043『目覚め再び:答え合わせ』


 あ、知らない天井だ……。多分ここは普通の病院だ。二回目言うのはちょっと寂しい……。

 良く見るパイプベッドにナースコールのボタンも見える。窓の外に見えるのはどうやら横浜の街並みの様だ。


 手をついて体を起こしてみる。

 向こうの方に海らしきものも見えるので、どうやらここは横浜市立みなと赤十字病院だろう……。以前に知り合いの見舞いに来たことがある。


「お!……よお、起きたのか浅見」

 突然ノックもせずにドアが開かれ、軽薄そうな茶髪の男が部屋に押し入ってきた。

 元同僚で同期の植木正成うえきまさしげである。一応、互いに仕事のフォローをし合い、一緒に飲みに行く程度の仲の間柄である。


「何しに来た、植木」

「何しにとはご挨拶だな、見舞いだよ」手に持っていた紙袋を掲げる植木。

「ふん、ところで、小泉の奴はどうしてるよ」私はワザと声に怒気を含ませた。

「ああ、今日も現場に出っ張ってるよ。久しぶりに表に出せる案件だから張り切ってるんだよ。何をそんなに怒ってる?」

「あの女、怪我人の私にスタンガンを使いやがった……」

 そう、あいつは右手を差し出しながら左手にバトン状のスタンガンを隠し持っていたのだ! そいつで私は気絶させられた。卑怯者め!


「プッ……ハハハハ! そりゃお前がいきなり殴りかかったからだろ」植木がこれ見よがしに腹を抱えて笑い出す。

「ふん」

「いや、最初から言ってたんだよ、お前が目覚めたら必ず一悶着あるって、だから、警戒されてたんだよ……それにしても、スタンガン、プッ……ハハハハ! 俺もお前に殴られないように今度購入しとくよ、ハハハハ」

「けっ! 言ってろ。 そうだ、あの後二人はどうなった?」

「二人? ああ、鈴木セイラとマヒトちゃんか……」

 ――マヒトちゃん? 既に情報統制が始まっている様子だ……。でなければこいつはあの歳の女性にちゃん付けはしない。


 どうやら、私はあの後二日程眠っていたらしい――。

 その間に緊急手術が行われ、内臓の破裂とあばら骨の骨折の治療を受けた様である。


 そして、セイラは彼女の勤める中央最先端医療研究所と繋がりの深い、国立国際医療研究センターへと運ばれもうすでにリハビリに入っているとの事だった。さらに、あのシグナスに繋がっていた残り三人の研究員の内すでに二人は息を引き取り、セイラの助手の米沢氏は目覚める気配はないそうである。


 問題はマヒトの事である。

 彼女は保護直後、突然現れた宮内庁職員に引き渡され、黒塗りのリムジンに乗せられ、いずこともなく連れ去られてしまったそうである。


「どう言う事だよ!」私は語気を荒げた。

「どうもこうも無いよ、小泉室長の計らいで、あの子は宮内庁に引き渡された。もう、うちでは手が出せない」

「ち……」――あの女どこまで事情を知ってやがるんだ! だったらもっと早くに助けき来てくれても良かっただろうに! まあ、結果マヒトは収まるところに収まったと言う事だろう――皇族ともつながりが深いと言っていたしな、まあ大丈夫だろう。


「それで、地下五階にいた……」

「あ! それな!」植木が言葉を遮る様に声を発する。「……アレ、市ヶ谷別館に入ったから、もう内緒な!」

「なっ!」


 市ヶ谷別館――防衛省市ヶ谷駐屯地の地下には第二次世界大戦中に大本営として使われた地下施設がある。現在はその一角に巨大な極秘の地下倉庫が設置されている。その別称は 〝封印倉庫〟。日本政府が表に出さないと決定した数々の遺物がそこには眠っている。あそこへ入ったと言う事は、もう二度と表舞台へアレが出て来ることは無いと言う事だ。

 ――この様子だと植木は、私の目覚める時間を知っていて、真っ先にその事を口止めしに来たと言う事だろう……。


「だからもう誰にもしゃべるなよ」

「わかってるよ……」――ああ、良く判っている。私自身も市ヶ谷別館にはこれまでも何度かお世話になったことがあるのだから……。



 その後、事件のあらましを、部外者である私が聞ける範囲で植木に教えて貰った。


 先ずは石堂静樹――。勿論、その場で逮捕された。現在は神奈川県警から東京拘置所に移送され治療と同時に取り調べを受けているが、事件については黙秘を貫いているそうである。


 次に眼鏡の学者。名前は財李燈実ざいりとおみ。例の晴海埠頭冷蔵倉庫事件の嫌疑の掛かっている会社の新薬研究会社サウザンドメディスンの研究員で同時に同社の役員でもある。彼は見事に姿をくらまし、現在も逃亡中。国内に潜伏中と思われる。


 八島技研については、サウザンドメディスンの関係者と目される政治家によって圧力が掛けられていたそうで、こちらは立場的に被害者を主張している様だ。実際にその主張が通るかどうかは微妙な所らしい。


 そして、現在捜査の主軸はこのサウザンドメディスンに絞られてきている。既にいくつもの人体実験の証拠が挙がっていて、団体規制法の適用も視野に入れて捜査が進められている。さらに、この会社からの荷物の受け渡しのあった中国の企業や、出資元のアメリカの投資家たちにまで捜査の手が及んでいる。

 ――何とも大きな話になってしまったものだ……。これは小泉に再度会うのも随分と先になりそうだ。


 問題はそのサウザンドメディスンがアマヌシャを使って何をしようと目論んでいたかなのだが――。

 私はてっきりアレを使って不死の兵士でも作るつもりと考えていたが、違っていたようである。


 サウザンドメディスンはウイルスから抽出した生物毒で新型の毒ガス兵器を作ろうとしていた様だ。

 そして兵器であるからにはどうしても最終的に臨床実験が必要となって来る。勿論その実験の結果出来てしまうのが死体である。それを処分する方法として、船で貨物を輸送すると見せかけての海洋投棄。それが発覚したのが晴海埠頭冷蔵倉庫事件なのである。


 だがその時、偶々現れたのがマヒト様だった……。

 彼等はマヒト様からアマヌシャを作れることを知っていた。そしてアマヌシャはその実験に使用したとしても、毒が分解又は排出されれば不死者であるので復活する。死体も出なければ次の実験体の用意も必要ない。

 そう、彼等は何度でも再利用可能な人体としてアマヌシャを実験体にしようとしていたのだ。何とも合理的な考え方である。もしかすると、西の沢村で実験をしていた第百部隊も同じことをしていたのかもしれない。


 ――通りで、マヒトに眠ってもらったままの方が都合が良い訳だ……。下手に起こしてアマヌシャを暴れさせられたら大変である。あれはマヒトの命令以外は聞かないのだ。


 例の七三一部隊との関連も次第に判りつつある。戦後GHQに協力しアメリカに渡った隊員の一人が、このサウザンドメディスンの設立に係わっていた。さらに捜査が進めばもっと詳しい関係性が浮き彫りになると予想されている。


 ――本当に大きな話になってしまった……。しかし、私の心配はそこではない! その事件がきっかけで小泉に昇進でもされた日には、きっと夜も眠らないくらい悔しい思いをするだろう! 何とかうまく足を引っ張ってやる方法は無いだろうか……。私はあいつを絶対に許さない!



 だが、その時、私のそんな思いを払拭する発言を植木はした。


「あ! そうそう、浅見。今回の事件でウチからも報奨金が出るからな」

「なっ……に!」私は思わず目を見開いた。

「ほら、情報提供料として、それに、八島技研も慰謝料を支払う用意があるそうだ」

「!」


 ――何ぃぃぃぃ!! ああ、私は忘れていた……私は割のいい仕事を探しているんだった……。


 公安調査庁・調査第一部・特殊事案調査室。そこを退職したせいで現在の私は無職なのである。

 ちなみに、この部署の俗称は身内から 〝オカルト調査室〟 と呼ばれている……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る