第7話 約束
翌日も雨は止まなかった。まだエナンは帰らなくて済む。
残ったミツロウと油でクリームを練っていると、昨日行ったカダさんのところの長女がやって来た。
「昨日塗ってもらったのがすごく効いたから、また貰えねぇかって、お父ちゃんが。タダじゃ申し訳ねぇから、これ持ってけって」
そう背負ってきたのは、デーンと立派な白菜だった。
「いいよ。ちょい待ち」
昨日のクリームを熊笹の葉で包み、もう一つ別のクリームを手渡す。
「これ、蜂蜜を入れたから甘い味がするのと、赤い色してるでしょ?だから唇に塗ると…ムフフ。恋に効くよぉ」
「んもぅ!ジナってばー!」
顔を赤らめながら、でもしっかり懐に入れて行った。16歳の彼女には、恋仲の男性がいるのだった。
「すごい!売れたね!」
客が帰ると、キラキラした面持ちでジナはエナンを振り返る。
「うん!良かったねジナちゃん」
「こうやってさ、エナンと一緒にクリーム作って生計立てられたらいいんだけどなあ」
しかしその願いもむなしく、午後には雨は小降りになってしまった。明日までに止んでしまうだろう。
せっせとクリームを作っている間、2人の女性が求めにやって来た。それも傷に効く方ではなく唇に塗る方で、一人は玄米を、もう一人は乾燥した豆を持ってきた。
「カダさんのとこの姉さん、おしゃべりだからぁ」
「そういう姉さん、トーダにもいるいる!」
二人して笑いあう。
「ねえ、ユルゾの実の他にも油にできる植物ってあるの?」
「うん、あるよ。セキサとかタバナの実には保湿成分があるから、クリームには向くと思う。あと、ハガタの葉っぱは火傷に効くのは知ってるでしょ?すり潰して絞った汁を加えると、直に貼るより効くよ」
「すごーい!エナン、物知りだねぇ」
「わたしもまだ勉強中なんだ。従兄弟のムット兄さんはもっとすごいよ」
そう言うエナンの顔は恥ずかしげに、でも少し誇らしげに見えた。きっと、自慢の
「トーダでは今、村をあげてクリーム作りを産業にしようとしてるんだ。わたしの叔父さんとムット兄さんはその中心で、街に出て販路を開拓したり、どんな需要があるのか調査して開発したりしてるんだよ」
「すごいね。トーダって、みんなそうなの?」
「そんなことないよ。新しい事をするのは反対だっていう人も未だにいるし。昔からの養蜂家が多いのは、ボウ村と変わらないよ」
トーダがどんなところなのか、隣なのにも関わらず、今まで一度も考えたことがなかった。それが、エナンの故郷というだけで、いきなり隣村以上に近く感じるのだから不思議だ。
搾りたての山羊の乳で作った
「あたし、クリーム作ってみる。せっかくエナンが教えてくれたんだもん。ボウ村のみんなにも広めたい」
「うん…!ジナちゃんが同じことしてくれるなんて嬉しい。離れていても、繋がっている感じがするよ」
「これで終わりにしたくないもん」
トーダとボウをクリームで繋げられたら。おおそれた事だと、お父ちゃんは言うだろうか。
「エナン、クリーム塗ってあげる」
そう言われ嬉しそうに頷くと、両手を差し出した。
すうっとして最後にほんのり甘い、ユルゾの香りが二人を包む。
「また会えるよね」
「うん。約束だよ」
雨は上がり、うっすらと日が差していた。
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