第38話

 いつもの様に異世界での朝が始まる。

 俺の隣には大人しくルーセが寝ている。毎朝こうだと楽なんだけどな。しかし何時もは俺が寝た後に忍び込んできたのに昨日は普通に一緒にベッドの中に入ってきて寝たよな……余りに自然な態度だったので咎める事も無く一緒に寝てしまったのだが、俺ってロリコンどころかペドへの道を順調に進んでない?


 だがルーセの無垢な寝顔を見ていると癒される。本当に寝ているときは天使だね。

 ここ数日、現実世界では汚いものを見せられすぎた。

 ロリコン教師が世間を騒がせる事は多いが、ロリコンが教師になるのではなく、教師と言う職業が人間をロリコンに変えるという説を俺は信じている。

 自分の周りに居る女性の多くが、本来対象外の中学生ばかりだったとしたら「まあ、女子中学生でも良いか」と妥協して道を誤る教師も出る可能性はあると思う。

 ともかく学校や文部科学省は教師が過ちを犯さないように出来るだけ若い内に結婚させるよう圧力を掛けるくらい職場環境に気を遣うべきだと思う。


 そして教頭の中島。若くて美人である北條先生に薄汚い獣欲を抱いたのなら理解出来る。

 むしろ変な噂を流されたくらいで彼女を敬遠する男性教師達や男子生徒達に金玉とチンポが付いているのか疑問を感じるくらいだ。


 しかしセクハラが原因じゃないとするなら、鈴中を使ってまで北條先生の悪い噂を流して校内で孤立させようとする奴の執拗さは何処から来ているのだろう?

 この件には何か大きな謎が隠されている気がする。そして俺はより汚い現実をみる事になるのだろう……と言うと何処かのハードボイルドな探偵みたいで俺の厨二心をくすぐる。



「おはよう」

 目覚めたルーセが子猫の様に細めた目をこすりながら挨拶をする。

「おはよう」

 俺も朝の挨拶を返しながら、彼女の明るい栗毛の髪の中に指を挿し入れて撫でるように梳る。

「今日はレベルアップ?」

「うん。そうだよ……昨日の練習を生かした戦い方をしてね」

「わかった。ルーセ頑張る」

 火龍討伐までのスケジュールが決まったことで前向きになっているのが助かる。


「じゃあ、今日も頑張っていくか」

 ルーセを抱き起こしてからベッドを降りると、背中に飛び乗ってくる重みがずしり。

 そのまま上へと登ってくるのを放っておくと両肩の上にしっかり座って頭の上に両手を置かれる。

「出発しますよお嬢様」

「うん!」

 裏庭の水場まで肩車でルーセを運ぶ……なんて事は無いが、ほっと心の安らぐ時間だった。


 朝食を終えた俺達は、村を出ると森の奥深くまで入った。

 長剣を振り回して大型の獲物をぶった斬る様子を見られるのも色々と問題かと思うが、それ以上にルーセの長剣が何処から持ってきたのかと聞かれるのが困る。


 俺がこの村に来た時は、二体のオークの死体を草のソリで引っ張り槍を担いでいた。長剣など持ち込めるはずもない。それにこんな小さな狩人達が集まる村で長剣なんて物を売っているはずも無いのだ。


「今日はルーセの大好きなレベルアップです。オーガなどの大型の獲物を中心に狩りますが、先程も言ったように力技にならないように注意して狩りを行ってください」

「分かりました!」

 今日の目的がレベルアップのためテンションの高いルーセは、長剣を頭上に掲げて元気の良い返事が返えす……本当だろうな。イマイチ信用出来ない。

 ふとルーセの長剣に目をやると、全く刃毀れが無い事に気付く。オーガ、トロールさえも骨ごと両断にするルーセの蛮用をもってしても刃毀れしないとは、俺の初期装備って本当は凄いものだったのかもしれない。


 【装備品】や【所持アイテム】での物品の説明も切れ味がいいとか、とても丈夫とか品質に対する説明があっても良いのに、何処か不親切と言うよりは、そこまで親切にしてやる義理はないよと突き放している感じがする。

「じゃあ、行くか?」

「おう!」


 既に森のかなり奥まで踏み入れている。何度もオーガに遭遇して倒しているが、やはりトロールは狩り尽くしたのかもしれないと思うほど出会わない。

「ところで気になったんだけど?」

「何?」

「この森ってオーガが多いよね。オーガが何匹も来たらコードアの皆はやはり避難するの」

 オーガはネハヘロでは現れたという情報が入っただけで代官が逃げ出す騒ぎになったほどの魔物だ。

 コードアの住人達の多くは屈強な狩人達だが、彼らの獲物は弓であり頑強な肉体を持ち、戦闘意欲の高いオーガに対しては無力とは言わないが、有効な武器とはいえない。

「村は臭いから大丈夫」

「臭い?」

「むぅ。リューは鼻が悪い」

「……もしかして、あの変な臭いのこと?」

 確かに最初に村に入った時に、何と表現するべきか、甘いようなすっぱいような香ばしいよなともかく奇妙な臭いがしたのは憶えている。


「そう。エルピトルムの実の臭い。砕いて潰して撒くと魔物は嫌がって寄って来ない」

「寄って来ないって、臭いを嗅いだら苦しむとか?」

「そこまで効かない。嫌がるだけ」

 一瞬、火龍の巣にぶち撒けたらどうなるかと思ったが、それじゃあ単に巣に寄り付かなくなるだけで火龍の居場所が分からなくなるだけでメリットが無い。


「そうか……どうやらお客さんが来たみたいだ」

 此処まで森の奥に入ると、広域マップも六割以上が未表示になっているが、逆にルーセはオーガが多数生息する森の奥まで弓一つを武器に狩りに来ていたという事だ。狩人としてのルーセの腕と経験は凄まじいものだと改めて実感する。

「リュー行こう」

「はいはい」

「はいは一回!」

 ……それって異世界でも言うんだね。



「ここから北は行ったことが無い」

 ルーセの言葉通りに、広域マップでは北より上は全て未表示状態になっている。

「この先は駄目。村ではそう言われている。でもルーセはリューと一緒なら行けると思う」

 常人である村人達が危険と判断する場所でも、異常人である俺とルーセなら何とかなる可能性は高い。勿論、火龍クラスの魔物が出てこない事が前提だけどな。


「一つ聞きたいんだけど、この先には何が生息してるの?」

「グリフォンにワイバーン」

 両方とも俺もゲームとかで知っているメジャーな魔物だ。

 グリフォン……確か鷲だか鷹の頭と翼を持つ獅子だったよな。尻尾が蛇だっけ? ……それはキマイラ?

 ワイバーンはあれだ。実際の翼竜と同じく腕が翼に進化した小型のドラゴンだな。


「そいつら空飛ぶでしょ?」

「うん、飛ぶ」

「俺飛び道具もって無いんだけど? ……持ってても使えないし」

 いざとなったら矢が当たるまでセーブ/ロードという方法もあるが、俺自身でさえ面倒な上に、今はルーセを繰り返しに巻き込む事になるから、グリフォンやワイバーンに矢が当たる前に、我慢の限界を超えたルーセに俺が殺される可能性が高い。

「ルーセが射落とす。リューが止めを刺す。何の問題も無い」

 そう断言するルーセからは何の迷いも感じられない。相変わらず男前過ぎる。

「分かった。だが無理はしないよ」

「うん!」


「……つか無理じゃない?」

 山肌から崩落した岩石片よって森の緑が侵食されたように開かれた場所で、上空を舞うワイバーンの五体の群れに思わずそう呟く。

 上空五十メートル程の低空を、優に体長七メートルを超える巨体が旋回する様子は戦意を喪失させるには十分だった。


「やる!」

 俺の言葉を無視すると、ルーセは気合を込めて矢を放つ。

 矢は吸い込まれるように、1頭のワイバーンの右翼の羽を支える三本の翼枝──指が変化したものの真ん中の1本を射抜いた……相変わらずの弓の腕前は女ゴルゴ。いや大幅なレベルアップもあり、もはや神の領域に達した感もある。

 翼の膜が捲くれ上がり飛行姿勢を保てなくなったワイバーン錐揉みしながら落下を始め、俺はその落下点を目掛けて走る。

 そのまま落下すれば致命傷だろうが、ワイバーンはもがく様に翼を操り落下速度を落とす。

「畜生!」

 俺は走りながら足元の石ををすくい上げるとワイバーン目掛けて投げる。

 砲丸並みの重さはある石は真っ直ぐワイバーンに向かって飛ぶと、首の付け根の辺りぶつかり、ワイバーンは再びバランスを崩して落下する。

 僅か三メートルほどの高さだったが、着地と墜落の違いは大きい。瓦礫の上に倒れ、翼を不器用に使いながら起き上がろうともがくワイバーンに走り寄るとそのまま首に斬りつけて刎ねた。

 見るからに丈夫そうな鱗とたくましい筋肉に守られた直径五十センチメートルを超える首を一刀両断した事に、我ながら凄い事になったものだと考え、僅かに戦いへの集中が逸れていた。


「リューっ!」

 ルーセの叫びとシステムメニューのエンカウントアナウンスに上を見上げると、二体のワイバーンが絡み合って俺の上に堕ちて来る。

 システムメニューを開くが、既に頭上三メートルくらいで全力で避けても間に合いそうも無い。しかも起きてから一度もセーブしていない……俺の馬鹿野郎!

 こんな状況でも落ち着いて考え状況を整理出来ると言うのはシステムメニューの最大の利点かもしれない。


 絡まり合って堕ちてくる二体のワイバーンの動きをシステムメニューのON/OFF連続切り替えで観察する。

 高度五十メートルからの落下。最初に仕留めたワイバーンから判断するとかなり筋肉質で体重はかなりありそうだ。

 空を飛ぶために軽いとして、ファンタジー生物なので鳥ほどは軽量化されていないので、二体で一トンは超えるだろう。約50mの高さからの自由落下による加速状態だったとすれば10m/s弱で加速しているはずだから、空気抵抗を考えても既に秒速三十メートルほどの速さになっているだろう。

 つまりコンマ一秒で俺の頭に直撃する。

今の身体能力を持ってしても棒立ちの今の姿勢からでは避ける事は無理であり、激突されて生き残るのは無理だ……もしかしたら可能かもしれないが試す気はない。まだ選択肢があるのだから。


 おレの選択肢は【大水塊】だった。

 直径三メートルの水の球を生み出す魔術で、俺は【水球】【水塊】からのつながりに対して、水の球を浮かべるのに必死と批判したが、またもや頼りにしてしまった。

 

 堕ちてくるワイバーン達に重ねるように【大水塊】を発動。

 その場に止まろうとする水の塊、大雑把に一辺三メートルの水の立方体の半分で四トン半の質量に支えらて急速に速度を減じる。


 続いて自分とワイバーン達の間に【大水塊】を発動。

 二つ目の【大水塊】の中へと突入したワイバーン達はさらに速度を失う。


 最後に自分の身体に重ねる様に【大水塊】を発動。

 三つ目の【大水塊】へとワイバーン達が突入する事で、俺を包み込む水は押し出すように俺の身体を外へと弾き出した。

 


 一瞬、水圧によって意識が飛びかけるが素早く立ち上がる。身体へのダメージはそれほど大きくは無かった。

 そのまま、墜落した二体のワイバーンへ止めを刺しに駆け寄るが、既に戦闘能力を失っているのは一目瞭然だったが躊躇うことなくその首を狩った。


 上空を見上げると残り二体のワイバーンは、まだ上空で旋回を続けている。

 現実を受け止める間も与えられずに仲間を失い、戦うか逃げるかの判断すらついていない様だ。

「リュー! 残りまとめて落とす」

「分かった」

 俺が返事を返すと矢継ぎ早ってこういう事なんだと思わず呆れるほど短い間隔で矢を射て、翼にダメージを与えると墜落させる……なんかもう火龍もこれで倒せるんじゃないだろうかと思えてきた。


 墜落した二体のワイバーンの首を落とすと『ワイバーン五体を倒しました』『レベルが二上がりました』と討伐とレベルアップのアナウンスが立て続けにやってきた。


 これでレベルは三十七で目標までは三レベルか……

「リュー!」

 いきなりルーセが飛びついてきた。

「馬鹿! 油断しちゃ駄目!」

 左腕を俺の首に回し、右手で背中を掴んでしがみつくルーセの背中に手を回す。

「ごめん。心配か──いたぁぁぁたぁっ!」

 首筋に思いっきり噛み付かれた。

「ごめんじゃない。反省が足りない」

 一旦首から口を離して、そう言うと再びガブリと噛み付く。

「いたぁぁぁぁいっ! 痛いの! 本当に痛いから止めて! ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」

 俺は首筋を齧られながら謝り続け、最終的には土下座する羽目になった。ちなみに土下座は「こっちが申し訳なく感じるから嫌」との事だった。


 この日の成果によって俺はレベル三十九でルーセはレベル三十七となり、レベルアップの目標はほぼ達成したと言って良い状況になった……あくまでもレベル四十は目安であり、レベル四十になれば強力な魔術を憶えるとか、特別なスキルが身につくと期待していた訳でもない。


 だが、レベル38になった時についに『魔術:水属性Ⅲ/土属性Ⅲ取得』のアナウンスを聞くことが出来た。

 もっとも憶えたのは【浄水】広範囲にわたる汚染された水を浄化する。浄化後の水は名水百選の上位に食い込む美味さ……名水百選って何処の何処の百選だよ!

 思ず叫んでルーセをびっくりさせたが、相変わらず戦闘時に余り役に立つ魔術は憶えられないのだった。

 どうせなら【巨水塊】とか出して【水球】シリーズを極めさせてくれよ……すっかり【水球】シリーズにはまってしまった自分がいる。

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