Cp.01 月光症

 5歳になったある朝、私は猛烈な激痛に襲われて泣き叫びながら目を覚ました。

 自分の身に何が起きたのか全く分からなかった。時折村にやってくる紙芝居屋が話していた爆弾というものが炸裂さくれつしたのだろうか、そう思っていた。

 それほどの激痛が、両目を、その奥の神経を、そこから連なる脳髄を襲い続けていた。目を思いきりつむって、両手で覆い隠して、うずくまってそれでも視界の端から漏れ入ってくる光が痛みを継続させる。布団を被って、日が沈むまでずっとそうしていた気がする。

 心配した母が何度も声を掛けてくれていたようにも思うが、とにかく痛くて、熱くて、それどころではなかった。

 その日から私は、光を見ることが出来なくなった。明るい光の傍だったり、太陽が昇っている昼の間はもう何もできなくなった。太陽やランプの火のような強い光を間接的にでも見てしまうと、火で焼かれたようなあの鋭い痛みに襲われる。

 後日、まだ赤ん坊の妹二人を体にくくりつけ、幼い弟の手をひいてあちこち駆けまわって症状や治療法を聞いて回った母から、私がかかった病気の名前を聞いた。


 ―――”月光症”―――


 この病気は、光を知覚する器官が異常に発達することによって起きるらしい。

 光が無い場所でも、目の前の景色をその色彩まで認識することが可能になる。その反面、光を過剰に知覚するため、目や脳髄には激痛が生じる。これは光の過剰摂取による、やけどのような状態だそうで、最悪の場合は失明することもあるそうだ。

 珍しい症例で、発症者は1億人に1人と言われている。過去の例をさかのぼっても発症者に共通する事柄は発見されていない。そのせいで研究は進まず、症状以外の事柄は、発症に至る原因すら解明されていなかった。。

 当然のことながら、症状を抑えるための服用薬も存在しない。唯一作られたものといえば、光の摂取量を抑えるゴーグルである。しかし、これも患者が少ないせいで生産量が著しく少ない。都心の大病院で指折り数えるほどの在庫がある程度な上、その値段も庶民の手に届くようなものではなかった。

 出稼ぎに行っている父と、家事と育児の合間に内職に励む母。貧乏な我が家に、庭付きの家が建てられるほどの値段であるそのゴーグルは、買えるはずもなかった。


 私には弟が一人と妹が二人いた。けれど、私がそんな状況のせいで、昼間はろくに面倒も見てあげられない。昼間の私は、ただ激痛に耐えながらうずくまってやり過ごすだけの毎日を送っていた。

 母と相談して、私は夜に仕事を手伝うことになった。日没後にまきを拾いに出かけ、夜中に内職を行い、その間に弟妹きょうだいが起き出して来たらその面倒を見て再び寝かしつける。そして日が昇る前までに洗濯物を干し、朝食の支度を済ませてから、目に布を何重にも巻き付けて床につく。

 はじめのうちはそれで問題がなかった。母も多少は負担が軽くなったと言ってくれていた。けれど、やはり明かりが点けられない中での弟妹きょうだいの相手は難しく、何度も母に代わってもらうことがあった。加えて、同じ生活サイクル、同じ環境で仕事が行えない私に対する苛立いらだちも出てきたらしい。年月を経るごとに、母の私に対する当たりはキツくなっていった。

 そのうちに弟も成長し、徐々に家事を手伝えるようになったことも相まって、比較して私が邪魔な存在に見えたらしい。

 私が13歳になった時、両親は私の出稼ぎ先を見付けてきた。私をまともな働き手にできないか相談するため、母が父に手紙を送っていたらしい。そこで父が色々さがしたところ、ある貴族が宝石採掘の働き手を募集しているという情報をつかんだそうだ。

 父は照明らずで暗い洞窟内を動ける私のことを売り込んだ。照明要らず、といっても13歳の細腕ほそうでの小娘に、採掘なんて仕事が務まる訳はない。けれど、貴族は私を気に入ったらしい。後々分かったことだが、この時貴族は自分たちが所有している山から宝石が出れば、ちょっとした小遣い稼ぎができると思っていたようで、大量の宝石ないし貴金属が出る、ということがわかるまでは本格的な投資をするつもりがなかったそうだ。だからこそ、安価で買える病身の娘は、使い捨てするには調度ちょうど良かったという事だろう。

 こうして血の繋がった両親に二束三文で売られた私は、光の届かない真っ暗な洞窟の中で、出るかどうかも分からない宝石を探し続ける生活をいられることとなった。

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