Cp.02 遠雷

 あれから5年。私は、綿の抜けた布団を土の上に敷き、鉱山の暗い洞窟の中で寝泊まりしながら宝石類を掘り続けている。

 天然の洞窟で、何の調査も整備もしていない場所を素人が手作業で掘り進めるには限度がある。採掘作業を始めてから数ヶ月は、貴金属はおろか、宝石の原石すら出なかった。ろくな成果も出せないまま時間が過ぎれば過ぎるほど、雇用主の私への待遇はひどいものになっていった。食事は腐った野菜にカビたパンが出されるようになり、食事が抜かれることもしばしばで、彼らの機嫌が悪い時にはムチで打たれることすらあった。

 そもそも、知識も技術もない小娘一人に採掘作業をさせるということ自体に無理がある。時間をかけても掘り進められるのはミミズが這うがごとしだ。洞窟内の寒さに指がかじかみ、無理をした手は爪が割れ、血と土で赤黒く汚れて、痛みと寒さに歯を食いしばりながら掘り進めても、出てくるのは役に立たない石ころばかり。

 それでも、作業を続けて半年を過ぎた頃からようやく宝石の原石が少しずつ出るようになってきた。

 素人の手作業で原石が出始めたのなら、専門の採掘業者たちが入れば、一財産築けるくらいにゴロゴロ金になる石が出るだろう。そろそろ自分はお役御免ごめんになれるだろうかと、その頃は吞気に考えていた。

 しかし、一年が過ぎ、二年過ぎても私の役目が終わることはなく、それどころか追加の作業員が入ることも待遇が良くなることもなかった。しいて言うなら、石が出た翌日はまともな食事にありつけたくらいだろうか。

 とにかく、以降も環境が良くなることはなく、私はたった一人で闇と静寂が埋め尽くす洞窟の中に、のみ金槌かなづちの金属音をかなで続けた。

 とん、とん、とん、かん。とん、とん、とん、かん。ぼろぼろ、ごろごろ。

 未開拓の壁を叩いてそこから崩れ落ちた石の塊を麻袋に詰め込む。自分が持てる限界の重さが溜まったら洞窟の入り口まで持って行く。中身を出したらまた元の未開拓地に戻る。その繰り返し。

 今日も昨日までと同じ日。いつまでも同じ地獄が続く。太陽の下に出られない瞳は、暗闇の中で僅かな生者の明りすら灯さなくなっていた。暗闇の中でも物は見えている。金槌がのみを壁に押し込むさまも、そこから石が転がり出てくるさまも、使いつぶしてボロボロになった指先が寒さに震えながら石をつかんで、指先よりも綺麗な麻袋に詰め込むさまも、全部見えている。

 見えているのに…………光だけが見えない。


 ――――――死んでしまえたら、楽だろうか。


 粗悪な寝食環境に体を壊せば、採掘場に来るまでの道で転落すれば、はたまた鑿で身体を傷つけて失血すれば……。そうすれば、楽になれるだろうか。

 そんなことが頭に浮かびはじめた折、突如、はるか上方で大きな爆破音が鳴り響き、洞窟全体を揺らす震動がはしった。

 採掘で脆くなった壁が目の前でひび割れていく。崩れかけの部分から欠片かけらがゴロゴロと落ちていく。

 まずい。反射的にそう思って仕事道具を地面に落として立ち上がり、洞窟の入り口へ引き返そうと振り返った時、二度目の爆破音とともに再び洞窟内が揺れた。震動に膝が萎え、思わず手をついて倒れ込む。

 まずい。もう一度立ち上がろうと手と膝に力を入れて地面から体を起こすと、背後から音が聞こえた。

 先ほどよりもしっかりした、目で見なくともわかるくらい明確な音だった。

 まずい。まずいまずいまずい。頭の中でそんな声が警鐘として鳴り続ける。気付くと、考えるより先に、私の身体は出口に向かって走り出していた。

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