第12話 宵祭りの魔法

 日が落ちる前に灯されたろうそくが、夕闇にくっきり浮かび上がると、村は賑わいを増すのだった。


 境内から伸びる参道には両側に縁が立ち、飴細工の職人が実演したり、肉汁滴る串焼きが炙られていたり、極彩色の鳥や眼鏡をかけたような猿の見世物小屋があったり。普段娯楽の少ないボウ村の老若男女には、またとない楽しみであった。


「さあさ!クリームはいかが?お姉さん、恋に効く魔法のクリームだよ!お一つどう?」

 ターゲットにされた娘は若干気まずそうに下を向いたが、一緒に歩いていた娘に袖を引かれて近づいてきた。


「これ、匂いかいでみて。いい香りでしょ?これをこうやって耳の後ろや手首につけて、好きな人の側に行くと…!それからこっちは甘い味がするから、唇に塗るとね…ムッフフフ」


「いやだ、はしたない」

「聞いたことある!好きな人を思って塗ると夢に出て来てくれるんでしょ?」

 もう一人の方が興味を示すと、すかさずジナは蓋を開けてクリームの香りを漂わせる。


「ほんとだ!いい匂い!」

「でっしょー?匂いだけじゃなく、キレイになる効果だって抜群なんだから。ここだけの話、ラナ姉さんもご用達なんだよ」

「えっ!そうなの⁈じゃ一つちょうだい!」


「はいよ!隣のお姉さんは?いつもすぐ売り切れちゃうんだけどね、今日のためにたくさん作ってきたから、今買わなきゃ損だよ?」

「…じゃあ、一つ」

「ありがとう!友達にも声かけてくれると嬉しいな」

 よく回る口で、最後はとびきりの笑顔だ。


「ジナちゃん…すごいね」

 呆気にとられるエナン。


 それから、ジナが巧みに呼び込んではエナンが効能を分かりやすく説明し、更に二人でクリームを塗ってあげての実演販売という流れが自然に出来上がった。

 更に、皆が憧れるラナ姉さん当人が、夫と腕を組んで現れたのも強力な後押しとなった。


「ねえ、これこの間つけたやつだよ。覚えてる?」

「あんなに夢中にさせられたの、忘れるわけねえだろ」

「あたしも」


 なんて、村で一番華やかで粋な二人が互いに塗りっこしてお買い上げになると、その後来るわ来るわ。横目で見ていた娘だけでなく、ご婦人も、なんと旦那まで。


「へへ、これ塗ってやるとよ、嫁の機嫌が良くってよ」

「いいねぇ。近いうちに稚児ややごこさえちゃうんじゃないのぉ?」

「うっせぇ」

 ジナちゃん、本当の年齢は一体いくつなのと突っ込みたいエナンである。


 とにもかくにも大盛況で、クリームは残すところ数えるばかりとなった。

「エナン、あとはあたし一人で大丈夫だから、行ってきなよ」

「え?どこへ?」

 無言のジナの視線の先は、運営陣の一人として巡回しているサハだ。


「ジナちゃん…」

 エナンが頬を染める。

「ごめん、さっき2人が納屋で話してるところ見ちゃったんだよね。いい感じだったよ」

 その時、エナンが来たのは決して自分会うためだけではなかったのだと気付いた。


「でも、わたし、会えただけでも充分で」

「なに言ってんの!勇気出して。サハ兄彼女いないしきっと上手くいくって!…ね、手貸して」


 指ですくったのは、唯一成功したゼラン草の香りのクリーム。一瞬華やかな甘さが薫るが、それはすぐに涼やかな後味に変わる。男性のサハからも好評だった。

「勇気が出るおまじない。エナンならきっと大丈夫」

 エナンの手に塗り込むと、両方の手の平でキュッと包み込む。


「うん…ありがとう」

 緊張した面持ちでサハの元へ向かって、やがて二人で歩き始めたのを見送ると、それ以上追うのをやめた。

 神社の方からは囃子はやしの音が流れてくるから、二人はそれを見に行ったのだろうか。


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