第48話
通路をしばらく行くと部屋に行き着いた。
一面壁だらけ。どうやら行き止まりを引いたらしい。
僕はボイスチャットでこっちじゃないと伝えると、他からも同じような答えが返ってきた。
僕とヒラリは部屋の奥にいくつかあった木箱の陰に隠れた。
忍者は壁際に移動し、スキル、隠れ身の術で姿を消していた。
そこに赤いドラゴンがのしのしと入ってくる。ドラゴンは首を動かし、左右を見ながら、ゆっくりと部屋の奥へと向かって来た。
どうしようかと思った時、さっき見た忍者の姿が思い出された。
間違いない。あいつは、いや、あいつらはあの指輪をはめていた。僕はチャット欄にタイプした。
>・・・・・・それ、チートだろ?
忍者のステータスを見た。間違いなかった。
ここで初期の装備である勇気の指輪を使う理由はない。
ドラゴンの低い足音を聞きながら、しばらくの沈黙の後、返事が返ってくる。
>だったらw?
>別に。ただ面白いのかなって。
>お前には関係ないだろw こっちは廃人共と戦えたらなんでもいいんだよw 勝ったら金も貰えるしw
それを見て、僕の手が止まった。
そうか。こいつらはそんなにやり込んでいないんだ。いや、ある程度の力はあるんだろうけど、トップじゃない。
よく見れば装備も最高のものが揃っているわけじゃない。他のメンバーもそうだった。
チャットが続く。
>SFはお前ら廃人のものだけじゃないんだよw いつも偉そうにしやがってw まじでうざいんだけどwwwww
僕は沈黙した。
それは同じチャットを見ていたヒラリもそうだった。
そして彼は最後に一言書き込んだ。
>死ねよ。
言葉が胸にグサリと刺さった。
ああ、そうだ。ずっと引っかかってた事。町に行くたびに感じていた事があった。
みんながみんな本気でキャンペーンに取り組んでるわけじゃない。いやむしろ本気でやってる人は少なかった。
事の経緯を見守って楽しんでいる人は結構いた。でも本気で勝つ気がある人はあまり見なかった。理由は簡単だ。
どうせ廃人が勝つ。
僕らやルーラーみたいな層が勝利を掠っていく。自分達にはチャンスがない。
みんなこう思ってるからだ。まさしく事実だった。
こういった勝負事に勝てるのは一握りの人だけ。参加するのさえ大変だ。
そしてそれは現実の世界でもそうだ。僕らはただ選ばれし者が戦っているのを眺めている役を与えられ、それを全うする。名も無いギャラリーを強いられる。
それしか出来ないから。権利を持っていないから。権利を持つための能力がないからテレビやネットで才能ある者が戦う姿を見せられ、自分に才能がない事を分からされるんだ。
そんな現実から逃げてきて、僕らはここに辿り着いた。
でもその先でも戦いが始まった。もしそこでまたギャラリーをするしかなかったら、僕らは一体どこへ逃げればいいんだろうか?
本来なら僕はそこに立っていた。ちょっとした幸運で今こうしているだけだ。
なのに、その人達の事を何も考えなかった。心がぐらつく感覚を覚えた。
何も出来ない無力さを他人を笑う事で正当化しようとする。誤魔化して目を瞑る。
分かった。
あれは、僕だ。
>違うでしょ。
またチャットが動いた。
それはヒラリのものだった。
それを見て僕ははっとする。
>・・・・・・なにが?
>わたし達は努力してここにいる。色々な嫌な事があったけど、それでも諦めなかったからここにいるの。なのにそれを廃人とか、自分達とは違うの一言で片付けて不正に走るのはおかしいよ。全然筋が通ってない。努力してない人間が何を言っても、誰も聞かない。
ヒラリはそう打ってから僕に言った。
「ヒロト君は優しいけど、ちょっと優しすぎるとこがあるよね。そこが良いところなんだけど」
「・・・・・・どうも」
僕は苦笑して、それから息を大きく吐いた。
そうだ。少なくとも今の僕にはここに居る権利がある。僕がSF0に注いできた時間と情熱は誰に言われようと嘘じゃないんだから。
あれは僕かもしれない。でも、何も本気でやってこなかった僕だ。
なら、決別しないといけない僕でもあった。
>長文乙w 何が努力だよw ゲームで努力とか馬鹿なのwww?
>なら一生そこで笑ってろ。
僕はそう打ってから立ち上がった。
ドラゴンがこちらを向き、目を大きく開く。
僕は深く息を吸い、誰に言うでもなく、声を上げた。いや、言う相手は決まっていた。
「ごちゃごちゃごちゃごちゃ僻みやがって。うるさいんだよ。何もしないから何も手に入らないんだろ? いい加減に分かれよ!」
「・・・・・・ヒロト君?」
僕は少し前の自分を思い出して苛立っていた。
ヒラリは突然の事に少し驚いていた。
「ゲームで努力なんて馬鹿だよ。そんなの分かってる。でも、僕にはこれしかないんだ! なら本気にならないでどうしろって言うんだよッ!」
『ゴガアアアアァァァァ!』
ドラゴンが雄叫びを上げる。
「うるさいッ!」
僕はドラゴンに斬りかかった。すぐさまドラゴンの反撃に遭う。鋭い尻尾が向かって来た。
僕はそれを盾で逸らし、また斬りつける。大したダメージは与えられない。それでも、
「周りは黙ってろッ!」
剣で斬り、ドラゴンの攻撃に合わせてスタンブロウ。
怯ませた隙に攻撃攻撃攻撃。
乱数が三つ表示され、その分ドラゴンの体力バーが僅かに減る。
>何やってんのwww
「ヒロト君!?」
驚くヒラリ。
僕だって傍から自分を見たらただのおかしくなった奴だと思うだろう。
でも、だとしてもこれは僕にとって大事な事だった。はっきりと言っておかないといけない事だった。
「・・・・・・ごめん。もう大丈夫。僕の話を聞いて」
驚くヒラリに僕はなるべく落ち着いて話した。今の攻撃で頭から血が降りてきた。
冷静に言葉を並べる。そしてヒラリに確認をとった。
「いい?」
「う、うん・・・・・・」
それを聞いて僕はドラゴンにボマードソードを放った。小さい爆発と共にドラゴンの頭が完全にこちらへ向いた。
僕は微調整を繰り返しながら、位置を取っていく。
もう少し・・・・・・ここだ。
それが終わった時、ドラゴンの口に炎が蓄えられていた。もう攻撃パターンはほとんど分かっている。
ここから一度上を向いて、下を向きながら炎を、吐く。今だ。
ドラゴン目がけて走っていた僕はそこでスライディングをした。
炎を避け、ドラゴンの腹の下に潜り込む。同時にアイテムを取り出した。怒り消しの牙。
レッドオーガの牙から作られるこれは、使った相手のヘイトをリセットする。僕はそれをドラゴンに刺した。
その感触は鱗に守られたドラゴンにとってないも同然だろう。
一方ドラゴンの吐いた炎はさっきまでの僕の後ろ。すなわち忍者が隠れている壁際へと放たれる。
突然の事に忍者は避けきれず、炎でダメージを負った。黒装束が少し燃え、煙が出る。そしてダメージを負えば隠れ身の術は解かれる事を僕は知っていた。
僕へのヘイトが消えた今、ドラゴンの目に映るのは姿を現した忍者だけだ。
唸り声を上げながら、ドラゴンが忍者へ突進していく。
焦った忍者は部屋の奥へと逃げて行った。
ドラゴンが通過するのを見て、僕はヒラリに声をかける。
「今だ。早く!」
「うん!」
僕の方へと向かい走り出すヒラリ。
僕も扉の方へと向う。
扉に辿り着き、振り向くと、まずヒラリがこちらにワンピースの裾をひらひらさせながらロッドを持ち、胸元を揺らして懸命に走ってくるのが見えた。
そしてその後ろに低い姿勢で走る忍者が見える。
どうやらドラゴンの突進を紙一重で躱してこちらへ逃げてきているらしい。
だがドラゴンに忍者を逃すつもりはない。すぐに振り向き、また咆哮を上げながら突進してくる。
なんとか扉へと辿り着いたヒラリ。
伸ばした手を取り、一気に僕の後ろへと引き込んだ。
それからすぐに忍者がやって来る。
>ふwざwけwんwなwよwww
ドラゴンの吐息を背中に感じながらも、どうやらチャットする余裕はあるみたいだ。
正直、僕はこいつの事を本気で嫌いになれない。
上手くいっている奴らをなんとかして追い抜きたい。笑い飛ばしたって気持ちがないわけじゃないから。
もし、僕がエデンのみんなと出会えなかったら、こうなっていた可能性だって否定出来ない。
でも、それとは関係なく許せない気持ちがある。
忍者が扉の前に来る瞬間、僕はスキル、シールドフリックを使った。
それは敵味方問わず盾で吹き飛ばすスキルだ。
忍者の体が後方へと飛ばされ、尻餅をつく。
>お前は僕の仲間を傷付けた。その償いはしてもらう。悪いな。
僕がそうチャットに打った瞬間、激しく忍者をドラゴンがはじき飛ばした。
だけどまだ体力は残っている。なんとか逃げようと様々なスキルを使う忍者。しかし、逃げ込もうとする彼が見たのは扉に巨大な盾が蓋をしている光景だっただろう。
アキレウスの盾を使った僕には中の様子は分からない。ただドラゴンの攻撃音だけが聞こえる。
しばらくして巨大な咆哮が聞こえた。そして最後に一言、彼はこうチャットに書いた。
>汚いなさすがナイトきたない
その後すぐにチャットに表示があった。
―忍者が倒れました
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