悟はしてるといっても連れてこられたのが、処刑の為だと思いたくなかった。

しばらくすると、先程出て行った刑務官が所長を連れて戻ってきた。 所長は顎鬚を弄りながら椅子に座る。


「さて、茅野智」


「はい」


「ここに連れてこられた理由を知りたいようですが、単刀直入に言います。 これからあなたの死刑を執行します」


「やっぱりそうなんですね……」


わかっていたことであったが、改めて真実とわかると視界が眩む。 覚悟は拘置所を出た時に決めていたつもりだった。 だけどそれは自分を現実から逃がすための理由に過ぎなかった。


「これから連行する」


所長はそう言うと立ち上がる。茅野もふらつきながらも刑務官に立たされる。そして2人の刑務官に連れられ取調室を出ると、そのまま執行室に向かう。


茅野は少しでも生きたかった。 外の世界でやり残したことが山ほどあり、それを思い浮かべる。

途中、知り合いの刑務官を見つけると無意識の内に近づく。


「今までありがとうございます」


「ああ」


「私はあなたによくしてもらえました。 だから…… だから……」


茅野は涙が溢れる。この涙は刑務官への感謝と自分への後悔、そしていつ執行されるのかという恐怖から来たものだった。


「ふぉ、ふぉんだざん。 わだし、わだし……」


「もう行け」


「はい」


茅野はそう命令されると従って進みだす。 そこから茅野は知っている刑務官を見つける度に感謝の気持ちを伝える。


執行室に着くと茅野は手を後ろに組まされ、手錠をされる。そして、目の前には青いカーテンを開き、ロープが現れるのが見える。 茅野の恐怖は加速する。


「茅野智ここに立て」


刑務官がそう言って指を指してるのはロープの前である。茅野はそれに従いロープの前に立つ。最後に目隠しで目を隠し、ロープを首にかける。


茅野は自分の愚かさ心の中で反省する。 望むならあの時の自分を罰したい、望むならあの時の自分を止めたい。 そう願いながら--


「最後に言いたいことはあるか?」


近くにいた刑務官に声をかけられたので、恐る恐る口を開く。


「私は決して良い人ではありません。 しかし、皆さんは、こんな私を見捨てずにいてくれたことに感謝しています。 今までありがとうございました」


刑務官はそれに返答しない。 茅野が見えない中、後数秒の命だと悟る。


(もっと生きたかった。 もし、転生というのがあれば、男でも女でも子供や爺さん婆さん、なんでもいい。 それで、やり残したことをやりたいな)


茅野の足元が開かれる。

思うように息ができない、苦しい。しかし、そこに恐怖はなかった。


(ああ、こんなことならもっと殺しておけばよかったな)


それが茅野の本性が現れた最後の瞬間だった。

意識がだんだんと薄れていき、やがて力なく息を引き取った。








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