第55話

「では事情を聞かせてもらえるか?」

 この場に駆けつけた警察官全員の顔と名前、そして証票番号は警察バッジをこちらに見せた時に確認して記憶している。

 この四十手前位の痩せ型で身長は俺と同じくらいで、何処か爬虫類的な風貌の男の階級は、警部で名前は舟橋……船じゃなく舟だが、とりあえずフナッシーと呼称する。


 フナッシーは刑事課の課長で、どうやら北署で刑事事件の捜査を行う職員達トップらしい。本来余り現場に出てこないそうだが、略取──今回の様な事件は拉致ではな、そう呼ばれるそうだ──と傷害事件で、犯人はヤクザで麻薬がらみ、しかも被害者は中学生となれば、かなりの注目を集める大きな事件であり、上司に一生懸命仕事をしてますよ的な、分かり易いアピールには最適なのだろうと勝手に決め付けた。


 何といっても、こちらを子供相手だと思っていきなり横柄な態度で接してくるような、実にS県的で前時代的なお役人様気質のアホなので、こちらとしても好意的に接してやる必要性は全く感じない。


 警察官としての地位もキャリアも警察組織とは無関係な一般人にとっては、どうでもいいという事に気づく事の出来ない。

 大きくて小さな警察組織の中でしか通用しないものさししか持っていない憐れな生き物だ。

 学校を卒業して学校に就職してしまい社会を知らない教師によくいるタイプであり、せめて現場に出ていれば改善するのだが、生え抜きの刑事達は現場主義の人間が多く、余り昇進試験は受けないため巡査部長、所謂部長刑事どまりが多く、その為に刑事課の課長、係長などは他の部署で、昇進試験に向けて職務時間にシコシコ内職して出世したようなのが多いらしい……最後の方は淵東警部補の受け売りだけどな。


「櫛木田がまだショックを受けているようなので、私から状況を説明します」

 櫛木田が一瞬、「何で?」という視線を向けてきたが無視する。


「今朝のひき逃げ事件で、空手部の顧問の大島先生が捕まえた犯人を二年生の二人に任せて救助に向かった後で、犯人は一度逃走しようとして、その二年生たちに取り押さえられたのですが、その際に鍵を近くの家の民家に投げ込もうとしたのを二年生の一人が拾って持っていたのですが、その後の車の炎上などの騒ぎで鍵の事をすっかり忘れていたのが事の始まりです」


「それで?」

「事件の件で取材に来たマスコミから犯人達が麻薬を所持していた事から、仲間による逆恨みで襲撃される可能性があったので、放課後の部活の後、部員達には集団で下校し、三年生が必ず家まで下級生を送り届けるように指示しました。私は鍵の事を思い出した二年生から相談を受けて、鍵を警察署まで届けるので集団下校には参加していませんでしたが、鍵を届けた後で三年生達に確認の電話を入れたところ櫛木田との連絡が取れない事が分かり、大島先生に連絡を取るように別の三年生に指示を出してから、櫛木田の家から、彼が最後に送り届けた二年生の家の間を探しましたが見つからなかったので、もしもこの時間帯に櫛木田を拉致して連れ去って監禁出来る場所を考えた時に、心霊スポットとして有名なここが思い浮かんだので来てみたところ、銃声が三回聞こえたので駆けつけてみたら、櫛木田を含め全員気絶した状況でした」

 ちなみに、この会話は全てフリーハンドモードでの通話状態のまま、胸ポケットに入れてある携帯電話──ポケットの底にはハンカチを入れてレンズの部分がギリギリ出るようにしてある──はテレビ電話機能で紫村に繋がっているので証拠集めと、更には必要とあれば他の部員達との口裏合わせも、奴なら一晩でやってくれるに違いない。


「なるほど……ずいぶんとスラスラと話せるものだな」

「三回目ですからね。何か不満でもあるんですか?」

 厭味ったらしく絡んできたので、そう答えながら鼻で笑ってやる。すると簡単に怒りの表情を表に出した……温めてますよ。場の空気が一瞬で三度は上昇した感じがする。

「ちっ……三度目とはどういうことだ!」

「おっさん。俺はあんたの部下じゃないんだ。もっと丁寧かつ謙ってもらえないか? 警視総監とは言わない、どうせ口も利けない程度の立場なんだろう? せめて二階級は上の上司の前でいつもの様にリンゴを磨きながらゴマを擂る様に接してくれ」

 いきなり口調を変えてやる。この手の支配的な態度を取る事を好む奴にとっては、自分より下だと思っている相手から、鋭い一刺しを受ければ、容易に動揺と怒りの感情を表に出す。

 この調子で冷静さを失わせて本音を引き出し、大島が弄り易いようにしておけば、こいつが情報をヤクザに漏洩した本人かどうかは関係なく面白い結果が転がり出てきそうだ。


「この糞餓鬼が、さっさと質問に答えろ!」

 はい暴言頂きました。勿論、電話の向こうでは紫村が音声映像共にきろくしてま~す。

「だから何でお前は俺に偉そうにして暴言まで吐いてるんだ? 普通は『お願いします』だろう。例えお前が警視総監だったとしても、それが通用するのは警察組織の中だけで、警察関係者じゃない俺にとってはどうでも良い事なんだ。俺がお前に敬意を抱くかどうかはお前の人間性次第だが、既にお前の人間性は糞だと結果が出てるんだよ……ああ、部下にすら尊敬されてないな。笑われてるぞお前」

 フナッシーが弾かれたように部下を振り返る。奴と視線が合った部下は「違います」と必死に首を横に振るが、明らかに笑いを堪えてあらぬ方向に顔を背けている奴もいる……冗談のつもりだったが、本当に人望が無いようだ。


「俺の教え子に糞餓鬼呼ばわりするとは、良い度胸だ」

 丁度そこへ大島が顔を出す。その丁度が偶然と呼ぶには怪しいものだ。

 それに、こいつに「俺の教え子」と呼ばれるとゾッとする。何で自分が大島の教え子でなければならないのかと言う苦悩と、こいつにとって教え子が「虫けら」とほぼ同じ意味であるという二つの理由によって。


「何だお前は?」

 ああ、こいつは生存本能と言うものを持ち合わせていないんだな~とフナッシーを憐れむ。

 百八十五センチメートルの長身に服の上からでも分かる体操選手のような引き締まった無駄のない筋肉。身体を見ただけで目を合わせたらいけない相手だと分かっても良さそうなのに、首の上にのってるのは老人が見たら心臓麻痺で死んでもおかしくないような凶相だ。何故、フナッシーは強気でいられるのだろうか? 強大な警察権力が、目の前に置かれた爆発寸前の爆弾からは守ってくれると思っているのだろうか?

 大島に殺されなくてもホラー映画の序盤で二番目辺りにこいつは殺されるのだ。



「こいつが俺の教え子なら、俺は教師に決まってるだろう。そんな事も分からんのか? ……はっ」

 最後は鼻で笑うし、大島的にはまだ温め方が足りなかったようだ。一瞬こちらに鋭い視線を飛ばした奴の目は「もっと決定的な状況を作れ」と命じているようであった。


「教師だとお前が?」

「そうだ。残念ながらお前と同じ公僕だ」

 更に残念なのは、お前らが父さんと同じ公僕だという事だよ。


「餓鬼が餓鬼なら、教師も教師だな」

「安っぽい喧嘩の売り方じゃねぇか、まるで三下のチンピラだ」

 ヒートアップするフナッシーに大島の挑発は止まらない。この段階になって自分の予想が外れている事が分かった。場の空気を暖めると言うのは俺が考えてた生易しいものではなく、フナッシーに先に手を出させて決定的な弱みを握り主導権を奪うつもりなのだ。

 恐ろしい男だ。確かにフナッシーは馬鹿で嫌な男ではあるが、その人生をぶっ壊しかねない方法を、こうもたやすく選択するとは……うん? 同情出来ない。むしろありかも知れない。


 大島とフナッシーに皆の注目が集まる中、俺は気づかれないように静かに櫛木田に近寄ると「二人の様子を録画しておけ」と耳打ちする……状況に流されて大島の意を酌んでしまった結果だ。何でそんなものを酌めるようになってしまったのか後で脳内反省会だな。


「誰がチンピラだ! 俺は刑事課課長だぞ!」

「刑事課の課長でチンピラか、ずいぶんと酷い二束のワラジじゃねぇか?」

 思わず大島に同意してしまった。

「貴様っ!」

 激高したフナッシーが大島の胸元を掴み上げた。その瞬間、大島が目配せ一つで「GO!」のサインを出すのを見た。

 気はすすまないが無視すれば不幸が襲ってくるのが分かっているので、仕方なくパチパチと手を叩いてその場にいる人間の視線を自分に集めた。


「はい暴行の現行犯。警察の皆さん彼を逮捕しないと大変な事になりますよ」

 皆の視線が集まったところで、携帯で大島の胸を掴み上げるフナッシーを撮影する櫛木田を指し示す。

「今の一部始終はこの通り彼によって撮影されています。警察官が一般市民へ暴行を加えてたのに、他の警官達は身内意識で逮捕しないで見逃した動画が今日中にネットで世界に配信されてしまいますよ」

 上司の行動を黙認していた者、苦々しく思っていた者、笑っていた者。その全ての顔に「拙い!」という文字が刻まれる。


「ちなみに、その場合は皆さんの顔も無修正で晒して、それぞれの名前と階級、それに証票番号で晒す事になりますよ」

 自分達まで晒すと言われて、動揺しつつも「まさか、一目見ただけで」「はったりだ」などと疑う発言が出てきたので、適当に二人ほど指差して、名前と階級、そして認票番号を言い当ててやると、いよいよ自分達の置かれた深刻な状況を理解して固まってしまった。


「どうしました? 困ってしまいましたか? 逮捕しても逮捕せず有耶無耶にしても、どちらにしてもヤバイと思ってませんか? そりゃあ、そうでしょうね。でも逮捕した方が良いと思うな。逮捕した場合は『暴力警官が部下に逮捕される』という動画が配信されますから、貴方達の行動を世論やマスコミは肯定してくれますよ」

 俺の言葉に刑事の一人が呟きを漏らした「悪魔か?」と……いや、無言の脅迫を受けて仕方なくやってるだけですから。


「黙れこの餓鬼! お前! その携帯を寄越せ!」

 フナッシーは大島を突き飛ばすと櫛木田の携帯を奪おうと駆け寄る。そこへ俺は割って入った。

「今度は強盗未遂だな」

「うるさい! そこをどけ!」

 殴りかかってきたフナッシーの拳を敢えて避けずに受ける、しかもついでに当たる瞬間こちらから頬骨を拳頭にぶつけてやるとフナッシーの拳が折れて、痛みに拳を押さえて悲鳴を上げる。


 いくら激高しても中学生相手に自分の拳が砕けるほどの勢いで殴りかかるなんて、警察官にしておくのはもったいない立派な危険人物だ。

「おやおや、血が出てしまったから病院で診断書を書いて貰えば傷害罪になるかもしれませんねぇ~、素敵な第二の人生が待ってそうですね~」

 故滝川順平氏の声真似で更にイラっとさせてやる。


 決定的とはもうどうしようもないほどに天秤が傾く事なんだ。だから、フナッシーの左手がスーツのスーツの内側の左側に差し込まれても、そのまま好きにさせた。

 そして、やり辛そうに必死になって取り出した物がスーツから覗いた瞬間に、左手ごと蹴り飛ばした。

 フナッシーの左手に握られていた拳銃──ニューナンブ──は、手から離れると吊り紐の長さ一杯まで飛んで、その反動で戻ってくるとフナッシーの左の側頭部を直撃する。


「これで殺人未遂。お前は終わりだ」

 痛みに頭を抱え込むフナッシーにそう告げ、駆け寄ったフナッシーの部下達が奴を拘束するのを見つめながら、ここまでする必要があったのか疑問に思う。確かに尊大で嫌な奴で、激すると度を失う危険人物で警察官としての資質は無く警察署より刑務所が似合うと断言出来る……庇う余地が無い。

 奴が情報を漏洩した張本人だというならともかく、そうでないなら警察にいられなくしてやる程度で十分だった……と考えられる程度に寛大さを取り戻しているが、異世界に戻るとそんな気分にはならないだろう。多分大島並みに容赦が無くなる……嫌だな、すごい嫌だ。


「まあ待て! こいつに聞きたいことがある……櫛木田、撮影はもういいぞ」

 ついに大島が確信に迫るようだ。

「しかしですね」

 これ以上、警察の不祥事を増やしたくは無いのだろう刑事の一人が大島を制止しようとする。

「こちらの質問に素直に答えたなら、撮影した動画はネットには流れないと約束してもいい」

「それは……」

「つまり、今回の不祥事は無かった事にする事も出来るって事だ」

「ほ、本当に?」

 ここに居合わせた刑事達にとっては地獄で救いのために上から垂らされた1本の蜘蛛の糸を見つけたような心境だろう、縋るよな目で大島を見る。


「ああ、俺達三人と、お前たち警察が口を噤めばどうとでも出来るんだろう? こいつらくらいは……」

 大島はヤクザどもを見下ろしながら、凶悪な笑みを口元に湛える。

 それに頷く刑事達の顔に浮かんだ表情も、負けじと嫌らしいものだった。


「ただし、こいつが本当のことを答えたらの話だ」

 大島はフナッシーを見下ろしながら「お前にとっても最後のチャンスだ。警察を首になり刑務所送りになって残りの人生を犯罪者の汚名を背負って過ごすか?」と問いかけると、フナッシーは最初、酷くおびえた目を向けるが次第に冷静さを取り戻し、状況を理解したのだろう小さく頷いた。


「お前達の中に、このヤクザどもに情報を流した奴がいるだろう。それを吐け」

「な、何を一体? そんな事、あるはずが無いだろう!」

 刑事の一人が強く否定する。


「それじゃあ、こいつらが俺の教え子に『鍵は何処にある?』と聞いたのは何故だ? 一体何時、こいつらは鍵が俺の教え子の手に渡った事を、先に逮捕された二人から聞いたんだ? ……答えろ」

 大島はフナッシーに命令する……何時の間にか動かしがたい上下関係が両者の間に構築されており、命令に対してボゾボソと小さな声で答え始めた。

「奴らは逮捕後に、直ぐに検察を通して接見禁止の申し立てが行われて、受理されているから外部との連絡は認めれていません……それから取調べが続いていて……昼に休憩時間を取った以外は、ずっと取調べを続けて……だから我々警察の人間としか接触していません……本当に、だから助けて」

 こ、こいつ。助かりたい一心で、ありのまま正直に部下達を大島と言う名の悪魔に売ってしまったよ……


「休憩時間中は留置所などに移動させたんですか?」

 横から質問を投げかける。

「いや、取調室で昼飯を食べさせただけだ」

 フナッシーは、俺に対してはまだ対等以上であろうと考えているようだ。

「つまり、取調べをした人間の中にしか情報を流した奴はいない訳だ」

 刑事達の空気が一気に冷え込んだ。自分の仲間達にヤクザと内通している人間がいた衝撃に互いに相手へ疑いの目を向け合う。


「取り調べには何人関わった?」

「……六人」

「だとするなら六人中一人または二人が漏洩に関わっている訳だな」


 取調べは二人でやるの? 刑事ドラマでは主人公が一人で容疑者を自白させてるけど……つか何で大島はそんなに詳しい? 経験があるとしたら取り調べられる立場しかないんだけどね……凄い似合っている気がする。


「それはどいつらだ?」

 フナッシーが答えるまでも無く、刑事達の視線が容疑者達に注がれる。しかし、その人数は4人。

「残りはどうした?」

「署に残っています」

「そうか、じゃあとりあえず……」

 大島は四肢の骨を折られた……俺が折ったんだけどね……ヤクザの懐を探り携帯を取り出すと操作をし始める。

 刑事が「証拠品を」と止めに入るが「すっこんでいろ」の一言と一睨みで黙らせた。弱みを握られた者は弱く、握ったものは強い。言葉だけじゃない教訓を得た。


「おい、お前の部下の中に………」

 大島は幾つかの電話番号を順番に読み上げる。フナッシーは自分の携帯を使いづらそうに左手で操作しながら確認していく。そして3番目の電話番号を大島が読み上げた後、フナッシー、そして自分達でも携帯に登録された電話番号をチェックしていた刑事達の口から怒りの声が上がる。

「……椎名ぁぁぁっ!」



 椎名と言うのは、取調べを担当した六人の一人で、署に残った内の一人との事だった。

「その椎名って奴は処分されるんですか?」

 大島に話を振ってみる。


「間違いなく首は飛ぶ」

「どうして分かるんですか?」

 やけに自信満々に断定するな。

「今頃、署長に呼び出されてる頃だからな」

「何故それを?」

「そりゃあ、お前が紫村にテレビ電話で情報を送っていたように、俺もさっきまで署長に電話を繋ぎっぱなしにしておいたからな」

 畜生、お見通しかよ。確かに俺の携帯は黒で、既に日が落ちた今は濃紺のブレザーの生地の色に紛れるとはいえ、レンズ部分が存在感を主張しているので、目敏い大島を誤魔化す事は出来なかったとしても仕方が無い。


「署長? どういう関係なんですか?」

「鬼剋流の兄弟子だ……まあ腕は大した事ないんだが、昔世話になった」

 鬼剋流……一人見つけたら、その十倍はいると思えという奴か?

 それに大島が便宜をはかろうと思うほど恩義に感じる『世話』って何だろう? ちょっとやそっとの恩で、恩と感じられる感性など持ち合わせている男じゃない。

 もしも大島がこうして公務員として存在しえるのが、その署長の力によって様々な大島の犯罪を隠匿隠蔽した結果だとするなら、余計な事をする奴だとしか思えない。


「だったら、ここまでフナッシ……舟橋を追い込まなくても良かったんではないですか?」

 当然の疑問を口した。署長と面識があるなら、今回の情報漏洩に関して厳しく調査するように頼めば良いのだから、ここまでフナッシーを追い込んで話をさせる必要は無かった。


「舟橋?」

 そういえば大島は奴の名前は知らないのか。

「先生の胸倉を掴んだ奴ですよ」

「ああ、あいつ舟橋っていうのか……まあ、どうでもいい、奴を追い込んだのは何て言うか、そうだな……気に入らないから?」

 き、気に入らない? こいつは気に入らないだけで、人一人を破滅まで追い込ませたのか? しかも疑問系の動機で。

「それは、余りに……」

「ああ? お前だって乗り気だっただろう。はっきり言って、この俺が退く位に容赦なかったじゃないか」

 何処が退く位だ。お前は終始、悪魔のような笑みを浮かべて見てただろう。大体、こいつ俺に罪を擦り付けようとしていやがる。酷すぎる自分で人にやらせておいて。


「まあ、これであいつも首だな」

 フナッシーに視線を向けながら小さく呟いた。

「えっ、助けてやるんじゃないんですか?」

「馬鹿かお前は。中学生相手に拳銃を抜くような奴に警察官が勤まるわけねぇだろう。何らかの理由をでっち上げて懲戒免職だ。退職金はでねぇが、ムショにぶち込まれるよりはましだろ……十分助かってんじゃねぇか、これ以上の我儘は許さんぞ」

 我儘って、単に犯罪者にしないのは警察の不祥事って事にはしないように、あんたが署長と取引したんでしょ?


「大体、お前はあいつにそのまま警察官を続けて欲しいと思うのか?」

「……全く思いませんね」

 幾ら俺に全力で煽られたとしてもだ、奴に警察官としての正しい資質は無いと断言出来る。


「まあ、何にせよこの件はこれでお終いだ。こいつらの組は強制捜査で潰されて終了ってところだろ」

「でも一つ、気になる事があります」

「何だ?」

「こいつらが拳銃を持ってたって事ですよ。たかだか中学生を一人拉致するのに六人がかりで拳銃まで用意するなんて普通じゃない。一体何を警戒して拳銃を持ち出したのでしょうか?」

「……こいつら、何処の組のもんだ?」

 俺の言葉に何か考え込むような仕草を見せながら沈黙した後、そう尋ねてきた。


「相川興業という名前です」

「ああ……思い当たる節があるな」

「えっ?」

「思い当たる節があるって言ったんだ。後は察しろ」

 ドスをきかせた声で話を打ち切ってきた。


 相川興業と大島の間には何らかの関係……まあ大島とヤクザの間に起こる事と聞いて暴力以外の何かを連想するなら病院に行く事をお勧めする。

 つまりそういう事なのだろう。そして相川興業が、再び大島と揉めてまででも教え子を拉致して取り戻さなければならない鍵とは……考えるまでも無い。麻薬か武器、そして表に出せない金、またはそれに類する物のどれか、もしくはそれら全てだな。

 だが、そうであれば尚更、気になるのが……


「そうまでして取り返そうとした鍵が、まだ警察署にあると思いますか?」

「……!」

 大島はスマホを取り出すと電話かける。相手は北警察署の署長で『まきしま』と言うらしい。

「はい、そうです。先ほどの鍵の件ですが──」

 うん、大島が普通の社会人のように目上の人に敬語を駆使して話しかけている。気持ちワルっ!


 いやそんな事を考えている場合じゃない。俺も紫村へ電話をかける。

「単刀直入に聞くけど、例の鍵って何処の鍵か見当はついてるんじゃないか?」

『勿論ついているよ。どうせ貸し倉庫の類だろうから調べておいたよ』

 わずかな可能性にかけて尋ねてみたのだが、あっさりと肯定されてしまった。


「マジか! どうやって?」

『話すと長くなるよ』

「分かった結論だけ教えてくれ」

『じゃあ、住所を言うよ────の田中ビルに入っている佐藤トランクルームレンタルだよ』

「流石だな紫村、感謝する!」

 紫村との話が終わるとほぼ同時に大島も署長との話を終えた。

「向こうさんは、鍵を押さえたみたいだな」

「押さえたって事は?」

「例の漏洩した奴が持ち出すところだったらしい。証拠物件の鍵の確認をさせたところ紛失していて、その事を署長室で身柄を押さえられていた二人を問いただし所持品をチェックしたら出てきたそうだ……全く何してやがるんだか、どうにも抜けてからなあの人は」

「それは良かったですね」

「それで紫村は何だって?」

 自分も電話で話しながら、俺の話す内容もチェックしていたのか。

「何処の鍵かが判明したみたいです」

「場所は?」

 紫村が告げたレンタル倉庫の会社名と住所を教える。


「なるほど、条件を上手く絞り込んだって事だな」

 紫村が特定出来たのは、まず場所を市内と限定したのだろう。警察に内通者が居るのだから事前情報を受けて荷物を運び出すにしても近場の方が対応が早いだろうし、何より利便性も高い。

 次に、安全性と保管性。安いコンテナを並べただけの貸し倉庫とは違いビルのフロアを借りて経営する貸し倉庫なら、盗難に対する安全性が高く、更に空調が入っていて温度・湿度が一定に保たれるので、荷物の中身が銃器にしても麻薬にしても品質劣化を防いでくれるだろう。

 更にサービス体制。二十四時間荷物の出し入れが可能で、かつスタッフが常駐していないのがありがたいだろう。

 これらの条件に、更に紫村なりの条件を幾つか付け加えて絞り込めたのが、佐藤トランクルームレンタルという会社だったというのが真相じゃないだろうか。


「……よし、とりあえずお前は帰って良いぞ。後の事は任せろ」

 普通なら夜の7時を過ぎに、こんな人気の無く市街地から大きく外れた場所で、生徒を自分の車で送ろうともしない教師に対して「人でなし」と非難の言葉が口を突いて出ても当然なのだろうが、端から人でなしにかける言葉は見つからなかった。

「櫛木田はどうするんですか?」

 ただ、このままだと警察に連れて行かれて、事件自体が無かった事になる予定の事件について事情聴取を受けるという不毛な状態に陥りそうな櫛木田の事を尋ねる程度に、俺は友情に篤い男だった。

「あいつくらい残しておかないと事情聴取とかで警察も困るだろ。善良なる一般市民としては、それくらい配慮してやるさ」

 つまり櫛木田に付き添って警察に行く気は無いのは明白。

 大島は自分後輩たち『ヘッポコ隊(俺命名)』と共に警察を出し抜き、目的の貸し倉庫周辺を見張り、やってきたヤクザどもを締め上げる気なのだろう。そんな奴が善良なる一般市民を名乗るなんて世も末だ。更にいえば櫛木田は警察へ送り込む一種の爆弾だ。とりあえず無かった事になる予定の今回の事件をいつでも蒸し返す事の出来る証人を送り込む。

 その結果、警察はこれから大島が仕出かす騒ぎに気づくと同時に、櫛木田の存在を思い出し、自分達が大島に弱みを握られている事に気づくのだ。


 大島は警察に邪魔される事なく思う存分暴れて憂さ晴らしをするつもりなのだ。いや寧ろ、図々しくも警察に感謝状や金一封を要求するかもしれない……無論、これは俺が考える最悪のケースだが、大島のやらかす事は俺の想定する最悪よりは酷い事になる傾向が強いと言っておこう。


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