天国にたどり着けたなら

里花

第1話 ままごと婚

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あの「里」には無花果の木が連なっていた。


その字面から私は、いちじくは「花」の咲かない果実なんだ・・と長らく思いこんでいた。


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詩穂の結婚生活が3度目だということは、ごく少数の人間にしか知られていない。




周囲に「ままごと婚」と揶揄された最初の結婚は・・。






夫だった人は大変な負けず嫌いだったので、口癖のように「絶対にその言葉を跳ね返す家庭を築く!」と言っていたのだけど、それは叶わなかった。

2人の結婚生活は1年にも満たず終わりを告げたのだから。






鈴木詩穂が沢田英司と出逢ったのは、英司が大学2年、詩穂が3年の頃だった。それから3年後、私たちは結婚した。




「夫が社会人1年目での結婚」というと、その当時としても早かった。




しかも2人は成人して見られることさえ稀な外見で、英司の勤め先はスーツを必要としなかったので、いつまでも元気はじける大学生という風情で、社会人の印象は皆無のままだった。




そのため名付けられた「ままごと婚」







お金に余裕のない2人は、新婚旅行も格別な挙式を挙げることすらなく、市役所に入籍届を提出した。





梅雨時の晴れ間とは行かず、曇り空にしとしと雨の降る1日だったが、それでも、好きな人の横に並び「鈴木詩穂」を脱ぎ捨て「沢田詩穂」になれたことは「生きてきた中で1番の・・」と言うより、詩穂が「生まれて初めて本物の幸せを感じた」瞬間だった。





新たなことをスタートさせることに対して詩穂は不安を持つほうだったけれど、この結婚に関しては、彼女の心の中から大量発生のように湧き出てくる心配性の虫も、物音ひとつ立てることなく静かにおさまってくれていた。





なぜなら彼女は、この結婚生活を頑張っていこうとか幸せになろうなんて何ひとつ気負わなくとも、これから先の長い年月、英司となら永遠に幸福であろう自分の未来が想像できたのだ。



きっと、いつの日か産まれてくる我が子も含めて。みんなが幸せでいられる家庭を。






「これまで以上に幸せになろうな」


詩穂とは反対に、怖いもの知らずで行動力にあふれた頼もしい英司が、ハキハキした口調とのびやかな笑顔を浮かべて私を包んでくれる。





1年中、日に焼けた陽性の彼はいつだって眩しいほどきらめいていた。




深い幸せをかみしめて頷いた、あの日の私。







英司は職場まで毎日自転車で向かった。

詩穂は毎朝お弁当を作った。



「ガソリン代もかからない、昼食代もかからない。貧乏な私たちにはぴったり!」




そう声を立てて笑い合った。





その英司の笑い声が今でも耳の奥にハッキリ残ってる。

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