第42話

 調べてみると、出るわ出るわ、そこかしこで阿鼻叫喚が聞こえてきた。

 他のサーバーのトップ達もその尽くがエンドコンテンツで足止めを喰らっていたのだ。

 そして、そのほとんどが一度も全滅した事がないパーティーだった。全滅するとせっかくの経験値が失われる。

 奇しくも、僕達はあの撤退のお陰で先頭を走っていた彼らより高レベルになっていた。

 ピンチは最大のチャンスとはよく言ったものだ。

「ヒラリのお陰だな」とリュウが言うから、僕は少しびくっとした。

 相変わらず踏み込みが深い。

 ヒラリは「あはは・・・・・・、ごめん」と苦笑してから謝った。

 こういう時、触れた方がいいのか、触れない方がいいのか悩む。多分僕は触れない方がいいんだろう。

 人には役割がある。僕は見守り、リュウは触れて、アヤセは「そういう事言わないの!」と怒る。

 これがこのエデンでのそれぞれのロールプレイだ。

 市場で準備をしていると、ボイスチャットから高くて大きな声が聞こえた。

「あ、あんた達! まだこんなとこにいるのっ!?」

 市場の入り口で僕らを指差すレイチェルの声は明らかに苛立っていた。

 リュウが笑い飛ばす。

「はっ! そういうお前はどうしたんだよ? 忘れ物か?」

「べ、別になんでもいいでしょっ! ただの散歩よ! 散歩!」

「よく言うぜ。古塔で全滅したくせに。退くことを覚えろよカス」

「あんたらまた見てたのっ!? 信じられない! 卑怯者! 変態! 中二病!」

「中二病は余計だぜ・・・・・・」

 いがみ合うレイチェルとリュウ。

 僕はさっきから何も話さないアヤセを少し気の毒に思った。

 ただ、リュウとレイチェルはそういう関係じゃないと思う。以前リュウがアヤセとレイチェルは同族嫌悪だと言っていたけど、僕はリュウの方がそれにあたると思っている。

 言ったらリュウは怒るだろうけど、アヤセはほっとするかもしれない。悩み所だ。

 僕がエデンの人間関係に思いを馳せていると、視界に大柄な男が二人入って来た。

 一人はルーラーのリーダー、カズマ。

 そしてもう一人は先ほど映像で見たタンクの斧使いだ。

 斧使いは背が高いカズマより更に大きかった。種族はガンダラ。巨大な筋肉と頭に生えた小さな角が特徴的だ。レスラーを思わせる巨軀に、身長と同じくらい大きな斧を背負っている。胸当てや手甲は暗い赤色だった。

 クリックして名前を確認すると、ゲンジという名前だった。

 よく見ると後ろには小柄な種族、ミミクロの精霊使いが斧使いの足下に隠れているのが見えた。

 精霊使いは小さな精霊を使い攻撃、防御、そして回復を行うヒーラーだ。ミミクロには垂れた大きな耳が付いていた。精霊使い特有の先が三つに割れた杖を持ち、ピンクと白のドレスを着ていた。首にはハートのチョーカーが見える。

 こちらの名前はアイリスだった。

 会ったことのない二人だった。きっと両方僕らが抜けてから入って来た人達だろう。または下の方から上がってきたのかもしれない。

 なにぶんルーラーは人数が多いので、ギルドに居ても全員が知り合いじゃなかった。

 カズマは僕にゆっくりと近づき、一睨みしてから目線を変え、レイチェルに言った。

「それくらいにしろ。今この瞬間もライバル達は攻略しているんだぞ。危機感を持て」

 声は苛立っていた。

 気持ちは分かる。一度全滅すればその時点でかなり不利だ。僕もさっき諦めかけた。

「ふん!」とレイチェルは腕を組んでそっぽを向く。「どうせ無理よ。あんなの誰にもクリアできっこないわ! そもそも運営にクリアさせる気がないじゃない。何よあの難易度!」

「・・・・・・だからと言って油断するな。足下を掬われる」

 そう言いながらもカズマの言葉の節々にレイチェルへの共感が感じられた。

 どうやら難易度は相当なものらしい。あのルーラーが面を食らう程の難易度。

 それは恐ろしかったけど、同時に楽しみでもあった。あるいは僕らならと思ってしまう。

 二人の会話を聞き、斧使いのゲンジが申し訳なさそうに俯いた。

「わが輩が至らないばかりに・・・・・・。申し訳ない・・・・・・」

 野太い声がヘッドセットから聞こえた。この人も少し変わっている。

 次に精霊使いが言った。

「ううん。あれは誰だって厳しいにゃん。あんまり気を落とさないで。パパ」

 アイリスの声はヒラリとはまた違うアニメ声だった。ヒラリが少しハスキー気味なら、こっちはものすごいロリ声だ。

 おまけににゃんって、パパって・・・・・・。

 それでもプレイを見ていた限り、二人共相当な手練れには違いない。

 タンクとしてジョブは違うけど、斧使いのプレイには何度か舌を巻いた。それでも古塔の五階までしかいけなかったんだ。その事実は重い。

 それにも関わらず、リュウは相変わらず「俺達なら楽勝だけどな」とレイチェルを煽っている。

「行ったら分かるわよ! どうせすぐに泣き出すわ!」とレイチェルも言い返し、二人はまた言い合った。

 そこにアヤセが明らかに不機嫌そうに言い放つ。

「なんでもいいけど、さっさと行こ。あたし達、あんたらの事許したわけじゃないから」

 アヤセはカズマを睨んだ。

 あたし達。その中に自分も含まれているのを知り、ヒラリは少し居心地が悪そうに僕の背後へと移動した。

 カズマが口を開く。

「許すとか、許さないとか、お前はまだそんな事を言っているのか? 私情を挟んでパーティーが上手くいくわけがないだろう」

 それを聞いてアヤセは馬鹿にした様に笑い飛ばす。

「ははっ。あんたの言う私情を挟まなかった挙げ句があれなんだ? 偉そうにしても結局勝ててないくせに。あの時はヒラリに怒ったのに今回はお咎めなしなわけ?」

 アヤセの言葉にゲンジが顔を伏せ、アイリスが慰めるように足をぽんぽんする。

 アヤセの挑発にもカズマは相変わらず冷たい落ち着いた声で返した。

「あの時と今は状況がまるで違う。当たり前にクリア出来るレベルでミスをするのと、誰もが苦戦するレベルでミスをするのが同じだと思う辺り私情だと言っている。SFは遊びじゃない」

「馬っ鹿みたい。言ってあげる。あんたは自分のミスを認めるのが怖いのよ。だからずっと偉そうにしてる。リーダー失格ね」

「中身のない中傷に付き合ってる暇はない」

 こちらはこちらで水と油。僕としてはみんな仲良くしてほしい。

 まあアヤセの気持ちが分からないでもないけど。確かに僕はカズマが嫌になった時期があった。

 でもリーダーって役割をしてみるとその大変さはよく理解できた。特にルーラーみたいな巨大ギルドを一手に仕切るのは並大抵ではないだろう。

 それこそ人生を賭けてやっている。仕事や学校を辞めてまでとか、僕はそこまでいかないけど、いきたいと思う気持ちがないわけじゃない。

「ヒラリは何か言うことないの? 黙ってたら認める事になっちゃうよ」

「わ、わたしは・・・・・・・・・・・・」

 急に振られたヒラリは僕の後ろで困惑している。視線が僕の背後へと集まった。

 ヒラリは戸惑いながらも言葉を探す。そして、意を決して言った。

「わたしは、みんなと楽しくやりたいな・・・・・・」

 場が静まりかえる。それを気にしてヒラリはごめんなさいと消えそうな声で付け加えた。

 市場での買い物客が発する声がやけに大きく聞こえる。

 僕はうんと頷いて、ヒラリに同意した。

「それが一番だよね。大丈夫。本当はみんなそう思ってるよ」

「・・・・・・甘い」とカズマが言う。

 僕は目線をヒラリからカズマへと変えた。

「うん。だけど、それもSF0だ」

「お前は勝ちたくないのか? 俺達にとって、いや、俺とお前にとって、SFはもうただのゲームじゃないだろう? そんなところはとっくに通過したはずだ」

 カズマの言っている事はその通りだった。他のみんなにはリアルがある。

 でも、僕とカズマにはそれがないんだ。あっても価値がない。

 昔カズマが僕にだけ話してくれたことがある。カズマはSF0の為に学校を辞めるつもりだと。元々楽しくなかったし、なにより本気でやり込めるものが初めて見つかり嬉しかったと。

 あの時は何も言えなかったけど、その後の様子を見るとカズマは有限を実行したらしい。

 今、一番大切なものは? と聞かれたら、僕とカズマはSF0だと即答する。

 即答出来る。

 ある意味この中で一番価値観が近いのが僕らだった。つぎ込める時間を全てこのゲームに注ぎきっている。

 それは僕がルーラーに居た頃から分かっていた。互いに言わなくても、感じ取っていた。

 熱量が違うんだ。そしてそれを知るには同じ熱量が必要になる。僕らがそうだった。

「そうだよ。でも僕らは一人でやってるわけじゃない」

「それじゃ勝てない。それじゃあ勝てないんだよ。なんで分かってくれない? なんでお前が分かってくれないんだ!?」

 カズマの声に意志が含まれるのをはっきり聞いたのはいつ以来だろうか。

 もしかしたらこれが最初で最後かもしれない。僕は頷いた。

「分かってる。でも僕らの最小単位はギルドでもパーティーでもないんだ。個人なんだよ。どれだけ取り繕っても、一人なんだ。その中で僕らはなんとか一緒にやってる。現実と違ってヴァーチャルに絶対者はいらないんだよ。そう。僕らは一人だ。隣を見てみればいい。誰もいない。ひとりぼっちでディスプレイを眺めている。そこには誰もいないんだ」

「・・・・・・お前は俺達を、この世界を否定するのか?」

 カズマの声に怒気が混じる。

 僕だってこんな事言いたくない。いや、気付きたくない。でもいつまでも目を背けているわけにはいかないんだ。

 そして、見たくないものを見れば、見えてくるものもある。

「違う。全く違うよ。確かに僕らは一人だ。でも、ここにはみんながいる。仲間がいて、戦ってる。会ったこともない僕らが一緒に戦ってるんだ。これは、奇跡だよ。僕はこの奇跡をもう少し大事にしたいだけだ」

 言ってから、この気持ちは僕だけなんじゃないかと思い、「変かな?」と尋ねた。

 リュウは笑って首を横に振ってくれた。

「いいや。俺はそういうの嫌いじゃない。まあヒロトみたいに深くは考えてないけどさ。お前がそういう奴だって分かってるから、俺はお前について来たんだ。胸張ってろよ」

「うん。ありがとう」

「お前もお前だぞ?」とリュウがアヤセの方を向く。「いつまで昔の男に引っ張られてるんだよ? 俺の槍じゃ満足できないってか? まったく妬けるぜ」

 それを聞いてアヤセが赤面する。見ているこっちも気持ちが分かって顔を赤らめてしまう。

「う、うるさい! ななな、なによそれ? 言い方ってもんがあるでしょうがっ?」

 アヤセは怒りながらもどこか嬉しそうだった。

 リュウが「何きょどってんだよ」と笑う。

「大体よ。今はここでちんたら互いのゲーム論を議論してる時間なんてねえだろ。油断してると足下掬われるぜ?」とリュウがカズマを笑った。

 揚げ足を取られたカズマはむっとしながらも、「そうだな・・・・・・」と同感した。

「偉そうに」とレイチェル、アヤセが同時に言って互いを見て、また同時にそっぽを向いた。

 そうだ。今は非常事態。当たり前を捨てないといけない。

 障害になる垣根なんて山に捨てればいい。僕は楽しみたい。でも同時に心の底から勝ちたいと思ってる。

 この気持ちは相反しない。ここはファンタジーの世界だ。欲張らない理由はない。

「そう。だから、僕に提案があるんだ」

 うって変わって僕は明るめの声を出した。

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