第59話

 市立桜台中学校。全国に百校くらいはありそうな名前の中学校である。


 姿を消したまま学校の敷地内へ入り、校舎内へ侵入するための周囲から見えずらい位置にある窓を探すのだが、この学校は桜台とあるように小高くなった丘に位置する関係か、校舎と体育館がくの字に配置されるオーソドックスなスタイルでは無く、円形三階建て、屋上部分にガラス張りのドームを配置した中央棟に各学年毎に分けられた小さな三つの校舎と体育館が渡り廊下で繋がっているので、何処に図書室があるのか分からない。


体育館と各学年毎に分けられた小さい校舎が三つ、それぞれが、それとは別に三つの建物が渡り廊下で繋がった複雑な構造になっていて、侵入に適した窓はいくつもあるのだが、どの建物に入れば図書室があるのか分からない。

「とりあえず、一番大きい中央棟に入るか……って玄関開いてるし!」

 校門から玄関へと十人程の生徒が向かって歩いている。男女比では女子が圧倒的に多く、そして持っているケースから想像するに中身は楽器だろう……つまり吹奏楽部の連中だ。

 祝日で休みだというのに朝っぱらかご苦労というか……やめておこう、自分が惨めになる。


 しかし【迷彩】の効果は自分と相手が互いに静止状態で三メートルくらいの距離なら気づかれないと思うが、どちらかが移動しながらの場合は身体と背景との境の部分を凝視されればすぐに不審に思われるだろう。

 なのでせっかく玄関が開いているのに、ここからの侵入は無理だな。


 北側に回りこんで、校舎との間にあり周囲からは見通せない窓の鍵を開けて中へと入り込む。

 どうやら保健室のようだが自分の考える基準よりずっと広い。教室よりも広いくらいで中身も普通の保健室とは様子が違う。

 広い空間に仕切り用のカーテンを備えてはいるがベッドが十床も並んで居る様子は、一見野戦病院? と言った雰囲気だ。

 侵入した窓に施錠して、廊下へと続く引き戸の鍵を開けずに上の小窓から廊下に出て小窓にも施錠する。生徒が沢山居るなら脱出時は校舎内を移動せず、直接窓から外へと抜け出した方が良さそうだからだ。


 吹奏楽部の生徒達が上っていく玄関脇の階段ではなく西側の階段へと廊下を移動する。勿論足音を立てないように靴は脱ぎ──【収納】で外せば一瞬で済み、両手に靴を持って歩く必要も無い──靴下を履いた状態で歩く。

 階段の上り口で周辺マップで周囲を確認すると、東側に人間を示すシンボルマークが三十人分ほどある……多分あそこが音楽室なのだろう。


「音楽室の近くに図書室はあるか?」

 そう思った俺は二階をパスしてそのまま三階へと向かうと、階段を上って右側の先に『図書室』のプレートを見つけた。


「困った……」

 図書室の前で、思わず弱音が飛び出る。図書室と図書室に繋がるだろう準備室兼司書室のドアには当然だが鍵がかかっており、そしてこの二つの部屋のドアの上には小窓が無い。

 【闇手】を使って鍵を開けるには、窓ガラスのように内側の様子見えていないと無理だ。

 何故なら【闇手】で触れても触感が無いので手探りで何かをするという事が出来ないのだ。


「こえぇぇよ」

 外に出て窓枠に捕まりながら移動をしながら呟く。

 高所恐怖症はかなり改善されたが、完全に克服した訳ではない。

 屋根伝いのジャンプ移動だって、時折バランスを崩し、その状態で下を見るとお稲荷さんがキュッとなるくらいだ。


 高所恐怖症の仲間なら分かってくれるだろうが、一番怖いのは落ちる事ではなく落ちそうな事だ。

 テレビでスカイダイビングの場面が映っても何とも思わないが、足場の悪い高所で今にも落ちそうな様子が映ると怖いのだ。

 まさに今の俺の状態が最強に怖い。

 今の俺はこの程度の高さから落ちても怪我はしないだろうが……多分、落下のショックでまともに受身が取れないだろう。


 そんな事を考えているといつの間にか図書室の窓にたどり着いていたので、【闇手】を使って鍵を開けて中に入り込む。

 とりあえ一息吐いてから、卒業アルバムが置かれた本棚を探すと、わが校と同じく貸し出しカウンターの横の小さな棚に置かれていた。


 この学校で鈴中が手を出したのは三人で、パソコン内のフォルダ名に使われていた名字は『山村』『東里』『風間』で、携帯のアドレス名に使われていた名前は『shizuku』『akane』『haruka』で、これらの組み合わせで出来る九個の姓名を、卒業アルバムの名簿から探し出す。


 流石に転任後に、この学校の生徒に手を出しているとは思えないので、四年前の卒業アルバムからチェックしていくとその年の卒業生の中に二人、そして五年前の卒業生の中に一人見つかった。

 普通なら三年前の卒業生も含めて彼女達は高校を卒業して、地元を離れている可能性が高いが、彼女達は鈴中にハメ撮りの写真や動画、それに薬で縛られているために地元に残っているはずで、つまり実家に住んでいる可能性が高いのが不幸中の幸いと言えるだろう。


 更に古い卒業アルバムを確認すると、名前以外不明だった三人の写真を見つけることが出来た。

 これが、学校とは関係ない場所で鈴中の餌食になっていたなら手の打ちようが無かったの助かった。



 無事に桜台中学校を脱出した俺だが、ここでまた大きな問題があることに気づいた。

 今居る桜台中学の校区にある山村 朱音、風間 雫、東里 春花の家を順番に回って治療を行うべきなのだろうが、何も接点の無い女性の家に押しかけて……いや不法侵入して、無理矢理【中解毒】での治療を行うのは俺にはハードルが高い……ちょっと前まではクラスの女子と目を合わせるのも怖いと感じる。いや、今だって平気というわけでもないヘタレなのだ。


 ちなみに治療自体はそれほど難しいとは思っていない。

 覚醒剤からの離脱は身体から薬物が抜けてしまえば、身体的依存はほぼ無いと言われる。

 離脱中に襲われる身体的、精神的苦痛が離脱後の覚醒剤への精神的依存を強めるので、離脱症状が軽度であればあるほど後の精神的依存も軽くなるといわれている。

 つまり【中解毒】を使えば、一瞬で体内の薬物が分解されるので精神的依存は少なくて済み、更に薬物の再使用は患者の人間関係内における薬物調達の容易さが大きな原因とされるが、そもそも彼女達は鈴中を介して薬物に接していたので、鈴中が死んだ現状において、彼女達の人間関係には薬物を調達する伝も、使用を勧めてくる人間も存在しない……と良いな。

 とにかく再び薬物を使用するには障壁が高いのだ。


「仕方が無い」

 携帯を取り出して西村 薫へ『先日、家宅捜索を受けた相川興業という暴力団の薬物販売の顧客リストに鈴中の名前がありました。貴女は鈴中に薬物使用を強要されては居ませんでしたか?』という文面でメールを送り、返事が来るまでの間に彼女の家を目指して移動する。

 とりあえず接点のある相手から先に対処することで、後の展開で少しでも気が楽になれば良いなという後ろ向きな選択だった。


 屋根に着地し、棟の上を走り加速して踏み切ろうとした瞬間に懐の携帯のメール着信の振動にタイミングを外して右足が宙を切る。

 道を挟んだ向かいの家への衝突コースをたどりながら身体を捻って体勢を立て直すと、手前の塀を思いっきり蹴りつけて高さを稼いで向かいの家の屋根を越える。

 しかし、路地には犬を連れた散歩中の小母さんが、俺が塀を蹴った音に驚き固まり、犬がワンワンと吼えまくっている……やったな都市伝説の種を撒いたぞ! ……本当にやっちまったよ。


 その後、四度の跳躍で距離を取り、集合住宅の屋上にて携帯を取り出してメールを確認する。

 本文に書かれていたのは一言『たしけて』で、一瞬笑いが込み上げたが、まともにメールを打つのも厳しい状況であることに気づき、更に速度を上げて彼女の家へと向かった。



 調べた住所にあった『西村』の表札。ごく普通の一軒屋で、マップ機能で『西村 薫』を検索すると、二階の東向きの窓がある部屋に彼女のシンボルが表示された。

 塀の上から屋根の上へと跳んで準備を整えると『現在、家の傍に来ています。本人と確認するため窓を開けて外に顔を出して下さい』とメールを送る。


 そして窓が開く音を聞く同時に、屋根の上から【昏倒】を掛けて眠らせる。

 屋根の縁の樋に手を掛け、靴を収納して窓枠へと足を伸ばして足場に、窓枠のレールを足の指で掴むようにして後は身体のばねを利用して部屋の中へと入った。


「芳香剤の匂いが随分と強いな」

 覚醒剤を使用していると独特体臭がするという話だが、それを消すためなのだろうか?


 まずは速攻で、窓際に置かれたベッドの上で気を失っている西村先輩へと【中解毒】を数回に分けて身体中に掛けて体内の薬物を分解して無毒化する……正直なところどうやって分解するのかは謎だ。


 これで身体面での覚醒剤からの離脱は終了したが、問題は既に彼女には禁断症状が出ていたという事だ。

 鈴中は彼女達を家に呼びつけた時に、一定量の薬を渡して次の呼び出しまでの間に禁断症状が出ないようにしていたはずだ……さもなくば、禁断症状を起こした彼女達から足がついて鈴中自身も破滅するのだ。


 犠牲者である彼女達は十六人。ローテーションで毎日一人ずつ呼びつけていたわけでも無いだろうからインターバルは半月以上になるので、ある程度余裕のある分量を渡していたはずだ。

 それなのに先週の火曜日からの一週間で禁断症状が起きたということは、彼女が鈴中を殺害した時には薬を受け取っていなかったのだろう。


 ある程度余裕があったとはいえ、彼女は薬の量を抑えて使用したのだろうから、短い間に何度も苦しい禁断症状に襲われ、その度に少量ずつ薬を使用して耐えてきたとすると精神的依存を高めてしまっている可能性が高い。

 薬が切れる=つらい。薬を使う=つらさから開放される。この条件付けが頭に刻み込まれると薬の使用を止めるのが難しくなる。 何らかの理由でストレスが溜まり、辛いと感じてしまうと身体と心が薬を求めてしまうからだ。

 西村先輩が一番、精神的依存が強くなるだろうが、他にもローテーション的に間のあいた被害者にはある程度の精神的依存の症状が強く現れる可能性が高い……もしかして!


 西村先輩に【無明】を使い視界を塞いだ状態にして、肩を掴んで身体を強く揺する。覚醒の兆候が見えたところで口を手で塞ぐ。

 目が覚めて、目が見えず口を押さえられるという状況に、彼女は抵抗ではなく身体を強張らせた……強く抵抗すれば鈴中に暴力を振るわれた結果、身体に染み付いた反応かと思えば居た堪れない気持ちになる。


「状況を説明するので、騒がないで貰えますか? もし騒ぐならば、私はここから立ち去り、あなたとの連絡は、二度と取りません」

 自分でも馬鹿みたいだが、あえて少し巻き舌で短く区切りながら話す。何せ深くは無いが多少ながらも接点のあった相手だから小細工は必要だ。

 彼女の自室とはいえ、騒げばすぐに家族が気づくだろう。

「了解したならば、2度頷いて下さい」

 すると彼女は小さく2度頷いたので、口を塞いでいた手を離す。

「目が見えないのは、立ち去る前に解除するので、気にしないで下さい」

「わ、わかりました」

「貴方の、身体の中にあった覚醒剤は、全て薬によって、中和されました」

 まさか魔術によって分解されましたとは言えないので、「どんな薬だよ!」と自分で突っ込みたいのを我慢しながら嘘を吐く。


「そんな、本当なんですか?」

「声を抑えて下さい」

「すいません……」

「覚醒剤が、身体から取り除かれると、身体的な薬への依存は、なくなります。しかし、精神的な依存は残ります。覚醒剤が使われていた事を、もっと早く知る事が出来たなら、症状を軽くする事が出来たのに、申し訳ありません」

 謝りながらも、何だかこの喋り方面白くなってきた。


「いいえ、貴方のせいではないと思います」

「そこで質問があります。貴方は覚醒剤を、どのような方法で、摂取していましたか? 静脈注射ですか? 経口摂取ですか? それとも炙って煙を吸引しましたか?」

「……火で炙って吸引しました」

 静脈注射じゃなかっただけでもありがたい。

「その使用法は、鈴中からの指示ですか?」

「はい。自分で使う時も必ずそうするように言われました」

 鈴中も痕跡の残る静脈注射で彼女達の覚醒剤使用が発覚するのは避けたかったのだろう。だから発覚しづらい炙りで使わせたのだろう。


 それはつまり、西村先輩以外の女性達も使用方法は炙りということでもある。

「それは良かった。貴方の、覚醒剤への精神的依存も、大分少なく済むはずです」

 アッパー系、つまり興奮を高める覚醒剤だが、炙りならば静脈注射に比べれば興奮のピークも低くなる。

 そして体験したピークが低ければ通常の状態との振り幅が狭くなる分、覚醒剤への欲求は多少なりとも減るはずだ……しかしその事を大げさに伝える事で彼女を勇気付ける必要があった。

 症状が軽いと思い込む事が出来たなら、それは精神的依存と戦うための強い味方になるからだ。


「あ、ありがとうございます」

「覚醒剤の影響で、体力なども落ちているはずなので、処置をするので、楽な姿勢で寝て下さい」

「わかりました」

 姿勢を整えてから仰向けに横たわる彼女の身体に頭から順番に【中傷癒】を掛けていく、気休めだが少しでも楽になってもらえれば幸いだ。


「すごく身体が楽になっていきますが、これは一体?」

 薬やストレスの影響で身体にダメージがあり、それを癒す事が出来たのか、それとも魔術の不思議パワーがスピリチアルでパワースポット的な胡散臭い癒し効果を発揮したのかは分からない。。


「では、このまま暫く眠って貰います。目が覚めた時、貴女が、覚醒剤への依存と戦う力を、取り戻している事を祈ります」

「待って下さい! 鈴中先生は……」

「貴女が気にすることは、何もありません。彼は我々が捉えた後に、しかるべき処理を施しました。貴方の彼への暴行は、一切表に出ません」

 そう告げると【平安】で心を落ち着かせてから【催眠】で眠りに落とす。

 これで彼女が、自分は鈴中を殺していないと誤解してくれるなら、それに越したことは無い。あんな生まれてきた事自体が間違いの様な奴の事で彼女が罪悪感を覚えるなどあって良い筈が無いのだから。


 周辺マップを覚醒剤で検索して、彼女の所持していた残りの覚醒剤を覚醒剤を入れていたポーチごと回収して【所持アイテム】内に収納した。多分服などにも覚醒剤の混入した汗により付着しているだろうが、そこまで検査するためには逮捕状が必要だろう。

 もしも鈴中との関係を知られて、任意での出頭を求められたとしても協力を要請されるのは簡易尿検査くらいだろう。

 回収作業を終えると【無明】を解除すると窓から外へと出た。



 広域マップを拡大して表示する。

 流石に自分の生まれ育った街だけに、半径三キロメートル圏内の八割近くがアクティブ表示される。

 奥まった場所にある細かい路地の多くは表示不可能範囲になっていて虫食い状態だが、システムメニューの恩恵を受ける前に通った範囲の半径二十メートル程度はマップ上に表示されているおかげだ。

 それが無ければアクティブ表示の範囲は四割程度のはずだ。


 そのおかげで、鈴中の犠牲者の中でも西村先輩と在校生三人はエンカウント済みとして広域マップ内に表示されている。周辺マップ内で名前と顔の分かる相手なら検索を掛けてヒットすればエンカウント済みと同様に広域マップやワールドマップに居場所が表示されるのだが、俺のワールドマップは表示不可能範囲だらけのスッカスカの地図に過ぎないので意味は無い。


「近いのは……真藤か」

 真藤 麻美。隣のクラスの女子で大人しい性格で俺と目が合うと「ヒッ!」と悲鳴を上げそうなタイプだ……自分の想像で凹むわ。

 そういえば西村先輩も性格的は大人しいタイプだな……鈴中はその手のタイプに狙いを絞っている可能性がある。

 大人しくて自分の状況を周囲に伝える事が出来ずに抱え込んでしまうような生徒をはめる。


 既に死んでいる相手だというのに殺意が沸いてくる。レベルアップして死体を蘇生させる魔術を覚えたら蘇らせて、生きたままつま先から一センチ単位でスライスしてやりたいくらいだ。


 そんな事を考えている間に、真藤の家に着く。真藤は二階の部屋に居るようだが……ヤバイ! シンボルの反応が赤になっている。敵対? 戦闘中? いや違う。これは興奮状態か苦しみの反応だ。

 ジャンプして2階の窓の窓枠を掴んでぶら下がった状態で【闇手】を使って鍵を解除すると、窓をスライドさせて開くと身体を引っ張り上げて中に入る。


 いきなり開いた窓に、真藤はこちらに目を向けるが、その目は興奮のためかぼんやりと視点が定まらず、まるで夢を見ているかの様なそんな目……これは離脱症状? もしかして西村先輩の後に鈴中の家に行く予定だったのは真藤だったのか?


 とりあえずこの状態では【平安】からの【催眠】へと繋がるコンボは無理だ。【昏倒】は【催眠】よりも眠りが深くなり、身体を強く揺すられるとか叩かれるなどの身体的刺激を受けないと長時間にわたり眠り続けるので使いたくなかったが、仕方が無いので【昏倒】を発動させて眠りに落とす。


 即座に【中解毒】を掛けて体内に残っている覚醒剤を分解していく。特に頭は念入りに掛けて、髪などに残る覚醒剤も全て分解する。

 これで、もしも鈴中との関係から覚醒剤使用を疑われたとしても、全身の体毛、手足の爪。皮膚の垢に至るまで完全に覚醒剤使用の痕跡は消し去ったので警察がどれほど検査をしても陽性反応は出ないだろう。

 それから西村先輩に施したのと同じように【中傷癒】を掛けてから外へと出た。


 ちなみに彼女の部屋も芳香剤の匂いが強い。やはり覚醒剤を使うと独特の体臭がするというのは本当で、それを隠すために強い匂いの芳香剤で消しているのかもしれない。



 その後、全員の家を回り無事に処置を終了した時には昼時を大分過ぎていたので、公園で朝の分と昼の分の弁当を食べて弁当箱を空にする。

 そして紫村に連絡を入れようと思ったが、流石に早過ぎてシステムメニューの説明抜きでは紫村を納得させる自信が無かったので、報告も部活への合流もせずに近所の図書館に行って閉館の時刻まで粘って本を読み漁り、何事も無かったかのように何時も通りに家に帰った。


「今後も要観察ってところか……」

 はっきり言って、彼女達がこのまま何事もなく日常生活に戻れるかと言えば疑問だ。

 レベルアップして【催眠】ではなく催眠術のように暗示をかけられる魔術を覚えられたら良いのだが……


 それにしても一度の同情が高くついたものだ。鈴中の死体を始末したまでは良いが、西村先輩にメールを入れたのは間違いとは言わないが、通信履歴が残るメールではなく、手紙なりで足のつかない手段を使うべきだったと思う。


 おかげで、俺は彼女達を切り捨てる事が出来なくなってしまった。

 結局、あの馬鹿が覚醒剤にまで手を出していた事と、それに気づけなかった俺が悪いのだ。

 実際、【所持アイテム】の中に放り込んだままになっていた鈴中の家から回収してきた荷物の中に覚醒剤は存在したが、それに気付きもしなかった俺が悪い。

 その日の内に、回収した荷物のチェックを行っていれば、彼女にメールを出す前に……いや、例えそれを知っていたとしても見捨てられたかといえば、難しいところだとしか言いようが無い。

 助ける自己満足と助けなかった罪悪感を秤に掛けて、中途半端に情に流されてしまうのが俺という小さな人間なのだから。


 この現状を変えられそうなのが覚えたばかりの魔法なのだが、まだ魔力の操作に慣れるのが第一といったところで、次の段階には進めていない。

 発動させるだけで全ての過程を意識せずに結果が現れる魔術と違って、魔法は全ての過程を自分の意識下で行う必要があるために、精密な魔力の操作を身につけた上で、魔法の目──すなわち魔眼を発動出来るようになり、魔眼を自在に使いこなせるようにならなければならない。

 魔力操作と魔眼。つまり手と目を完全に自分のものとして初めて魔法を使える状態──魔法使いへの一歩を踏み出したことになるのだが、そこから何を出来るようになるのかを一生涯探求し続けるのが魔法使いの人生という事らしい。


 確かに色々と面倒ではあるが、代わりに自由度が高いというか自分の能力という制約以外は自由しかないのが魔法だった。

 ちなみに魔法陣の方も、作成には魔力操作と魔眼の二つがある一定のレベルで使いこなせる必要がある。

 つまり今は……いや暫く……もしかしたら当分、魔法関連は全く役にはたちませ~ん。


 寝る前にベッドの上で「緊急事態は解除。詳細は明日。流石に疲れたから寝る」と紫村にメールしてから枕に沈んだ。



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桜台中学の保健室。変わった形の中学校が無いかネットで学校の見取り図を探してみたら、実際に「保健室?」と言いたくなる様な広い保健室を備えた学校があったので……

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