第52話

 10階最後のステージは前の二つより広く、それは敵モンスターのサイズを表わしていた。

 全身が銀色の機械で出来た巨大なドラゴンが堅く重そうな羽を広げる。

 鋭い目が金色に光り、バチバチと電気が纏われるメカドラゴン。

 演出だけ見ればラスボス級だ。BGMもこれまでのボス戦同様オリジナルのものが作られている。

 学校のプール程の広さがあるステージ。

 その四分の一はドラゴンの体で占領されていた。甲高い咆哮はキュオオンと聞こえ、悲鳴にも光速で動くモーター音にも似ていた。格好いいデザインだ。

 定石として僕が先頭に、それから少し離れてゲンジが走ってドラゴンに向う。

 二人でヘイトを上手く管理しながら、立ち回っていく。

 僕の体力が減ったらゲンジがヘイトを稼ぎ、ゲンジの体力が減ったら僕が請け負う。

 ヒラリとアイリスはその両方を回復しながら、量を調整していく。

 ドラゴンの範囲攻撃は雷。口から放たれる直線的で早くて威力の高いものから、羽を広げて雷を呼び、それを降らす技を使ってくる。

 当たればダメージの他に麻痺状態になり、しばらく動きが鈍くなり、スキルが使えなくなる。

 そんな中、ステージ上に落ちてくる雷を避けながら、アタッカー達がドラゴンの体力を削っていく。

 強力なボスほど攻撃パターンが豊富で、読みが当たりにくい。

 僕らはまるで社交ダンスでも踊るみたいに互いの位置を変えていく。上から見ると地上絵でも描いてる様だ。

「流石に強いな、っとぉ! 危ねえ!」リュウの隣に雷が落ちる。

 僕はなんとかドラゴンの向きを味方から避けようとするが、動き回るドラゴンに四苦八苦していた。

 ゲンジも同様苦しんでいる。

 僕らは盾だ。気を抜くと一瞬で後ろは塵となる。

「ヒロト殿! 次は我が輩が受け持つ」

「お願いします! ヒラリ、物理弱体が切れそうだから次お願い」

「任せて! アイリスちゃん。難しいけどタイミング見て防御も混ぜてくれる?」

「やってみるにゃん! ヒラ姉様!」

 ゲンジはさっきから防御モードしか使っておらず、僕の体力も恐ろしい速度で切り取られていく。

 それをヒラリとアイリスがなんとか持たせてくれてるけど、ワンミスで終わる恐ろしさがあった。

 回復だけでは持たないと防御強化も多用していかなければならない。回復すべき時に防御をすれば、

 その逆でも一気に盤面はひっくり返る。じりじりと僕ら防御回復側は削られていった。

 一方攻撃組もばらまかれる雷の回避で、集中出来ずにいるみたいだ。

 焦った声がボイスチャットからひっきりなしに聞こえてくる。

「リュウ! あまり近くに寄るな! 退くときは退け!」とカズマが叫ぶ。

「お前こそもっと近寄れよ! 火力出さなきゃどうしようもないぞ!?」

 互いにパーティー内で一番の攻撃力を持つ二人が言い合っている。

 リュウは積極的に、カズマは初めての敵に慎重になっていた。

「レイチェル!? 何であんたまでバフに回ってるのよ? いつも通り攻撃しといてよ!」

「アヤセのリロードが遅いからでしょ? それにあの電気が魔法を減衰させるのよ!」

 こっちもこっちで色々な役回りが出来る反面、難易度が跳ね上がる。

 僕らは互いにプロフェッショナルだった。

 けどそれが二人ずついる。そして敵は初見だ。

 手探りで正解を探していくしかない。その探って行く方法だって、一人一人異なる。

 更にこの後レースが始まる。その事実が僕らをちぐはぐにしていく。

 このままじゃ全滅するかもしれない。僕は悩んだ。

 けど悩む時間すらなく、僕はすぐに答えを出した。言うまでもなく、

 今必要なのは強力なリーダーだ。

「カズマ」

「何だ!?」

 聞き返すカズマの声は焦りに満ちていた。

「僕は目の前で精一杯だ。今場面を見られるのは攻撃陣しかいない。だから、・・・・・・そっちで指示を出して欲しい。僕らはそれに従う」

「・・・・・・いいのか?」

 カズマは僕に尋ねる。

 俺でいいのかと。よくなんかなかった。本当は僕がやりたい。

 でも、今は本当に手も目も離せない。少しでも不利を潰す為にメカドラゴンをコントロールしないといけなかった。

 だからしょうがなく任せるしかなかった。

「待てよヒロト!? そんなんでいいのかよ!?」とリュウが叫ぶ。

 それでも今はこれが一番だと僕は理解していた。

「・・・・・・それしかないだろ」

 勝つ可能性を上げるには、自分を犠牲にしないといけない時がある。

 それが多分、今だ。

「・・・・・・分かった。引き受けよう」

 それからカズマは自分のやり方で指示を出していく。

 それは合理的で、カズマらしいものだった。

 ヒットアンドアウェイで少しずつ敵の体力を削りながら、自分達の事を一番に考え、無理をしない。

 求められるのは機械的な作業だ。それをカズマは瞬時に構築していった。

 僕には出来ない事だ。面白味はないかもしれない。でも今は必要な事だった。余裕がない時に楽しんでいる程僕らは酔狂じゃない。

 最後にカズマは僕にだけボイスチャットで言った。

「ヒロト」

「・・・・・・なに?」

「信用してくれてありがとう」

 そのお礼が嬉しくて、でも悔しくて、僕は複雑な表情になる。だけど、ちゃんと笑っていた。

「今回だけだよ」

「ああ。分かってる」

 そう、今回だけだ。

 言ってから僕は僕が思っている以上にエデンへの思い入れがある事に気づいた。

 カズマの指示で動いているリュウやアヤセやヒラリを見ていると、嫉妬心が生まれる。

 もし自分で言い出してなかったら、この気持ちは何倍にも膨れ上がっていただろう。我ながら心が狭い。

 でもその気持ちと同じく、懐かしさや楽しさ、指示を出さなくてもいい気楽さなんかもあった。それを感じた後、じゃあいつも大変な役をしているカズマはどうするんだと思いが巡った。

 もしかしたらカズマ以外の人に任せた方がよかったのかもしれないし、これは杞憂なのかもしれない。

 僕はカズマの指示を聞き、目の前のドラゴンに集中しながらも、そんな事に思考を裂いていた。

 自分でもびっくりする程動きがよくって、パーティーの事を考えないってこんなに楽なのかと思ってしまう。

 そしてそこに寂しさを感じて・・・・・・。つまり僕は喪失感を感じていた。

 十分ほど時間が経ち、メカドラゴンの体力もかなり減っただろうという時だった。

 ドラゴンの体が熱で赤くなってきた。怒りモードだ。攻撃力が上がり、更に攻撃頻度も上がった。

 今までなかった突進攻撃が増え、いよいよ後半戦に突入した様だ。カズマの指示が忙しくなる。

「ゲンジ。もう少し右に寄れ。そこなら範囲攻撃の内二つが当たらない。アイリスは回復に専念しろ。アヤセとレイチェルはデバフを中心に組み立ててくれ。リュウはリーチを活かして俺と交互に攻撃しろ。位置的には45度開ければ二人が巻き込まれる事はない。ヒロトは大変だろうが攻撃毎にもう少し位置取りを細かく調整してくれ。ヒラリは少し後ろに下がれ、ヒロトに近寄りすぎだ」

 そう言いながらも自分のプレーを忘れず、ドラゴンに的確な攻撃を浴びせていくカズマ。

 いつもの倍も多いメンバーを見事に捌ききっている。

 リュウやアヤセは少し不満げだけど、指示を聞くと理にかなっている事が分かり、何も言えなくなる。有無を言わせず最適解を選び続ける才能がカズマにはあった。

 僕は出来る限りそれを吸収しようと、一瞬でも時間があったらカズマの思考をトレースすることに努めた。

 僕が感覚的にやってた事をカズマは理論として持っている。それはカズマが僕よりも長くSF0をやっている事も関係あるんだろう。

 その前にもMMOをやっていたらしい。本来ならクリア出来ればやり方なんてどうでもよかったけど、キャンペーンが今回だけとも限らない。

 もし次があるなら、少しでもここで成長しておきたかった。

 確かにメカドラゴンは強敵だった。でもカズマの指示や、それぞれの適応力で少しずつ余裕が出てくる。

 攻撃パターンも大体理解してきた。手元は忙しいけど慣れれば楽しくなってくる。

 あと少し。それはずっとプレイしていると分かる感覚が教えた。特にアタッカー達はそれに敏感だ。それぞれが倒そうと強力なスキルや魔法を使い出した。

 メカドラゴンの口に電気が蓄えられる。その隙をついて四人のアタッカーが動き出す。

 まず動いたのがレイチェルとアヤセだった。

 レイチェルは周りに五つの黒い魔方陣を創り出し、そこで魔力を練っていく。黒く禍々しさも感じる魔力がバチバチと騒ぎ出す。そしてそれを一つに収束していった。五つの魔力の束がレイチェルの前で合わさる。

 一方アヤセはリミッターと呼ばれるレバーを引いて解除し、武器内部の動力を回し始めた。ぎゅるぎゅると音を立て、力が生み出されていく。そこに大きく高威力の弾を装填した。そしてバレルをドラゴンへと向ける。

 そして二人はありったけの攻撃を放った。

「ブラックジェネシスシューター!」

「レボバスター!」

 黒い五つの魔力の束と、一つの太く赤い砲撃が同時に撃たれる。

 時同じくドラゴンの口から電磁砲が発射される。アヤセとレイチェルの攻撃は混ざり合い、ドラゴンの電磁砲とぶつかった。

 二つの砲撃が当たると衝撃が走り、互いに押し合う。そしてしばらくの拮抗を経て、二人の攻撃が圧倒的な威力で押し始めた。

 そして、砲撃がドラゴンを捉えた。直撃と共に煙が上がり、ドラゴンの高い鳴き声が聞こえた。

 そこへ更にカズマとリュウが攻め立てる。

 光りを纏ったカズマの両手剣。それを振りかぶると、周りの光りが膨張し、巨大な光りの剣となった。カズマはそれを躊躇無くドラゴンへ振り下ろす。

「喰らえ!」

 デュランダル。

 セイバーの必殺技だ。カズマの何倍も大きな光りの剣がドラゴンを切り裂く。

 再びの悲鳴。しかしまだドラゴンは倒れない。

 それを喜ぶようにリュウはニヤリと笑った。陸上のクラウチングスタートを片手でするような体勢になり、右手で槍を構える。

「やっぱり最後は俺様だな!」

 嬉しそうに笑うと、リュウの体を光りが包んだ。

 自分の体力を犠牲にして放つ大技、ドラゴニックラッシュ。

 カズマが切り裂いたドラゴンの装甲。その中に動力炉と思われるオレンジ色の天球儀が見えた。そこへ槍と自らを同化させたリュウが目も止まらぬ速さで突っ込む。

 ドラゴンの体を貫通するリュウ。一瞬時間が止まった様な錯覚を覚えた。バチバチと音を立てる金属の体。

 それをスキルで通り抜け、着地し、ふっと笑うリュウだが、僕はドット程残ったドラゴンの体力を見ていた。

 あれだけ格好付けてるのに倒せないのは可哀想だと、僕がこっそりコツンと剣でドラゴンに攻撃すると、それが致命打となった。

 甲高い断末魔を上げ、天を見上げる機械の龍は全身に纏った電気を無くし、地に伏した。

 討伐成功の文字が出る。

 しかし、歓喜の声は上がらない。

 本当の戦いはここからだ。

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