020『解答:願い』


 それが、故意に引き起こされたダムの決壊であるとわかったのは後日の事である。


 マヒトは訳も分からぬまま、すぐに散りゆく魂をその身に集め、一呼吸の間に夢違えの呪言を使い、自からの内にこの社を作り上げた。それから長い年月を掛け村人たちと共にこの村を再建したのだった。このまほろばの世界で……。


 不死の能力は生まれつきの彼女の体質であるらしい。さらに、面積約五里四方、二十四時間のループは彼女の能力の限界だそうである。


 そして、この世界の中で暫くの時が立ちようやく事情が分かり始める……。

 日中戦争の戦火で死亡した兵士の魂を次々とマヒトがここへと引きずり込んだのだ。

 彼らは、アマヌシャを唯一操る事の出来るマヒトを恐れ、そして、他の部隊に利用されるのを阻止したいがために暴挙に及んだ、と……。いや、当初からそのつもりであったのは明白だ。ダムの内部には最初から人知れず爆薬が設置されていたのだから……。


「と言う事は、ここに居る人間たちはあんたを除いて全てすでに死んでいると言う事だな」

「肉体の滅びを死と捉えるならばそう言う事じゃ。じゃが、七月十日……最後の一日とは言え彼らはここに確かに生きておるのじゃ」

「……」――成る程、どうやら不死である彼女と私達とでは死と言う物の概念その物が違うらしい……。だからセイラの助手の米沢氏が銃を取り出した時にそれを守る為攻撃を加えたのか……。「なあ、だったら、そもそもあのアマヌシャと言うのは何なんだ」

「元々、あれは人の心を忘れた者の成れの果て……妾の血肉を喰らい魂を失った不死人の姿じゃ。寄る辺を失った肉塊を、妾がここで鎮めておるのじゃ……」


 ――人魚の肉は不死の妙薬。だがそれを願う者は肉体の不死と引き換えに魂を失う……。何とも皮肉の聞いた話である。しかし、どうやらあれはこの昭和十年までこの世界に実在していたようだ……。死生観の違いがでるのはこの為だろう……普通、寄る辺を失うのは魂の方だ。

 そして、このまほろばに居るアマヌシャはそれを元としたマヒトの死のイメージと言う事だそうである。


「だけど、それが判ってるなら最初から軍に手を貸さなければ良かっただろうに……」

「もしかすると、あれを元に戻す方法が見つかるやもしれぬ……。いや、それが出来なくともあれを静かに眠りに就かせることが出来ると、聞かされてな……、妾もつい同意してしもうたのじゃ……愚かであった……」


 私も思わず一緒にため息をついてしまった。その後の第百部隊の行動を知っている身としては、それが嘘だと容易くわかる。その後の彼等は部隊を拡充させて七三一部隊となり、人間をマルタと称して人体実験を繰り返したのだ。

 どうやら質の悪い相手に騙されてしまった様だ。その結果がこれだ。

 これではこの村の人達も浮かばれない……いや、ここに魂があるのだからそもそも成仏はしていないのか……。

 だが、それだとなおさらに言いたいことがある……。


「酒蔵の桧垣さんや、温泉の和泉田さんを何故ここへ呼ばないんだ。彼等も巻き込まれた人間なんだろ」

「呼んでおるとも、幾度もな。しかし、桧垣殿は軍に加担した責任を感じて、頑として受けてはくれぬ。そして、和泉田殿はこの村での唯一の生き残りとして、こちらには来てもらえなんだのじゃ」

「何? 生き残り? どう言う事だ」――先程聞き流した唯一の生き残りとは、十吾さんの事なのか。

「和泉田殿は七月十一日を生き残り、別の場所でお花殿と再婚してから、ここへとまたやって来たのじゃ。この席を設けたのは和泉田殿の元妻のさくら殿なのじゃぞ」

「……」確かに、西沢温泉はここより少し高い場所にある。それが功を奏したのだろう。――くそ、あの親父。もしかすると最初から全て分かっていたのかもしれない……。少なくともここがどんなところなのかは知っていたと言う事だ。騙された! ち、まあ、今は良いか……。


「まあ、良い、本題に入ろう……。なあ、私をここへ呼んだのはお前の仕業なのか」マヒトは色々な能力を持っているみたいだ、だからこれはこいつが私をここへと呼んだとみて間違いないだろう。

「うむ、その通りじゃ」

「何故だ」

「そなたにどうしても頼みたいことがあったのじゃ」

「頼みたい事?」

「どうやら妾もそろそろ目覚めねばならぬ時が近い、なのでそなたに村の人間の説得をお願いしたいのじゃ」


 怒りに任せて言い放つ。「そんな事、あんたが自分ですれば良いじゃないか!」

「妾には出来ぬのじゃ……妾はここの主。しかも村人たちからは崇拝されて居る。妾が言えばそれは命令なってしまう。それが妾には出来ぬのじゃ。どのように言葉を変えようとも、妾が目覚めればここは幻のように消えてしまう……共に育んだこの場所を……じゃからお願いじゃ」そう言ってマヒトは床に深々と伏した。「……浅見殿」

「くっ……」


 私はすでに心に決めていた。まず最初にこの八島技研の仕事を私に紹介した人物……元上司の小泉……。そして、もし仮にここへ引き込んだのがその人物であったなら、と考えていたマヒト様。この二人に出会ったならば、容赦なく『ぶん殴ろう!』と……しかし、事情を聴いてしまった今となってはむしろ同情心の方が優先されている……。


「なあ、私はちゃんと生きてるんだろうな」

「うむ、それは間違いない。ただ……」

「ただ、なんだ?」

「妾も、深く眠りに就いて居る故よくわからぬが、外の様子が何やら可笑しい……」

「どう言う事だ」

「妾の知らぬところで、どうやらアマヌシャが増えておる様じゃ」

「……」


 その時、私は先程岩棚から見たあの光景を思い出していた。


 ――そう言えば、あの服は病院服だった……。

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