041『死闘:白い影』


 ――手を合わせてみればすぐに判る。この石堂と言う男はいる……。


 普通人間と言う物は、殴るにしても蹴るにしても、心のどこかで戸惑いや躊躇と言うのが生まれる物だ。こいつにはそれが無い。その戸惑いや躊躇を振りほどくために怒って見せたり殺気を込めるのだが、こいつはごく自然に人を殺す威力の拳を振るっている。無表情に、まるで作業の様に……。そしてあまりにそれが手慣れている……すでに何人もの命に手を掛けた様にだ。人間がこんな風になる場所は限られている……戦場だ。こいつはあまり軍人ぽさは無いので気が付かなかったが、恐らく元は傭兵か何かだろう……。


 私は大きく息を吸い込み覚悟を決めた。殺るか殺られるか、今はその覚悟が試される!


 両腕でガードを固め懐に飛び込む。同時に石堂は右足で中段蹴りを放ってきた。

 私は左足で床を蹴り半身になってその射線を躱し、右の拳を突き出した。

 最速で放たれる右ストレート。石堂は左手でそれを難なく弾き飛ばし、返しに右の拳を振るってくる。

 唸りを上げて迫る右フック。私は前に屈みダッキングでそれを避ける。そして、すぐさま後ろに跳んだ。

 同時に石堂の中段横蹴りが唸りを上げて眼前を通り過ぎた。


 ――危なかった……。

 だが、このままでは絶対に勝てない……いや、いずれ掴まり負けてしまうだろう。だから……。


 私は足元に落ちていた先程セイラのベッドから外した太いケーブルを床から蹴り上げた。

 ――卑怯な手でも使ってやる!

 それを左手で素早くキャッチし石堂へと叩き付ける。鞭のようにしなり金属製のケーブルコネクターが石堂の顔面に襲い掛かる!


 石堂は驚いた風に一瞬目を見開いたが、すぐに一歩前へ出て左手でコネクターを叩き落とした。だが、残念!

 同時にそのがら空きの顔面に私の放った上段回し蹴りが炸裂する!

「ガッ!!」たまらずうめき声を上げる石堂。しかし……。


 ――まるで、丸太を蹴った様な錯覚がした……。

 蹴り飛ばすほどの威力で放った渾身の蹴りが弾き返された。

 ――嘘だろ……。


 体勢を崩しよろよろと後退る私のボディーに石堂の右の拳が突き刺さる!

「ごばはっ!!」

 腹筋に力を入れてガードしたつもりが、その衝撃で内臓をかき回された!


 吐瀉。

 思わず下を向き、先程飲んだ水を吐き出す。

 ――冗談だろ……防御力も攻撃力も桁が違い過ぎる……。


 さらに、迫り来る石堂に向けて下からケーブルを振り上げた!

 石堂はそれを右足で難なく捌き、そして、左の打ち下ろし!


 避けきれないと悟った私は、拳の振りに合わせて頭を捩じる。

 ――グッハ!! 威力を半減してもこの破壊力か!


 一瞬目の前がホワイトアウトした。切れた口の中に血が溢れ出る。振られた頭に手足がぐらつく。

 いつの間にか左手に握っていたはずのケーブルが無くなっていた。


 ――まずいな、まずい……これは……。


 さらに追加で鋭い蹴りを腹に入れられた。咄嗟に両腕でガードをしたが、盛大に後ろに転がってしまった。

 無表情の石堂が近づいて来る……。私は揺れる視界でよろよろと立ち上がる。

 石堂がゆっくり右の拳を振りかぶる。ボディーブローが来る! それに、私は捨て身の右のストレートを合わせる。


 〝カウンター!〟


 完璧なタイミングで合わせた私の右は、石堂の顔面に突き刺さる!

 同時に放たれた石堂のボディーブローが私の腹にめり込んだ。

 ゴポッ!! っと嫌な音を立てて腹にめり込む拳。その音が全身に轟き渡る。


 ――ちきしょう! アバラの下の方が何本か折られた!

 一方の私の拳は大したダメージを負わせられなかった。完璧なタイミングだったのに完全に力不足だ。

 ――駄目だ、こっちはダメージで足がふらつく……。折れたアバラが痛んでまともに呼吸が出来ない……。胃の方から熱い何かが込み上げて来る……。

 力無くよろよろと後退る。


 そこへ石堂の右の拳が迫り来る。

 私は前に屈んで額で受けた。


 ――視界に光が見えた……。やばい! 一瞬、意識が飛んだ……。


 石堂はああ言ったが、今の私に出来る事は時間を稼ぐことぐらいだ。時間を稼げば助けが来ると信じている。マヒトだって逃げる隙が出来る……。だから、最期の一瞬まで……。


 私はふらつく足を両手で押さえ声を発した。

「……なあ、……俺がここに居るって事は……もう……あんたらの事がバレってるって事だぜ……」

 疑心暗鬼。それを解消するためには、私をこのまま尋問しなくてはいけないはずだ……。


 しかし……。

 次の瞬間、何かの衝撃を受けて、私の意識は飛んでしまった。



 冷たい床の感覚が頬に伝わる。

 すでに全身に力が入らない。

 目を開け見上げる。


 ゆっくりと隙の無い動作で、こちらに近づく石堂の姿。


 ああ、こいつは自分の行動以外の思考を捨てる事の出来る根っからの兵士なのだ。失敗した……。会話でこいつを止めることは出来ない……。

 ……マヒトはうまく逃げることが出来ただろうか?

 ……セイラはまだ無事なのだろうか?

 ……救助はまだ来ないのか?

 ……。

 思いが、思考が……。もう……。



 その時、白い影が私の視界を遮った。――え? マ、マヒト?

 何故、彼女がここに?「に、逃げろマヒ……」声が出ない。


 陽炎の様にゆらゆらと石堂に歩み寄るマヒトの姿。

 石堂は蠅でも払うかの様に右手をマヒトに向けてブンと振った。

「や、やめろ……」私は掠れた声を上げた。


 そして、悲鳴が上がる――。

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