第76話

 全力で地面を蹴ると張り出した木々の枝の間を抜けて樹上へと一瞬で飛び出る。

 そして足元に【所持アイテム】から取り出した円柱状の岩を足場に移動し、接近するお化け水晶球の上へと飛び出すと、身体を捻りながら自分の真上に岩を出すと蹴り、その反動でついた勢いのままに、お化け水晶球の上部円盤の上に蹴りを叩き込んだ。

 その衝撃で下部円盤と上部円盤の電極の間で火花のような放電が起きるが、電気は俺の方へとは流れることは無い。

 いわゆる鳥が電線に止まっても感電しないってのと同じで、俺の身体を通って電気が流れる先が無いために電圧の高低差が生まれないのだ。


 そして次の瞬間、蹴りの反動で地面に叩きつけられたお化け水晶球は……全然平気だった。

 土の上に草や低木が生えている森の中だから落ちても衝撃が少ないのは分かっていたし、割れれば儲けものといった程度だったので残念ではない。


「俺帰ったら、バールのようなものを買うんだ……」

 まさか現実世界側で素手で足りないと思うような相手と戦う事になるとは想像していなかったので、武装するという考えが自体が意識の隅にも無かった。


「困った時の岩だが……」

 現在【所持アイテム】内にストックされている円柱状の岩の数は六個しかない。島で【大坑】を使ったのが二十二回なのに対して、洞窟を崩壊させる為に使ったのは十五個で、更に避難用に作った洞窟の入り口の蓋に一個で、既に十六個使ってしまっている……もっと作っておかなかったことを後悔する。


 こんな森の中では補充が期待出来ない。しかも、どれほどの敵と戦い続けなければならない分からないという状況では、岩は空中を移動して敵を振り切るためには絶対に必要なアイテムであり、ストックを減らすわけにはいかない。


 岩はほぼ玄武岩で出来ており、比重も硬度も高い丈夫な岩だが、それゆえに出来るだけ大事に扱い一生物としたい逸品である。

「だが使う! それが用の美!」

 足の裏からお化け水晶球の中央部分を抉り取るように出現させると、強力な光と電気を放ち爆発するように割れて飛び散った。

 そして五秒後にもう一つのお化け水晶球が砕け散った。


 『????綣障?渇綣障を二体倒しました』『紫村 啓はレベルが三上がりました』『香籐 千早はレベルが弾上がりました』


 アナウンスを無視して俺は再び宙へと思いっきり跳躍する。そして出現させた岩を足場にして跳びながら上へと駆け上がる。そして視界を遮るものの無い高さまでたどり着くと、周囲のパノラマを見渡す。すると自分を中心とした広域マップ表示範囲の全てが表示される。

 木々に遮られた森の中も表示可能になるのはどうなのかと思うが、ゲームの中では飛行船などで移動した範囲も全て地図に表示されるので、システムメニューはゲーム仕様なのだと納得するしかない。


「広域マップを確認してみろ」

 とても何かを言いたそうな二人を無視して先に指示を出す。

「はい! ……これは!」

 紫村の予想は的中していた。確かにまだこちらへと向かっている個体が三十体程いる。しかし他の多くの個体はマップの中心から北と南東、そして南西のそれそれが一キロメートル強の位置にある三ヵ所のポイントへと向かって移動するしている。

 それぞれのポイントには既に集まっている個体と移動中の個体の数を合わせると百体前後だった。


「予測通りだね……だけど先ほどのは何なんだい?」

 やはりスルーは出来ないか。


「飛んだ事か? 止めを刺した時の事か?」

「両方だよ!」

 欲張りめ。

「紫村、口調がいつもと違って荒いぞ」

「……教えてくれないかな高城君?」

「そうそう、そんな感じで……それでだ。飛んだのも止めを刺したのも、【収納アイテム】や【装備】を使った物の出し入れを使った俺のアイデアが生み出した技だ」

「アイテムの出し入れ……そうか、それなら空中に足場を作って跳ぶのを繰り返せば、空中を自由に動く事も出来る。でも、あの止めを刺した時は──」

 ヒントは絞ったつもりだったが、紫村には簡単に分かってしまったようだ。

「それは【装備】を使ったんだ。自分がそれを装備した状況を思い浮かべながら装備を実行すると、出現した物体は出現位置にある全てのものを押しのけて出現する。相手がダイヤモンドだろうが爪楊枝を装備すれば串刺しだ……無論、先ほどのお化け水晶球のようにダイヤモンドは押し退けられた体積分の内圧でバラバラに弾け飛ぶだろうけどな」

 そんなもったいない真似はしないし、出来ないけどな。


「……出鱈目だ」

 驚いたか? お前が今感じている驚きは、俺が二週間以上も前に体験した感情に過ぎない。

「後な、理由は分からないけど【収納アイテム】や【装備】から取り出した物体は、出現の瞬間は必ず静止状態だ。収納で戻す瞬間にどんな方向に、どんな大きさのベクトルを持っていても、取り出した時にはその運動エネルギーは全て失われる」

「それじゃあ、取り出した物体は絶対零度なのかい!」

「いや、何故か出来立てのほっかほっかの料理は、数日後にも出来立てのまま出てくる」

「……意味が分からないよ」

 俺にだって分からないよ。


「だからシステムメニューは何らかの自然的な現象なんかではなく、明らかに何者かの意図によりデザインされた機能だ。その何者かが『斯くの如きあるべし』と思った事が忠実に反映されている。そう納得するしかない」

「でも、そうなると足場が静止状態なら、加速に限界があるね……収納時の運動エネルギーを保存したままなら、音速まで加速するというのも出来たかもしれないのだけどね」

「そんな真似したら、衝撃波や空気との摩擦による発熱でエライ事になるだろ」

「そうだね、それに加速した後で、減速するのが大変か……減速用の足場を用意しておいて……でも減速に使用した後は、運動エネルギーをリセットするメンテナンスが必要になるから……確かに出現時に静止状態というのが一番使い勝手が良いという事……つまりシステムメニューを作った存在はユーザー満足度に対して配慮を持っているのかもしれない……だとすると」

 ……紫村が思考の海にどっぷりとはまり込んで帰ってこなくなってしまった。



 円柱状の岩を二つ取り出して地面に転がす。

「とりあえず紫村はおいといて、香籐はこの二つを使って空中移動の練習でもしておけ。レベル十二ならそこそこ動けるはずだから、空中での感覚と足場の岩の出し入れのタイミングを速く掴んでおくんだ」

 時間が無いので、紫村は放置しておいて香籐に指示を出す。


「何故二つなんですか?」

「保険だ。もし落ちたら死ぬような高さまで飛んで足場の岩の収納に失敗した時には、予備の岩を足元に出しては収納して、減速しながら降りることが出来る」

 どうだ大島に比べてなんて優しい先輩だと思わないか?


「そういえば気になってたんですが、足からって出せるものなんですか?」

「すまん教えてなかったか。装備にしても【収納アイテム】内から取り出す時にしても、どこにどう出すかは本人のイメージだ。ただし、自分の身体と常に接触した位置にしか出すことは出来ない……だが手袋とか靴など装備品とシステムニューが認識している物は、自分の身体と同じ扱いをされるようだ」

「……主将。装備しているものが自分の身体と同じ扱いになるなら、長い棒を装備して、その先端に更に装備するなどすれば、幾らでも延長できるのでしょうか?」

 ほう、良い発想だ……だがな。


「残念ながら、衣服や防具は重ねて装備する事が可能だが、武器として認識されるような物の先に更に装備とは出来ない。だから弓に番えた形で矢を出現させる事も出来ても、クロスボウにセットした形でボルトを出す事は無理だ」

 俺の説明に残念そうに肯く。


「……分かりました。では僕は練習をさせていただきます……収納! 収納!」

「香籐、声に出さないでシステムメニューを操作出来るように意識しろ。声に出せば必ずタイミングが遅れるから、特に空中移動のシビアなタイミングでは失敗する。取り出す時は身体に接触した状態でしか取り出せないが、収納は自分の身体から一メートル以内の範囲にある物なら収納出来る。だから足場として踏み切って足が離れた瞬間に収納する必要がある。声に出してしか操作出来ないのは致命的な問題だぞ」


「わ、分かりました」

「先ずは、収納した岩を一つ取り出せ、そしてその上に乗って全力でジャンプしながら岩を収納する練習を──」

「僕抜きで楽しそうな事をしようとするのはどうかと思うよ」

 紫村が復活を遂げていた。仕方が無いのでまた二つ円柱状の岩を取り出した。


「言っておくが、俺の分とお前達の分、それぞれ二つずつで計六個。これが俺のストックしていた全てだから大事に使えよ。補充の当ては無いんだからな」

「分かってるよ。洞窟を破壊するのに使い過ぎたんだね」

 ちょっと待て! お前何を言ってるんだ!

「ちょッと待て! お前何を言ってるんだ?」

 何時もと違って態とではなく、驚きのあまり思っている事をそのまま口にしてしまった。


「隠しても無駄だよ。大島先生も言っていたけど厚さ五メートルの岩盤を崩落させる方法なんてそうは無いよね」

「洞窟を破壊したのは主将? では大島先生が言っていた八人は……もしかして主将が?」

 可愛がっている後輩に疑惑の目を向けられて悲しいな。


「殺してはいないからな。精々社会的に抹殺するくらいだ」

「それではどうやって?」

 社会的抹殺は気にしないんだ……流石空手部の明日を背負って立つ男。


「そうだな。口で説明するのは面倒だから証拠を見せてやるよ」

 【所持アイテム】内から大島の手下を足元から取り出して地面に転がしていく。その数八体。


「こ、これは?」

 紫村の表情が再び驚愕に染まる。

「気絶している。システムメニューは意識が無い場合は生き物もアイテムと認識するんだ。だから大島に手を貸したこいつ等は罰として、【所持アイテム】の中で一ヶ月ほど失踪して貰ってから、適当に街中にパンツ一丁で捨ててくるつもりだったんだよ」

「それは随分と酷いね……勿論全面的に賛成だけど」

 こういう話になると、途端に冷静さを取り戻す……紫村。お主も悪よのう。


「尊敬する先輩達が、黒くて恐ろしいけど……彼らは自業自得ですね」

 香藤の標榜する正義も、本人が思っているほど無限大では無い様で助かる。



「とりあえず、目を覚まされると面倒だからしまっておくぞ」

 地面に転がる大島の手下達を次々に収納していく。


「これは……拉致し放題だね」

「はっきり言っておくが、現実世界に戻ったら、システムメニューは使えないようにするからな」

「そんなひどい!」

「レベルアップした分の身体能力の補正や身につけた【魔術】に関してはそのまま使えるから我慢しろ」

「……我慢するよ。でも今回の様な事が起きたら、使えるようにしてくれるんだよね?」

「ああ、お前の力が必要な限りはな」

「僕の力が必要……あれ? それなら……」

「どうした?」

 こいつ余計な事に気づいたんじゃ?


「いや、何でも無いよ……今は」

 絶対気付いたな、何に気付いた? 確か『僕の力が必要』と言ったな。そうか、俺が紫村を戦力としてあてにしているなら、常にパーティーに所属させてレベルアップさせた方が良いはずなのに、それをしないのは矛盾していると気付いた。


 気付いたけど真相にはたどり着いていない……って事で正解だよな。

 現実世界に戻って、システムメニューを使える紫村の力が必要になる状況が必要だろうか?

 大島にお礼参りするにしても奴を本当に殺す気はないので、システムメニューを使った戦い方を見せる事は無い。

 ならば、この世界とも現実世界とも別に、俺が紫村の力を必要とする世界があるとまでは気が付いてない……と信じて大丈夫かな?

 だけど、こいつは紫村なんだよな。しかも、ただでさえ紫村だと言うのにレベルアップで知能までも上昇している……ヤバイ。何か嫌な汗が出てきた。


「ところで主将。これから彼等はどうなるんです?」

「俺達が無事に現実世界に戻れたら……どうしようかな、こんな場所に飛ばされた一因がこいつ等にもある訳だからな。一年程寝かせて熟成しておくか?」

「戻ったらすぐに開放してあげませんか?」

 この正義被れめ、結局は甘っちょろい事を抜かす気か?。


「何のペナルティーも無しに開放したら、奴等は結局大島の手下のままで、今後も俺達空手部の部員を大島と共に地獄に突き落とす片棒を担ぐぞ。俺達だけじゃなく一年生達。さらに来年の新入生達……良いのか? 後輩達が泣く事になるぞ」

「然るべき罰は与えましょう! 今回の合宿の件を公にしてしかるべき処分を大島先生達と彼らに下して貰いましょう。そちらの方が彼らにとって相応しい罰になります」

 そう来たか。しかし──


「大島と警察のコネクションは例の署長だけじゃないぞ。もっと上層部と繋がってないと大島があそこまで自由にふるまうことは出来ない。それが大島自身の影響力か鬼剋流の影響力かまだは分からないが……」

「そ、そうですね……正義は死んでしまったのか?」

 そんなものが生きてたら、大島が存在する余地なんてこの世にはないだろう。



「じゃあ紫村。香籐の面倒を見ながら練習をしておいてくれ。こちらに向かって移動中の奴等を叩けば、お前等のレベルは近く近くまで上がると思う。そうなったら戦いに参加してもらう。正直、戦力が俺一人だとそう長くは持たないから、頼むぞ」

「了解したよ」

「頑張ります!」

 二人の返事を背中に受けて俺は再び空へと跳んだ。



「攻略法さえ分かってしまえば、何てことは無い」

 三十一体のお化け水晶球を倒すのにかかったのは移動を含めて十分と数秒。

 紫村と香籐のレベルは十九にまで上がった……俺が水龍と戦った時がレベル十二で、倒した時にレベル二十二まで上がった事を考えると、流石は水龍といったところだな。



 目の前の【巨坑】によって開いた大穴の中にはお化け水晶球が一体はまり込んでいる。ついでに言うと中には【大水塊】によって作られた水が流し込まれ、更に【操熱】によって氷漬けにされている。

 マップ上では敵対的である赤。中立的の黄色。友好的の緑のどれでもなく、物品を表す灰色になっている。

「死んだと考えるべきなのか?」


 試しに【操熱】を使ってゆっくりと温度を上げていく……急激に暖めると割れそうな気がするので。

 常温に戻って暫くするといきなりシンボルは赤になったので、再びゆっくりと温度を下げて氷漬けにするとシンボルは灰色になった。

 温度が下がると機能停止するが死ぬわけではない……そもそも生きていると言って良いのか疑問だが。


 【迷彩】を使って姿を消した状態で氷を溶かしていく。

 そして常温まで温まり活動可能になった途端に変形させた鎌のような腕を振るって壁を這い上がると、姿が見えないはずの俺に向かって腕を振りかぶるような仕草を見せたので、容赦なく真下に別の穴を作って落とす……とりあえず、こいつ等の浮遊能力だけでは六メートルの壁を越えるのは不可能だと分かった。


 鎌のような腕を振るって再び這い上がって来た所に【無明】をかけようとしたが、こいつの目がどこにあるのか分からなかったので、【闇纏】をお化け水晶球の全体にかける。どこかに目があったら必ず視界を遮られているはずなのだが、全く関係なく俺に迫ってくるので、今度は【結界】を使う。


 直径五メートルほどの空間を内部からの光・振動・臭いの伝達を絶つという優れものだが、そのために外側から見ると黒い半球体のドームが出現する仕様なのだが、お化け水晶球は俺の姿を見失いふらふらと周囲を彷徨った後で、黄色シンボルになって紫村達の方へと向かって遠ざかっていく。

「どうなんだろう? 少なくても光学的情報で俺を捉えてはいないみたいだが、残りの振動か臭い?」


 そして【結界】を解除した途端に、マップ上では赤シンボルへと変化し俺に向かって移動してくる。

 またまた【巨坑】を使って穴に落とすと【大水塊】【操熱】のコンボで氷漬けにするとサンプルとして収納した。


 長期間に渡り、この世界に留まる事になるなら、こいつ等について知っておく必要があるからだが……是非とも必要なくなり無駄骨になって欲しい。



「……普通に出来ているだと?」

 他にもまだこちらを目指して移動中のお化け水晶球はいるが、まだ距離があるので一度戻ってきた俺が目にしたのは、密かに望んでいた、上手く跳べずに涙目で苦戦する紫村と香籐という構図ではなかった。


「高城君。これは良いものだよ!」

 紫村が空を左右にジグザグに跳びながら子供の様な無邪気な笑顔で叫ぶ。


「主将! 最高です」

 一方香籐は、五メートルくらいの低い位置で素早く、そしてタイミング良く岩を出し入れすることで、ごく自然にゆっくりと歩きながら手を振っている。

 たった10分ちょっとで……もう嫌だこいつ等、もう俺以上に使いこなしてない?

 流石、何でも卒なくこなす天才肌だよ……ちっ憶えていやがれ。何を憶えるのか俺自身にも分からないが、とりあえず胸の中で毒吐いておく。


「調子はどうだ?」

 胸底で渦巻く嫉妬の炎が口や鼻の穴から飛び出さないように理性を総動員しながら問いかける。

「すごく良いよ。特にレベルアップして跳躍力が増した事で、空中での自由度が大きくなったね」

「主将が言っていた声に出さずに操作出来るようにする意味が分かりました。コンマ一秒単位での操作を必要とする場面で声に出すなんて不可能ですよね」

 こ、コンマ一秒? そんな素早く精密な操作なんてした事ないよ。そういう場合はシステムメニューを開いて時間停止状態で行うんだよ……駄目だ負けている。何か色んな意味で負けている。完全に負けている。


「香籐君。そうやって低い位置をゆっくりと歩くのに専念するのも良いけど、これからの事を考えると、もっと高い位置を素早く移動する練習をした方が良いと思うよ」

「怖いから無理です!」

 きっぱりと否定した。おかしい……そうか、こいつ【心理的耐性】に関しては必要な項目を【レベルアップ時の数値変動】を固定OFFにしておけと言う指示を忘れていたな。


 そんな大事な事に気づいた俺だが、香籐が完璧超人に進化したらと思うとムカつくので、気付か無かった事にする。

 そしてこの後、香籐が涙と鼻水を流しながら必死に空を跳ぶ事になりますようにと祈る。

 しかしそうは言っても、レベル九まで上がった段階で高所への耐性も大分ついているはずだから、ちょっと怖がるくらいか?


「ひぃぃぃっ! 駄目です。あぁぁぁぁぁっ! 死ぬ……死んじゃいます! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬぅぅぅぅッ! もう駄目、本当に駄目! た、助けてぇぇぇっ! 助けておかあぁぁぁぁさぁぁぁぁぁぁんっ!」

 ……全然耐性がついていない。


 嫌がる香籐を無理やり肩に担いで上空千メートルほど上昇して、お化け水晶球の探知圏外を移動する予定だったのだが、香籐が涙と鼻水を流しながら大声で泣き叫ぶせいか、それとも連中の探知する範囲が想像以上に広いせいなのか、広域マップにお化け水晶球は追ってきている様子が映っている。


 こうもうるさく泣き叫ばれると祈りが叶ったと満足するよりも、可愛いはずの後輩を肩から下ろしてポイしたくなるものだ。

「おがぁぁぁぁぁさぁぁぁぁぁんっ!」

 こいつは…………容赦なく【昏倒】からの収納を食らわせた。


「おやおや……」

「このまま二千メートル位まで上昇してから、奴らの追跡を振り切れるか確認する……ついて来られるか? 駄目なら香籐と同じく収納させてもらうぞ」

「大変そうでだけど付き合うよ。だけど三千メートルとかは流石に遠慮するよ」

 富士山を裾野からスキップで登頂出来るような体力があっても、休む間もなく一定の間隔で全身のバネを使って跳び続けながらの高度三千メートルへの移動は辛いと判断したのだろう……俺はもう、そんな人間として当然の心配とは無縁な存在に成り果てているから大丈夫だけどな。


「じゃあ、二千メートルまで頑張って貰うぞ」

 そう言って、跳躍の方向を水平から垂直方向へと切り替える。

 俺が一度で跳ぶ二十メートルを紫村は三度に分けて跳ぶ。この辺が今の俺と紫村のレベルの差だろう。

 だが紫村は顔色一つ変える事無く俺についてくる。


「この意地っ張りが」

「男としての意地が無かったら、とっくに空手部を辞めてるよ」

「それもそうだな──」

「折角の高城君とのロマンティックな空のランデブーは意地でも成し遂げ──」

 俺は紫村を置き去りにして全力で逃げた。後ろなんて振り返らない。振り返ってなんてやるものか……涙で前が見えないよぅ。

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