第57話
僕はシャツの裾で額の汗を拭った。その間もディスプレイから目を離す事は無い。
完全体ラムダゼートの体力は残り7割程。
ヒロトの攻撃で一割近く減る程の装甲だ。畳み掛ければすぐに終わる。
問題はどうやって近づくか。どうやって攻撃を与えるか、だった。その作業が実に骨を折る。
アヤセが砲撃を試みるけど、隙のない状態で撃っても避けられるか翼で防御される。
つまり、ラムダゼートを無防備な状況に追い詰めない限り、かすり傷さえ与えられないということだ。
今まで与えた二回の攻撃。僕のは相手が攻撃に移る一瞬の隙に成功し、リュウは大技の後の隙に成功した。
僕の方は運がよかった。あのタイミングは奇跡に近い。今思えばあとコンマ何秒遅ければ尻尾に体を貫かれ、地面に倒れていたかもしれない。そう思うとゾッとする。
一方リュウの攻撃成功はある意味このゲームのセオリーだ。
相手の攻撃がずっと続くことはない。攻撃が終わった後には多かれ少なかれ必ず隙が生まれる。文字通りリュウはそこを突いたわけだ。
考えないといけない。でも、
「ぼやぼやしてるとまたやられるぞ」
リュウの言った通りでもある。規格外の破壊力を持つラムダゼートに付き合っていてはこっちの身は持たない。
正直僕も守り切れる自信が全くなかった。
「分かってる・・・・・・。攻めよう。でなきゃ、負ける」
僕の言葉を誰も否定しなかった。
例え、どれだけ屍が積み上がろうと、最後に勝てればそれでいい。みんなが同じ事を思っていた。
そう、最後に自分が立っていなくてもいいんだ。
こんな事、普通のゲームじゃ有り得ない。仲間がいる事をこんなに頼もしく思った事はなかった。だって、僕が負けても、僕らは負けないんだから。
僕がどうしてSF0をやっているのか。このゲームに巡り会えたのか。大袈裟だけど、その意味が今、分かった気がした。
この仲間と同じ時間を共有する為だ。
そんな気持ちの変化もラムダゼートには関係ない。翼を広げた白龍の目は、先程の空色から赤く変色していた。まるでルビーでもはめ込まれた様に恐ろしげな色を発している。
どうやら怒り状態になったらしい。こうなると通常よりもステータスが上がるのが常だ。
どんどん不利な状況になっていく。でも、それがとんでもなく楽しかった。
そして何より、ここにいる誰もが同じ気持ちを共有している事が嬉しかった。体温が上がっていくのが、集中していくのが分かる。
ラムダゼートが天を見上げ、声を上げた。先程より少し低い。そしてそれに呼応するかのように太陽の炎が揺らめき、巨大な火の槍が空からたくさん降ってくる。
僕らは散開し、それを避けた。炎が地面に刺さり、波の形に変わり襲ってくる。
右から、左からとタイミングをずらしてやってくるそれを、シビアな間をくぐり抜け、さけていく。
「目ぇ離すなよ!?」とリュウが注意を促す。
そう。さっきもそうだけど、ラムダゼートは派手な攻撃にこちらが目を奪われている隙に接近してくる。
僕らの視線が先程ラムダゼートが咆哮していた場所に動く。
――いない。
どこだ?
「ひだりッ!」とアヤセが叫んだ。
僕らは炎の波を避けながらそちらを向いた。いた。小さな白い翼をしならせ、ラムダゼートが飛んでいる。
そのすぐ近くにはヒラリがいた。ここからじゃ助けられない。
ラムダゼートは宝玉の欠片を集め、一つの透明な刃に再構築していた。それを空中に浮かせ、ヒラリへと振り下ろす。
ヒラリはそれをなんとか横に回避。しかし、避けた先に次の攻撃がすぐさま襲いかかる。
今度は薙ぎ払いだ。ここから見ても回避出来ないのが分かった。
盾も槍も届かない。だけど、僕らには優秀なガンナーがいる。
「弾め!」
そう言ってアヤセが撃ったのは地面や壁に弾むバウンダーと言われる弾丸だった。
それは刃の下の地面に当たり、跳ね返って下から持ち上げる様にヒットした。刃は弾かれ、とっさにしゃがんだヒラリの頭をかすめた。
「あ、ありがと、あやちゃん・・・・・・」
「お互い様だって! それより早く動いて! ヒラリはあたし達の要なんだから!」
ほっとするヒラリにアヤセは笑いかける。通常ヒーラーは敵から一番遠く、またはタンクとアタッカーの間で守られる存在だ。
今の状況はよくない。ヒラリが後退するより先に僕とリュウが走り出す。
「あと七割! 死んでも削るぞ!」
「うん!」
リュウが走りながら槍に電気を纏わせ投げた。
スキル、ゼウスの雷光。
しかしこれはラムダゼートに躱される。けどリュウはそれも織り込み済みだった。槍は軌道を変え、ラムダゼートのすぐ後ろに刺さった。
リュウはゼウスの雷光の効果でそこへ移動。背後を取る事に成功する。
「ボディが! がら空きだぜっ!」
そう言って突こうとするリュウ。しかしラムダゼートに死角はなかった。鋭い尾が敵を感知し、動き出す。リュウの槍が尾によってかち上げられる。
ちっと舌打ちが聞こえてくる。リュウの方を向くラムダゼート。その口には魔力が蓄えられていた。
しかし、それを吐き出す前に僕が斬りかかる。
「当たれ! うわっ!?」
前後からの挟み撃ち。けどそれも翼で払われる。
その時起きた風によって僕の体は後方に吹き飛ばされた。必死の二連続も攻撃が捌かれてしまう。
だけど攻撃を防ぐ尾と翼が使われ、ようやく出来た隙をアヤセは見逃さなかった。
ジャキンと音がするとほとんど同時にそれは着弾した。
最速の弾丸、バリスタ。
鋼の弓矢が二つ、ラムダゼートの両翼を貫いた。悲鳴と共に敵のまた体力が一割減る。
「よっし! もういっちょ喰らっときなさい!」
ボルトアクションによって吐き出された空の薬莢が床に落ちて高い音を上げた。アヤセはすぐさま構え直す。
しかし既にラムダゼートはそこにいない。素早く当たりを見回すアヤセが右上方に飛んでいるラムダゼートを見付ける。
被弾し、怒ったラムダゼート。周りに宝玉の欠片を浮かせ、それが円を描き始めた。
瞬時に意図を理解したアヤセは構えた。ふーっと息を吐く音が聞こえる。
「・・・・・・来なさい。全弾撃ち落とす・・・・・・ッ!」
アヤセの言葉にラムダゼートが吠える。そして動き出す欠片達。ノーモーションで放たれる高速の切っ先は当たれば即死だ。
しかしアヤセの弾丸が正確に、的確に捉えていく。
「ヒット・・・・・・!」と確認するとほとんど同時にリロード。
弾を込めたと思ったらもう狙いがついていて、次の瞬間には動き出した欠片を砕いていた。
全ての間が最速。アヤセは圧巻の銃捌きを見せた。
一つ一つ減っていく欠片。縮まっていく着弾距離。最後の欠片を砕いた時はバレルの先だった。それでもアヤセはやってのけた。
「どうだっ!」
お見事としか言いようがなかった。だけど、ラムダゼートは欠片の攻撃を利用して口に大きな魔力を蓄えていた。
既に回避出来るタイミングは逃していた。いや、そもそもそんなものがあったのかも分からない。
キラキラと砕かれた宝玉の欠片が舞う中、ラムダゼートの口から三本の魔力砲が放たれた。
それは無残にもアヤセを飲み込んだ。アヤセの体力はあっという間に空になり、地面に伏せた。
その僅か前だった。アヤセが最後に放った火炎弾。それが飛んだ先で爆発が起きた。爆発は連なり、ラムダゼートを襲った。
キラキラと光っていたのは宝玉の欠片だけじゃなかった。アヤセは火薬を仕込んだ粉塵弾で迎撃と散布を両立していたのだ。
命と引き替えにアヤセはラムダゼートに大ダメージを与えた。既にヒットポイントは半分を切っている。
「あとは任せたわよ」
「よくやった! こっからはそこで寝ながら俺の活躍を見とけ!」と喜ぶリュウ。
「・・・・・・うん。がんばれ」
アヤセは幸せそうに呟いた。
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