穏やかに、緩やかに。
サーバの音がする。熱気を吐きながら、机の上が熱くなる。
https://labsuicide-wishing.simdif.com/
研究所について
サイトができたらしい。検索して出てくるようなものを作っていいのか正直困惑している。
ドメイン切れですぐに無くなりそうな脆く弱く拙く儚く頼りない感じの完成度って感じ。
他の研究所がどうかは知らん。ここではインカムを使って話をする。で、インカム越しに相談者がまだ話している。さっきからうるさく、同じ話ばかり。もう覚えた。うんざりする。
自殺したいと口にしている。
周囲の声が聞こえると言っている。
誰かが自分の腕に傷をつけていると話す。
部屋には誰もいないのに。
正直なところ、自殺したいという意志確認ができているのでいつでもアドバイスはできる。
腕に傷を付け続ければ、いつか動脈を切って止まらない血が流れ続ける。そうなれば失血死で死ぬ。
パニックになるかどうかは……いや、確実にパニックになるだろうなぁこれ。
コイツがどこに住んでいて、どんな部屋に住んでいるのかも分からないので、パニックに気づいた近くの誰かがコイツのところに行ってしまったら。
みたいな可能性がある。
血が出てパニック。
パニックで近くの人間がやってくる。
駆けつけた人間を確実に敵とみなす。
コイツではない別の人間が死ぬ。つまり殺人事件となる。
自殺では終わらない。
それは良くない。
自殺は、自分で自分を殺すことなんだから、自分以外を殺したりしたらダメだ。
自分の中で完結させないといけないんだ。
だから。
コイツをとりあえず冷静にさせるしかない。
「腕の傷は増えましたか?」
「腕の傷は」
インカム越しに小さな声で数えているのが聞こえる。
「増えました」
「この電話はどうやって話していますか?」
腕の傷がどちらにあるにせよ、電話を持った状態でもう片方の腕は切れない。
一つだけ方法があるなら。
「スピーカーモードで話しています」
そういうことだ。
「傷は片方の腕だけについていますか?」
「左腕だけです。左上の、手のひらと同じ向きに傷がついています」
リストカットスレスレって感じ。
「右手には何か持っていますか?」
「右手には」
呼吸音だけしか聞こえなくなった。
「僕は、」
呼吸音。
「右手には……包丁があります」
「包丁に血はついていますか?」
「……ついてます」
「傷は勝手に増えてはいないと思います」
「……僕が増やしたんですね」
呆気ないくらい受け入れてきた。
「僕は自分で自分を切っていたんですね」
「そうですね。あなたの周りには、誰もいませんよね?」
「はい」
「では、あなたが全部やっています」
呼吸音。
続ける。
「自殺したいと言ってましたよね」
「言いました」
「まだ、そう思いますか?」
「思います。消えてなくなりたい」
「幸か不幸か、あなたの腕の傷は浅いみたいですね。それほど血も流れてはいないみたいです。電話の調子が悪いだけで、血の滴り落ちる音とかも聞こえませんし」
「ええ、確かにそうです。傷は浅いです。皮一枚切った程度の、そんな感じです」
「それでも痛いですもんね。思い切って、それより深く切ってみてはどうです?」
「深く、ですか」
「あなたが思うよりも多くの血が流れて溢れると思います。次第に意識も薄れていくでしょう。失血死で、あなたは死ぬことができます」
「……やってみます。ダメだったら、また電話してもいいですか?」
「ええもちろん。あと、もし切った後で気が変わったり、怖くなってしまった時は、救急車を呼んでくださいね。なるべく早く。切った後だと、それができる時間はすぐ無くなりますから」
「わかりました。さっきはごめんなさい、変なことばっかり言ってて、ずっと聞かせてしまってたんですよね」
「仕事なので気にしなくてもいいですよ」
「ありがとうございました」
「こちらこそ。良き死を」
穏便な自殺、か。
難しいもんだ。
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