霧乃宮高校文芸部

皐月

1学期

4月

第1話【4月9日】新入生歓迎会部活動紹介


「――いまははるべとさくやこのはな」


 静寂に包まれた体育館に読手どくしゅの女子生徒の澄んだ声が通った。


「つく――」


 次の瞬間、壇上で膝をついて構えていた二人が雷光の如き素早さで交錯した。

 取り札がアリーナに座っている新入生の最前列まで飛んでくる。


「おおっ!」


 体育館全体から感嘆の声があがった。

 わたしも『ちはやふる』の世界だ! と興奮した。


「――以上で競技かるた部の紹介を終わります。先輩の中にも高校から始めた人間が多くいますので、初心者の方も気軽に来てください」


 読手を努めていた人が挨拶をして取り手の人たちといっしょに礼をする。その間に男子生徒が敷いていた畳を急いで回収していた。

 入れ替わるように次の部の生徒がホワイトボードとともに、早足で壇上の中央に進み出てくる。

 各部活に与えられた持ち時間はたったの四分。

 五分というキリのよい時間ではないところに、タイトなスケージュールが組まれていることがわかる。

 紹介をする先輩方も真剣だったが、それを見ているわたしも真剣だった。




 わたし――有村瑞希ありむらみずきはこの春、めでたく県立霧乃宮きりのみや高等学校に合格した。

 これは奇跡とまでは言わないがかなり運が良かったと自分でも思う。

 当初わたしの第一志望は付属の私立高校だった。

 最初は単願での受験を考えていたのだが合格判定ではAだったので、先生が公立受験もして上の学校も狙ってみないかと薦めてきたのだ。

 それが県内でも有数の進学校である霧乃宮高校だった。


 成績は良かったがさすがに無理だと思った。

 ただ両親もせっかく霧乃宮高校に入れるチャンスがあるならと薦めてきたし、公立だと学費は安くなる。

 ダメ元ということでプレッシャーがかからなかったのが幸いしたのか、本人が一番驚く合格をしてしまった。


 先週の金曜日に無事入学式を終えて今日は新入生歓迎会の日。午後からは体育館を使用しての部活動紹介をしている。

 霧乃宮高校は進学校ではあったが自由な校風と文武両道を実践していて、部活動は運動系、文科系どちらもさかんである。

 そして全生徒の参加が義務付けられていた。

 といってもこれは有名無実化されているようで、いわゆる幽霊部員もそれなりにいるそうだ。


 だが逆に言えば在籍だけは必ずしないといけないわけで、わたしにとっては入学していきなりの懸案事項となっていた。

 なにしろ中学の時は帰宅部で、運動全般が苦手。かといって得意な事や趣味があるわけでもない。

 大人に言われるまま惰性で勉強だけをしてきたツケがこんなところで回ってくるとは、思わぬ落とし穴だった。

 そういうわけでわたしはかなり真剣にこの部活動紹介を見ている。

 目的はできるだけ楽そうな部活探しという、はなはだ情けないものではあったが。


 部活動紹介はまず運動部から始まった。

 華麗なリフティングを披露するサッカー部や、高速ラリーを繰り出すバトミントン部など、やはり運動部の紹介は動きがあって見栄えがする。

 ラグビー部は五人対五人でスクラムを組んだ後、いきなり上半身裸になってポーズを決めると、

「来たれラグビー部、いまならレギュラー確約! というか新入部員がきてくれないと公式戦に出られないから頼む!」 

 そう叫んだので体育館中から笑いがおきた。


 他にも創作ダンス部の息の合った踊りに歓声をあげ、剣道部の模擬試合に息を飲んだ。

 他の部もただ競技について説明するだけでなく、アピールするポイントを心得ている。そこらへんはやっぱり高校生だなあと感心してしまった。

 まったく退屈することなく運動部の紹介が終わり前半は終了。


 休憩を挟んで後半は文科系部活の紹介で、わたしとしてはこちらが本命だった。

 運動部に比べると地味だろうなあと思っていたのだがこれは大きな間違い、己の不明を恥じなければならない。

 さっきの競技かるた部も凄かったが、演劇部の寸劇もおもしろかったし、軽音楽部の演奏も素晴らしかったからだ。




 そして次はどうやら将棋部らしい。

 ホワイトボードに升目が書いてあり、そこにいかにも手作りの駒がくっついている。

 わたしは将棋のルールはわからないがこれは知っている。解説などに使う大盤という物の代わりなのだろう。

 藤井聡太さんはわたしの一学年上だ。それなのにプロとして大活躍しているのは本当に凄いと思う。

 そして彼がメディアで紹介される時に、この大盤を使って棋譜を再現しているのを見たことがある。


 その大盤の前には二人の男子生徒が立っている。二人の間には机があってそこに時計みたいなものがのっていた。

 こちらは進行役なのだろう、マイクを持ってホワイトボード脇に立つ生徒が話しだした。


「これより将棋部による一分切れ負けの対局を始めたいと思います。一瞬のことですので目を離さずにご覧になってください」


 一分切れ負けの意味はわからなかったが、さすがに将棋の勝負で一瞬というのは大袈裟なのではと思った。

 だが「始め!」の合図とともに開始された勝負は、その言葉が決して嘘ではないことを証明した。

 駒を動かすと同時に時計(後から調べたらチェスクロックという持ち時間を計る専用の時計らしい)を押す。それを交互に繰り返していくのだがとにかくそのスピードが尋常ではない。

 二人ともいっさい迷うことなく次々に駒を動かしていく。

 ルールのわからないわたしにとっては、でたらめに動かしているとしか思えなかった。


 それでも駒がぶつからない序盤はまだよかった。

 中盤からお互いに駒を取り合うようになると一気に盤上が混沌としてきた。二人とも急ぐあまり升目に駒がちゃんと収まっていない。

 さらにマグネットが弱いのか下に落ちる駒まで出てきた。しかし二人ともそれを拾う時間すら惜しいのかそのまま指し続ける。


 最初はあっけにとられていた新入生たちだったが、徐々に感嘆の声があがるようになり、そこに笑いが含まれていく。

 勝負している二人は真剣なのだが、その真剣さと盤上のしっちゃかめっちゃかさのギャップがおかしいのだ。

 盛り上がりが最高潮になったところで動きが止まった。

 どうしたのかなと思っていると右側の人が、


「詰んでるよ。俺の勝ちだ」


 息を切らしながらそう口にした。

 進行さんがホワイトボードの前へ回り込んで盤を見る。


「たしかに詰んでるな。この勝負は――」

「待った。7四には銀があるんだから詰んでない。切れ負けでおまえの負けだ」

「なに言ってるんだ。銀なんかないだろう」

「おまえが桂馬を取った時に落としたんだよ。本来ならここにある」

「だったら拾えよ。盤上にない駒は無効だ!」

「なんで俺が落としたんじゃないのに拾わなきゃいけないんだ! 実際になくても覚えておけ。脳内将棋も出来ないのか!?」


 なんだか雲行きが怪しくなってきた。どうやらさっき落ちた駒が勝敗に関わっているらしい。

 唾を飛ばしながら言い合いをする二人をよそに、進行さんが強引に締めて将棋部の紹介は終了。拍手が体育館を埋めた。

 ハプニングも含めて一番盛り上がったと思う。


 さらにいくつかの部活の紹介があり、最後は合唱部が綺麗なハーモニーで米津玄師の『Lemon』を歌った。

 それを聞いて合唱部はありかもと思った。

 歌が特別上手いというわけではないが音楽の成績は良かったし、少なくとも運動部に入るよりは戦力になるはずだ。

 新入生たちが思い思いの感想を述べあっているところに、司会の女子生徒さんから閉会の挨拶とともに補足があった。


「以上で新入生歓迎会部活動紹介を終わりますが時間の関係上、壇上でのアピールが難しい部活は参加していません。配った冊子にはそれらの部活の紹介も掲載していますので御覧になってください」


 それを聞いてわたしは手に持っていた冊子を開いた。

 言われてみれば陸上部や水泳部は参加していなかったし、たしかに動きを見せるのは難しいだろう。

 文科系では料理研究会や天文部などは参加していなかった、これらの部の不参加も納得できる。ただ紹介ページにはホームページのURLが書いてあり、調理の動画や天体観測の写真などが見られるらしい。

 家に帰ったらチェックしてみようと思う。

 他にも参加していなかった部活はいくつかあるが、ひとつのページでわたしの手が止まった。


 文芸部。


 たしかに壇上でのアピールは難しい部活だろう。

 歌といっしょで、読書家と威張れるほどではないが本をまったく読まないわけではない。候補として残してもいいと思う。

 紹介文のシンプルさも個人的にポイントが高かった。


『主な活動は文化祭に出品する文集制作

 普段は本を読み語らう部活です

 本を愛する方お待ちしています。  放課後に図書準備室まで』


 これを読む限り、年に一度の文集制作以外には目立った活動はしていないらしい。

 楽そうだと感じたのが大きな理由なのは否めない。

 となると問題は最後の一文だ。

 わたしは本を愛しているだろうか?


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