第三章「発端」

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 ヴェルヴィオイの身支度が整い、皇后ルドヴィニアとの対面を果たす為に、これより彼女の私室へ向かうとの先触れがあった。

 忠義な乳母がどこからか捜し出して来たヴェルヴィオイという少年が、かつて自分に仕えていたクリスティナという宮女の息子であることを、ルドヴィニアは既に聞き及んでいる。


 自分の養子とする子供に、ゼラルデが何故、名家の子弟ではなく、クリスティナの息子を選んだのかルドヴィニアにはわからない。

 否、わからないというのは正確ではない。思いついた現実から目を逸らしていたいが為に、わかろうとしていないだけなのだ。


 貴族とは名ばかりの、落ちぶれた家系の出であったクリスティナが、ルドヴィニア付きの宮女に選ばれたのは、ルドヴィニアの輿入れに際してのことだ。

 クリスティナがルドヴィニアに仕えていたのは僅か半年余り。顔も名も、そんな宮女がいたという記憶すらも、とうに忘れてしまっていてもおかしくはないところだが、少女の目にも眩く映ったクリスティナの美貌を、ルドヴィニアは胸を蝕むような苦々しさと共に、今でも鮮明に思い出すことができる。



*****



 ゾライユ皇后ルドヴィニアの出身国は、白の大陸北西部の強国ロジェンターである。

 ロジェンター国王ウォストラル三世の、第六王女ルドヴィニアが、ゾライユ皇帝エクスカリュウトに嫁いだのは、彼女が僅か十二歳の時の出来事だ。


 エクスカリュウトとルドヴィニアの婚礼は、うら若い皇帝の戴冠式を兼ねた華々しいものであったが、ロジェンターから参列した一行が、我が物顔で式典を取り仕切り、空々しいほどの慶賀の念を示す一方で、ゾライユ臣民の表情は押し並べて沈痛かつ陰鬱であった。


 それというのも、当時若干十六歳であったエクスカリュウトの戴冠も、そして彼とルドヴィニアとの婚姻も、戦争に敗れたゾライユに対し、ロジェンターが高圧的に押し付けてきたものであったからである。



 エクスカリュウトの父、ゾライユ帝国の七代皇帝ケイラジウロは傑出した野心家で、近隣の小国、部族を次々と平らげ、極寒の蛮勇と蔑まれていたゾライユを、一代にして強兵で鳴らす軍事帝国に押し上げた。

 白の大陸北東部におけるゾライユの台頭を、北西の宗主国ロジェンターは許さず、版図を広げた帝国と国境の一部が接したのを機に、二国の間で北の覇権を賭けた戦争が勃発した。


 北方諸国を巻き込み二分しての大規模な戦は、ゾライユ皇帝ケイラジウロの死をもって終結した。

 親類縁者がことごとく刑場に引き出され処刑される中、ただ一人残された妾腹の皇子エクスカリュウトは、ウォストラル三世の前に跪いて、憎い敵国の王の手から、屈辱と共に帝冠を戴いた。


 この世の栄華を驕るロジェンターの瀟洒な王宮で、戦火を浴びることも無く、深窓の王女として育てられたルドヴィニアにしてみれば、ロジェンターに楯突き敗れたゾライユなど、愚かで野蛮な異教徒の国に過ぎない。

 幼いルドヴィニアは、粗野な田舎者に嫁がされた我が身の不幸を嘆いて、花婿エクスカリュウトとの床入りを断固として拒んだ。

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