自殺願望研究所について

氷喰数舞

自殺願望研究所について

 研究所は二つの部門に分かれているらしい。詳しくは知らない。

「自殺願望」とはいえ、「願望」と「志願」は区別されるべきであるという研究所全体の理念に由来しているからだ、と。確かに、「自らを殺す」ことを「願い、望む」ことと、「志し、願う」ことは似て非なる。

 我々研究員は、「研究員」という名を冠しつつも、その実ただのカウンセラーに過ぎない。電話が鳴って、我々は通話をする。通話の相手は、自殺について悩んでいる人間だ。彼らの自殺に関する悩みを聞いて、分析をする。

 だけどそれはただ名前のついた作業にしか過ぎなくて、変な話、お悩み相談窓口の役割をするってだけ。「死にたくなりました」って内容を、何十倍にも薄めたような長い話をひたすら聞く。助言はしない。口を出すこともしない。話を聞いて、それをひたすら文字に起こす。

 そして、相手の話が途切れたと判断したときに書き起こした文章を読んで、相手の話を繰り返すみたいに確かめていく。その作業は、相手が何を話したかを、相手自身に認識させる役割もある。

 時折だけど、話した内容も、あまつさえ死にたいという感情を持って電話したことすら忘れて、自分は先程まで何を話していたのだったかと訊いてくることさえある。「どうして電話をしているのでしょう?」「どうしてあなたとこうして話をしているのですか?」など。

 大抵は混乱状態にあるから記憶の整理も覚束ないってだけだったりする。

 だからこう伝えてあげる。「あなたは死にたい、と思って私達のもとへ電話をしてきたのですよ」と。丁寧に、誤魔化さずに伝えてあげる。反応はまちまち。そうだったかと、とぼけているのか本当に覚えていないのかわからないような反応もあるし、そうだったと思い出し、死にたい、あるいは死にたくないと再び意思表示をしてきたりする。それが大部分だ。

 本当に混乱していて、我々の説明すらも頭に入らないくらいの混乱っぷりを電話口で見せた挙げ句、そのまま音信不通になることも時々ある。その時は……その時だ。

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