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「……あなたは一体……、もとはどこで何をしていた!? 男娼か!?」

 意表を突かれた動揺から、失礼極まりない暴言を吐いたアミスターゼに、ヴェルヴィオイは妖美な表情を消して、邪気の無い笑顔を作って見せた。


「嫌だなあ、俺はただの十五歳の子供だよ。そんなわけあるはずないじゃないか」

「十五の子供が、あんな――」


 ゾライユ宮廷の風紀は、お世辞にも品行方正とは言い難い。おまけに歓楽都市と冠される、タンディアの出身である。決して少なくはない場数を踏んできたアミスターゼであったが、いや逆に、なまじ豊富な経験が災いしてか……、触りだけでも妙技と知れる、先ほどの接吻を思い返してくらりとした。


「……ねえ」

「何です?」

「あんたの用は、これで終わりなの?」

「いいえ。今夜のところは、あなたが宮女を寝台に引っ張り込まないように、宿直とのいしながら見張っているよう言い付かっています」


 折檻と称して、唇を塞ぎに来ただけであればただの変質者である。冷静さを取り戻そうとするかのように、眉間を押さえながら軽く頭を振って、アミスターゼはヴェルヴィオイの質問にそう答えた。


「ふうん、つまんない仕事だね」

「やかましいっ、さっさと寝なさい!」

「そんな怒んないでよ。本当のこと言っただけじゃないか」


 気を尖らせているアミスターゼの剣幕から逃げ出すようにして、ヴェルヴィオイは抜け殻のようにガウンを残し椅子から飛び退いた。

 薄絹の帳を撥ね上げ寝台に駆け込んで、そのまま大人しく横になるのかと思いきや、ヴェルヴィオイは帳の層の向こうから、懲りることなくアミスターゼを呼びつける。


「……ねえ」

「今度は何です?」

「ちょっと来てよ、いいこと教えてあげるから」

「……」


 嫌な予感を抱きつつも、アミスターゼは不承不承、ヴェルヴィオイの寝台に近づいた。

 ヴェルヴィオイは帳の隙間から片手を出して、さらに指先でアミスターゼを招く。

 アミスターゼがどうしようもなくなって帳を分け、寝台の端に腰掛けると、ヴェルヴィオイはにっこりと笑ってその首を抱き、じっくりと時間をかけてねっとりと口付けた。



「……わかった? 接吻っていうのはこうやってするんだよ。あんた素質がありそうだから、特別に教えてあげる」

「近頃の『ただの子供』は、とんだおいたをするようになったものですね……。誰と慣らした手管です? これでは宮女たちが、揃いも揃ってたらし込まれてしまうわけだ」

「たらし込むだなんて人聞きが悪いなあ。知らない場所で心細かったから、ちょっと慰めてもらっていただけだよ」


 絡めていた指先で、アミスターゼの首筋をからかうようになぞってから、ヴェルヴィオイはするりと身を放した。


「ものは言いようですね。そうやって宮女たちや私で遊ばれて、少しは鬱憤が晴れましたか?」

「どうしてそんな風に思うのかなあ?」

 アミスターゼの問いは的を射ていたが、ヴェルヴィオイはそらとぼけてみせた。


「あなたはご自身の処遇に、ご不満をお持ちとお見受けしています。憂さ晴らしをなさるには、手っ取り早い方法でしょうから」

「性格悪いね。あんたは自分の憂さ晴らしの為に、他人を利用するんだ?」

「私のことはどうでもよろしい。そのお言葉は、そっくりそのままあなたにお返し差し上げましょう」


 堅苦しくも遠慮の無いアミスターゼの物言いに、ヴェルヴィオイは思わず噴き出してしまった。


「まあいいじゃないか、損はさせてないつもりだよ。ねえ――、愉しんでもらえた?」

「……存分に」

 少し迷いながらも、アミスターゼは正直に答えた。二度目は突き放すこともなく、しっかりと堪能させてもらっていたのだから、見え透いた嘘をついても仕方がない。


「そう。あんたもなかなか上手だったよ」

「……それはどうも」

 いささか複雑な思いを抱えながらも、一応は礼を述べるアミスターゼに、ヴェルヴィオイはさらなる追い討ちをかけてくる。


「それからね」

「まだ何か?」

「俺は一人じゃ眠れないんだ。夜番の宮女を呼んじゃいけないんなら、今日はあんたが一緒に寝てよ」

「男の私に、添い寝をしろと――?」


 ヴェルヴィオイは立ち直る隙を与えてくれない。『ただの子供』と言い張る彼の、けしからぬ言動は想定外の連続で、アミスターゼは調子を狂わされっぱなしだ。


「うん、いけない? 柔らかいしいい匂いがするから、女の方が断然いいんだけどさ、あんたのオシゴト邪魔するわけにはいかないんだろ?」

「それは殊勝なお心がけですが――」

 自分を困らせて楽しんでいる様子の、ヴェルヴィオイの意地の悪い気遣いに、アミスターゼは頭痛を覚えた。


「念の為にお伺い致しますが、まさか伽をお命じですか……?」

「何言ってるのさ! やましい大人はこれだから嫌だなあ」

「あなたがやましい子供だからです」


「酷い言い種だなあ。こーんな馬鹿みたいにでっかい寝台、なかなか温もらなくって寝つきが悪いから、隣で寝かし付けて欲しいって頼んでるだけなのにさ」

 可愛らしく拗ねるようにして、ヴェルヴィオイは膝を抱えて訴えた。


「つまりあなたは、人肌の抱き枕をご所望ですか?」

「なんだかいやらしい言い方だよねえ。その通りなんだけど」

 抱えた膝に片頬を付けて、あながち嘘とは思えないような眼差しで、ヴェルヴィオイはアミスターゼを見上げた。


「誰か一緒に寝てくれないと、本当に眠れないんだよ。もしも俺が不眠症になったりしたら、あんただって迷惑でしょ?」

「……ヴェルヴィオイ様……」

 この少年は、果たして今までどのような暮らしをしてきたのか? 余計な詮索は自分の役ではないが、知っておく必要をアミスターゼは切に感じていた。


「ヴィーでいいよ。あんたこれからしょっちゅう一緒に過ごすことになるんでしょ? 『様』だってつけなくていいよ。俺はただのおもちゃなんだからさ」

 自分自身を嘲るように、ヴェルヴィオイは冷ややかに言い捨てた。


「ご自分をおもちゃと言われますか?」

「そうだよ。誰がどう見たって、どう言い繕ったってさ、俺はおかしな見てくれをした紛い物のおもちゃでしょ。俺で遊びたがる大人は大勢いるけどね、皇帝のそっくりさんだからって、皇后の養子にされちゃうなんてさあ、最低最悪の笑い話だと思わない?」


「ヴェルヴィオイ様!」

「ヴィーだってば。今度そんな呼び方をしたら伽を言いつけるよ!」

 不敬を咎めようとしたアミスターゼに、ヴェルヴィオイはむちゃくちゃな脅迫を突きつけた。


「……なんて脅し方をなさるんです」

「困ってくれなきゃ脅しにならないじゃないか」

 全くもってヴェルヴィオイの言う通りではある。ほとほと困り果てたアミスターゼは仕方なく呼んだ。


「……ヴィー……」

「そうそう」

 諦めた様子のアミスターゼに、ヴェルヴィオイは満足気に頷いた。


「……承知致しました、ヴィー。ご要望に沿って差し上げますが、人前ではどうかご容赦下さい。皇后陛下のご養子君を、愛称で呼び捨てたとあれば私の首が飛びます」

「そんなことってあるんだ?」


「ここはそういうところです。あなたの今までの常識と、大きくかけ離れた場所でしょうから心しておかれるとよろしい。特に、私の失策をあげつらおうと手ぐすね引いて待っておられる、ゼラルデ殿にはお聞かせできません」


「ああ、あの、陰気でこうるさい婆さんなら、いかにもやりそうだね」

 その一言が災いのもとだと言いたげに、アミスターゼは咳払いをする。

 ヴェルヴィオイは悪びれずくすりと笑って、改めてアミスターゼを見つめた。


「仕方ないね、あんたのことは、まあまあ気に入ったから我慢してあげるよ。あんたの首をちょんと飛ばして、見た目も味もずっと落ちる堅物に、張り付かれるようになるのも嫌だしさ。ええっと……、あんた何ていったっけ?」


「アミスターゼです。アミス、もしくはアスター、ご面倒ならアスでも結構。好きなようにお呼びになられるとよろしい」


「そう。じゃあ、アスター」

「はい」

「そんな肩の凝る服、さっさと脱いで早くおいでよ。あんまり待たせるんだったら、ついでに子守唄を歌ってもらうからね」


 勝手なことを言いながら、ヴェルヴィオイは寝具にもぐりこんでゆく。アミスターゼは溜め息を零して、覚悟を決めたように剣帯に手を掛けた。

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