12.真実

「貴方達には看守の仕事をする傍ら、この三人の被験体を観察して欲しいの」



リナさんの差し出してきた物は、よく似た青年と少年、少女三人の写真だった。


「被験体?」

オスカーが不思議そうに聞き返す。リックと私も顔を見合わせ、リナさんの返事を待った。



「そうよ。「シャーロット三兄妹」と呼ばれているのだけれど、この三人は人造人間なの。ユーティス牢獄は人手不足…この被験体達は永遠にユーティス牢獄を管理出来るよう記憶を私達に都合良く作ってあるわ。そして自分達が人間だと信じているの。万が一こちらに牙を向いてきた場合を考えて、囚人以外の人間には攻撃出来ないよう頭の中にリミッターも付いてるから何も心配は無いわ」


耳を疑う。人造人間?人間だと思い込んでる?

リナさんは淡々と語るけれど、それじゃあ、それらが全て真実なら、この三人はあまりにも…


「かわいそう…です…。記憶を僕達に都合良く、なんて、そんな風に出来る技術があるなら自分達を人間だと思い込ませておくなんて…まるで騙してるじゃないですか。人造人間だと自覚させてはダメなんですか?」


リックが遠慮がちに口を開いた。それを聞いたリナさんは首を傾げる。

「人造人間だと自覚させてしまったら、万が一牙を向いた時が厄介よ。やっぱり人間より丈夫なわけだから、逆に舐められて私達が支配されたらどうするの?それに、これは人類初の試みよ。人造人間がいかに「人間として」人間と共存出来るか…気になるでしょう」


リナさんは楽しそうに語るけれど…私とオスカー、リックはとても感心出来ない。みんな意見は同じだ、どうも非人道的な気がしてしまう…。


「…何、不満?大丈夫よ、さっきも言ったけど彼らにはリミッターがある、銃をこちらに突きつけても体が動かなくて撃つことすら出来ないのよ?何も怖く無いわよ」

「…いや」

「それとも…人を騙すような事は出来ないと?」


リナさんはため息をつき、呆れた顔をしながら笑い出した。


「もう…相手は作り物なのよ?個々に感情や個性はあっても、人間じゃないのよ?それを相手にかわいそうとか何とか、考え過ぎよ。どこまで頭がお花畑ちゃんなのかしら」


そうは言っても、写真を見る限り彼らは人間にしか見えない。それに…少女の写真を見る。こんなに可愛らしい子を作り物だと、…観察対象と扱うなんて…気が進まない。


「もちろん報酬は弾むわよ。貴方達が一生生きて行くのに困らないくらいには。…まぁそんなに構えないで、普通に接してみれば分かるわ。きっと貴方達が想像している以上に人間じみてるからね」




リナさんが去った後、私達三人は表情を曇らせたまま話し合う。


「…どうする」

「…僕…嫌です。…でも、わがままを言えるほど…余裕があるわけじゃない…」

「…私も。…嫌ね、何だか弱みを握られたみたいで」


しばらく黙り込んだ後、オスカーが静かに立ち上がった。


「…俺は…やる。どうせ断ったところでロクな扱いは受けられないだろうからな。…お前達はどうする」


私も立ち上がり、オスカーを見ながら頷いた。

「私もやる。…彼らは永遠でも、私達まで彼らをずっと観察しなければいけないわけじゃ無いでしょう」


一人泣きそうな顔をしているリックは、私とオスカーを交互に見てから…ゆっくりと立ち上がった。


「…僕も…やります。きっと…こんなに優しそうな人達ですから、怖くないですよね…」

「リック、こいつらを人間扱いするのはやめておけ。情が移ると仕事に支障が出るかもしれない」


情が移ると仕事に支障が出る…。

人間の姿をした人間。それを人間と呼んではいけないのか。…いや、彼らが「人間」であるなら、私達はいらないのか。



少し重い足取りで家に帰宅する。もう夜だったせいか、アレスはベッドで寝息を立てていた。

「……私、上手くやれるかしら。…オスカーとリックがいる…一人じゃないから、大丈夫かしら」


アレスの頭を撫でながら、独り言のように問いかける。もちろん答えは返って来ない。


「ユーティス牢獄か…」


私とアレスは今まで、珍しいアルビノという体質であり外見の特徴を持っていたせいで…生きるのにひと苦労だった。



今回の仕事で、アレスとどこか遠くへ行って…人身売買される不安も無い、誰もいない平和な場所で暮らす。


リナさん曰く仕事は三年間。一生懸命働けばすぐだ。


アレスの手をそっと握る。この子が、私の生きる理由。生きる希望。


「私、頑張るからね」


何となく聞こえたのか、アレスはふわりと優しく微笑んだ。



数日後、職場であるユーティス牢獄でシャーロット三兄妹と初めて会う日。


私とオスカー、リックは緊張しつつ、向こうに悟られたら終わりなので平静を装っていた。


「初めまして。俺はギル。ユーティス牢獄の所長だ。よろしくね」


ギルは穏やかな青年だった。所長という肩書きはあまり似合わない、どこかの学校で教師でもやっていそうな人。


「俺はレオン。副所長だ。あんまり役に立つか分かんねぇけどよろしくな!」


爽やかな笑顔で腰に手を当てながら話すレオン。人懐っこそうな子。ギルのように牢獄で働く人間には思えないような、どうしてここに来たの?と、意味も無いのに聞いてみたくなった。


「私はユリア。死刑執行は私がやる。よろしく頼む」


さらっと物騒で、でも短い自己紹介をしたユリア。男口調に気難しそうな表情、シャーロット家紅一点だけれど、一番看守に相応しそうな子だと思った。


その後、数少ない女囚人の担当としてはトップに当たる私とユリアは、二人でよく行動を共にした。最初の頃は気難しいユリアに手を焼くかと覚悟していたけど、実際に話すと彼女はクールなだけの、…あまりにも普通の少女だった。…いや、普通よりは怖めかな。



「なぁ、ヴァイスは何故牢獄で働こうと思ったんだ」



ある日、唐突にそんな事を聞かれた。

報酬に釣られて…なんて言いたく無い。少し考えた後、…ユリアの観察報告をしなくてはいけないのを思い出した。


「色々都合が合うのがこの仕事だっただけよ。ユリアは?貴女美人なんだから、モデルとか女優とかなれそうなのに」


これは本心だ。私はユリアほど綺麗な子に出会った事は無い。

作り物だとしても、きっとこの時から…私はユリアに惹かれていたんだろう。


ユリアは「はぁ?」と目を見開くと、首を振り伸びをした。

「何を言ってる。私はこの牢獄で働くのが使命なんだ。シャーロット家に生まれた以上仕方ない」


シャーロット三兄妹は幼少期の記憶も作られ、三人共頭に入っているらしい。本当はいない両親の記憶も。今はこの三人しか残っていない事になっている。


「…そう。真面目ね」



『この被験体達は永遠にユーティス牢獄を管理出来るよう記憶を私達に都合良く作ってあるわ』



リナさんの言葉が蘇る。ユリア達が気が変わってユーティス牢獄から去ったりする事は「絶対に」無いんだろう。


それでも私は、ユリアを…ギルも、レオンも、観察対象として見る事は難しかった。




彼らはあまりにも「人」だったから。

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