緊急としての記録(追記可能性有)
【緊急連絡】20-07-02-20-07-02
当研究所にて、研究員による自殺が発生。管理者は至急対応のこと。
自殺による波及効果を考慮して、当研究所はこれより一週間閉鎖とする。
また、各研究員のストレスチェックならびにメンタルチェック、そして綿密な身体検査を推奨のこと。検査は義務ではないが受けるのが望ましい。
受診の際、結果を当研究所へ報告すること。
+ + +
明日、僕はいなくなる。
文章で一人称を「私」以外にするのはこの文章が最初で最後だ。
縦書きの場合は右記、横書きの場合は上記になるが、先の報告は五年前に当第二十九研究所にて発生した飛び降り自殺の緊急連絡だ。こんなことは滅多にない。自殺や自殺願望を扱うこの研究所だが、不思議なことに全く自殺者は出ていなかった。代わりに研究所を去った人間は高確率で自殺するらしい。あくまで噂ではあるが。
この報告も、研究所の一部の人間にしか通達されなかった。もちろん後追い自殺を防ぐためだ。ほとんどの研究員は雇われであって、根っからの研究者ではない。そのため急遽一週間の有給休暇が与えられることとなった。
代わりに残された僕達がすることになったのは、死んでしまった研究員の身辺調査、研究員そのものの身体調査である。主に頭。脳の部分。簡単に言えば、自殺のメカニズムを詳しく調べることだった。人はなぜ自殺に至るのか。生存本能に真っ向から逆らうこの行為は、生命そのものとしての欠陥か、或いは役割なのか。役割というのはつまり、自死を選び種の断絶を選択する役割である。
希死念慮観測所のように、出張してまで希死念慮の調査をするわけではない。人員がまず足りないので、こうして実際のサンプルを調査することはあまりない。
しかもその時はよりにもよって研究員だ。一般人ではない。
それも自殺とは程遠いはずの。
今じゃ研究員の自殺願望なんてのも珍しい話じゃないが、当時としては発足して間もなかったこともあってか、研究員そのものに対する理解も遅れていた。自殺願望について相談を受ける側の人間が自殺願望を持つ。当時はそれが「おかしい」「ありえない」こととして扱われていたのだ。
そもそも自殺願望自体が忌避すべきもの、持つべきでないものとして扱う向きが社会全体に蔓延していた。研究所も、また観測所も、この向きには立ち向かうべくして立ち向かってきたつもりである。
メカニズム。ここを去る今となっては笑えない言葉だ。
鬱病という代物が認知され、それに乗じて精神的病理についての理解も広がっている実感こそある。だがそれでも、その病理が自死を引き起こすという手順までは、あまり理解を得られていないのが現状だ。今後、それが解消されることを望む。
先の報告に関する研究員の自殺だが、このケースに限っては少し事情が変わっていた。遺書こそ書いていたが、世の中が厭になっただとか、生きているのが嫌になっただとか、そういったものではなかった。
その遺書は、それこそこの研究所の人間が記す手記に記述されているため、詳しくはそれを読んでもらいたいが、簡単に言えば、当人にとっての実験のようなものだった。遺書はそのレポートである。研究所の上層部も、このレポートを読んでいる。それほど目新しいものでもなかったらしいが、読んだ一部の人間はその後研究所を去っている。
もしかすると、私もその中に加えられているのかもしれないが……私の場合は事情が違うから対象ではない。
書いた当人の本当の考えは当人にしかわからないわけだから、今更あれをどう解釈しようが自由だ。その上で死にたくなるのであれば、研究所を去ってから好きにやればいい。
少なくとも研究所内では禁止だ。
自殺は伝播する。
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