今日、知らない人に会った

HaやCa

第1話

 僕が見た人の死は、悲しいなんて言葉では片づけられなかった。

もっと残酷で、僕まで道ずれにされるんじゃないかって思うくらい怖い感情で。

多分、あれは彼女が残した怨念だろう。

 できることなら、もう彼女には会いたくない。


 彼女の名前は伊藤瑞葉。いたって普通の女子高生だった。

夏が近づく暑い季節に、あるとき僕の目の前にやってきた。

「あなた、名前なに?」

「安藤、卓」

 知らない、しかも綺麗な人に尋ねられ、僕は呆けるようにいった。

このひと少しぶっきらぼうだなあ、という感想もここでは言えなかった。

だって、僕の名前を聞くや否や、ぱあっと明るい顔を見せたから。

「安藤君、わたし頼みがあるの。もちろん聞いてくれるよね?」

「初対面の人にですか? 僕は嫌ですよ」

「そういわずにさ。なんならお礼するよ」

 上気する瑞菜の頬、心はドキドキを隠せない。

僕は「お礼」とやらに引かれ、瑞葉の頼みを受けることになった。


 高校に向かう道すがら、僕たちは自己紹介を済ませた。瑞葉は最近この辺りに引っ越してきたようで、迷惑なことに、僕みたいな案内人を探していた。

「だってきみ、暇そうだったし」

「その言葉は余計だよ」

「そうかーもね」

 言い返す僕に、瑞葉はのらりくらりと躱した。

「ねえ瑞葉。君ってどこ出身なの?」

「んー、どこだろ。知らない」

「わからないの?」

「うん。お父さんもお母さんも教えてくれなかったし」

 何でもない、みたいに瑞葉はいう。けど、彼女の雰囲気から僕は悲しそうな印象を受けた。

「いつか、わかるといいね」

「うん」

 

 残念なことに、その「いつか」が訪れることはなかった。

 彼女は交通事故に巻き込まれ、死んでしまったのだ。

 僕は慟哭を上げる間もなく、彼女の通夜に参列していた。周りには僕と同い年くらいの少年少女、僕より小さい女の子もいた。

 みんなが瑞葉の死を嘆くなか、僕は非常に落ち着いていた。いや、異常というほうがいい。

 こんなとき、僕は何をすればいい。本当にただ突っ立ってるだけでいい?

 そうじゃないだろ。でも、何をすればいいのか皆目見当もつかなかった。

 「私は瑞葉の母です。初対面で悪いけど、これ、あの子があなたにって」

 彼女のお母さんが僕を見つけて言う。

 手渡された一枚のルーズリーフには走り書きで文字が羅列されている。


「今日、知らない人に会った。わたしと同じ高校のひとかな? 不愛想で無口なひとだと思った。最初はね。でも話してみると、意外に饒舌。わたしよりおしゃべりだったよ。その人―安藤君とも仲良しになれたらいいな。こっから先は今年の抱負。いつか安藤君に話そう。転校してきて不安しかないけど、これから頑張りたい。前の学校ではできなかったこと、勉強に部活、恋も。そうだ、今日は安藤君の名前ちゃんと覚えてる。いつもは人に興味がなくてすぐ忘れちゃうけど。ちゃんと覚えて、明日にはあだ名をつけてやろう。なにがいいかな。ううん、なんでもいいと思う」

 ありふれた高校生の言葉に、僕は悔しさを覚えた。

 こんな風に紙に書く必要ないだろ。

 僕に直接伝えてくれればよかったのに。

 あだ名があるなら、さっさと教えてくれよ。

 拳を握りしめて、心で激情を爆発させても彼女は答えてくれない。

 僕は悲しみにとらわれたくなかった。

 これ以上、自己嫌悪になるのがいやだった。

 だから、僕は瑞葉のルーズリーフをクシャクシャに丸めて捨てた。

(もう君から離れないから。いまだけはやけになってもいいだろ?)

 参列者が僕を好奇の目で見る。

 うずくまるだけで、僕は精いっぱいなんだよ。

 

  

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今日、知らない人に会った HaやCa @aiueoaiueo0098

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