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その日を境にして、ルドヴィニアは再びエクスカリュウトとの床入りを拒むようになった。
失恋の痛手と恥辱、夫に対する嫌悪と恐怖で、ルドヴィニアの心身は打ちのめされていたのである。
エクスカリュウトは閨の内のことで詫びはしないとしながらも、「ルドヴィニアの意思を尊重」し、ルドヴィニア自身が望むまで、皇妃を寝所に渡らせないことを約束した。種馬の役から逃れ、一日でも長く命を繋ぐために、ルドヴィニアの恐れと意地を徹底的に利用することにしたのである。
遠くロジェンターの王都オークラートからは、ルドヴィニアの懐妊を催促する手紙が届けられていたが、あの夜のエクスカリュウトの狼藉が、ルドヴィニアに残した爪痕は、肉体的にも心理的にも深いものであり……。さしものゼラルデも、大切な主人を焚き付けることには二の足を踏んだ。そしてその上に、夫の不貞がルドヴィニアを著しく苦しめることが判明したので、クリスティナに代えてまた別の宮女を、皇帝の寝所に送り込むこともできなかった。
惨いことをされたと思いながらも、ルドヴィニアの胸中に、エクスカリュウトに対する恋心はまだ燻っていた。
エクスカリュウトを何度も何度も許そうとして、けれど、あの夜の行為を思い出すとたまらなく足が竦んだ。ずっと自分を裏切り嘲笑い続けていた、夫と宮女の不貞を考えると吐き気がした。
後宮の最奥に閉じ籠って、ルドヴィニアは必死に平穏を取り戻そうとしていた。
あんな野蛮な夫を、何故好きになってしまったのか?
*****
夫婦の亀裂を深めながら月日は流れた。
ゾライユ皇宮の後宮は広く、さらに、貴人の『奥方』はその呼び名の通り、家の奥にあるものという考えが根強いゾライユには、皇妃が果たさねばならないような公務など無きに等しい。日常の場を分けて、意図して互いを避け続けていれば、ゾライユの皇帝夫妻は、ほとんど顔を合わすことなく暮らしてゆくことができた。
ルドヴィニアを後宮で打ち塞がせたまま、エクスカリュウトは投げやりな傀儡を装いつつ、現状を打破する方策を探っていた。
ロジェンター王ウォストラル三世が自分を生かし、ゾライユにおいて、間接統治を行わねばならなかった理由を突き詰めて考えれば、その答えは自ずと見えてきた。
やがてエクスカリュウトは、ルドヴィニアとの不仲を解消せぬまま、ロジェンターによる謀殺の機会を免れて、男子の成年である十八を迎える。
そうしてそれを待っていたかのように、ゾライユ各地の土侯が、ロジェンターの占領軍に向け一斉に蜂起した。
*****
ゾライユの君主が王でなく皇帝を名乗るのは、ゾライユという国家が、その創成期から、大小幾つもの国や部族の集合体であるからである。
ゾライユの歴代皇帝は、
土侯国から皇帝のもとへは、その規模や特性に合わせた、人、物、金、が流れていたが、それさえ満足にもたらされていれば、皇帝は土侯国の内政にも文化にも不干渉であった。
ゆえに、皇帝に従属しつつも、民族の誇りを失うことなく、独歩の道を歩んできた土侯国の者たちにとって、自分たちを
長期に渡る駐留で、ロジェンターの占領軍は綱紀も意気も緩み切っていた。徴兵された兵卒の間では、兵役が延び延びになりゆく中で、懐郷病も蔓延していた。
初動で大きく後れを取ったロジェンターの占領軍は、将兵を多数失うことによってさらに士気を低めた。あちこちの戦場で、占領軍は防戦一方にならざるを得ず、他方では、土侯国の奮起につられて、皇帝領の民衆も次々に暴徒化し、乱は次第に収拾のつけられない規模に膨れ上がってゆく――。
そんな状況下の帝国内で、最もロジェンターによる支配が行き渡り、彼らの望むだけの秩序が保たれていたのは、皮肉にも帝都アスハルフであり、皇宮内であるという有様であった。
ウォストラル三世から信任を受け、帝国政府の黒幕として、ゾライユにおける戦後処理を取り行っていた占領軍最高司令官アズワルドは、苦慮の果て、この乱の鎮圧に、若き皇帝エクスカリュウトを駆り出すことを決断する。
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