第33話

 部活を終えて家に帰り、マルと散歩をして心を癒され、晩飯を食べ風呂にも入った。

 ……父さん。母さん。貴方達の息子はこれより犯罪に手を染めます。



 午後十時を回り、こんな時間に玄関から家を出かける訳にもいかない。

 俺はクローゼットの奥からボロボロのスニーカーを取り出すと古雑誌の上で履く。二年前に履いていたお気に入りのスニーカーで捨てられずに取っておいた奴だ。

 これならば足跡から俺を突き止めるのは難しいだろうし、万一疑われても収納してしまえば証拠隠滅にもなる。

 手にはホームセンターで買った作業用の皮手袋。皮手袋にも特有の表面のパターンがあるが、これも収納してしまえば確認の取りようが無い。

 更に慎重を期して、髪の毛が落ちないようにヘアスプレーでしっかりと固めてある。まあDNA検査なんてされるような大事にはする気はないけど。


 自分の装備を確認してから、俺は窓を開けると飛び出して、家の塀の上に猫の様に音も立てずに着地し、そこから道へと降りる。

 周囲の状況は周辺マップで確認している。マップに映る範囲半径百メートル以内の全ての人間と監視カメラを表示させてあり、窓から飛び降りる前にも、こちらに視線を向けている人間もカメラも存在しない事は確認してある。


 俺が住む町は人口三十万の地域の中核となる地方都市。そのせいか町中には結構な数の監視カメラがある事がマップ機能のおかげで気づかされた。

 だが先日マルと一緒に散歩がてらに鈴中のアパートに向かった時に監視カメラの位置と向きは確認してあり、奴のアパートまで監視カメラに写らないルートを進んでいく。


 カメラを避け、出来るだけ人気のない道を選んで遠回りしたため、十五分程度の距離を倍の時間をかけて歩き鈴中の住むアパートの前に着いた。

 奴の部屋は四階建てのアパートの最上階、西端の部屋である。昨晩マップ機能を使って奴がいる部屋の位置は確認したので間違いないだろう。


 窓から漏れる明かりを見ながら、検索対象を鈴中にするが周辺マップの表示にはアパート内にも外にも奴のシンボルは無い。

 広域マップも奴のシンボルは存在しない。まだ完全にこの町を網羅している訳ではないし、もしくは町の外にいる可能性もある。


 しかし誰かは分からないが鈴中以外の人物が奴の部屋の中に入る。

 その者は監視開始時点からずっと部屋の中で動かずに居たが、監視開始十分後に奴の部屋を出た。

 アパートの入り口が見える位置に移動して出てくるのを待っていると現れたのは若い女性……というより俺と同じ年頃の少女だった。

「見覚えがあるな……」

 暗くてレベルアップの恩恵を受けた俺の目でも良く見えなかったが、【暗視】『眼の光感度を約10倍に高める。太陽を直視しないようご注意をお願いします』の力を借りて特徴のある大きな黒目がちの目が俺の記憶を刺激した。


 確か、俺より一つ上の学年で女子剣道部に居た……名前は憶えていないというか、そもそも聞いたことも無い。その程度の相手を思い出せるのもレベルアップのお陰だ。

 だが何故彼女は奴の部屋から? 分からないし分かるはずも無い。ともかく奴の部屋に入って奴の持つデータを消去しておかなければならない。


 俺は人目を避けてアパートの裏に回り込む。アパートの前には住人と思しき人がいて、階段を四階まで上がれば外出する住人と出会う可能性もある。住人の多くない独身者向けのアパートだ見知らぬ人間と遭えば強く印象に残ってしまうだろう。


 奴の部屋のベランダの下に来ると、セーブを実行してから四階にあるベランダの手摺を目掛けてジャンプする。手摺を掴んだら大きな音を立てそうな位飛び過ぎたり、逆に高さが足りなかったりしながら三回目のロードの後の挑戦で、丁度良い高さに跳べる事が出来、素早く策を乗り越えてベランダの中に入り込んだ。

 部屋のカーテンは閉めておらず中の様子が伺える。念のために中を覗き込んで人のいる気配が無いのを確認する。

 そして【闇手】を発動させて窓の鍵を解除する……最大出力がスプーンを曲げる程度なので不安だったが何とかなった。


 ベランダに面する掃き出し窓から中に入ると、そこは居間で男の一人暮らしとは思えないほど綺麗に片付けられていた。

 隣は寝室。奥がキッチンで、その先が玄関という作りだった。


 入ってきた窓の横に据えられた机の上にはスリムなミニタワーのデスクトップのパソコンが置かれている。

「この位置は、あの女が居た場所か……」

 まずカーテンを閉めて外部からの視線を遮るとパソコンの電源を入れる。

 ログイン認証は何も設定していないようでエンターキーを叩くだけですんなりOSのメイン画面が表示される。


 まずは【最近使ったファイル】をチェックする。消されているかと思ったがあっさりと履歴が表示される。

 一番上に表示されている画像ファイルをクリックするが既に消されているようだ。まさかとは思ったが念のために【ゴミ箱】を開いてみると大当たり。

「マジかよ」

 そう呟きながらもお目当てのファイルもあったので【元に戻す】でゴミ箱内の全てのファイルを元の位置に移動させて、再び【最近使ったファイル】から先程のファイルをクリックする。


「おいおい……糞が!」

 画面に表われた画像には先程の少女の姿があった……しかも全裸で、いわゆるハメ撮りって奴だ。

 確認すると鈴中と絡み合ってる動画もあった。

 その画像や動画があるフォルダの名前は【西村】で多分、それが彼女の苗字。それを見た瞬間に浮かんだ考えの通りに、【西村】フォルダと同階層のフォルダ名は全て人物の苗字だった。

 全部でフォルダの数は十三で中を確認すると画像ファイルと動画ファイルのフォルダがあり、その中はそれぞれ別の少女との性行為を撮影したもので、中には俺の同級生や下級生の顔もあった。


 気になってフォルダ内の一番日付の古い動画を確認してみると、案の定だが内容は完全にレイプだった。

 気分が悪くなる。基本的にAV関係はソフトSMまでしか受け付けない俺としては、リアルなレイプ物は完全に守備範囲なんだ。


「参ったな……想像以上、それ以上の糞野郎だ」

 流石に途方に暮れる。

 奴のDドライブ内の厳選データをメールに添付して送りつけて社会的に抹殺するつもりだったが、これは無理だ。これを世間に流したら鈴中の被害者である女の子達が可哀想だ。


 とりあえず奴のパソコンの中の北條先生に関するファイルを検索すると幾つものファイルがヒットした。

 ついでにメールを確認すると、教頭の中島からのメールが数十件も残されている。

「後で確認するか……」

 HDDどころかパソコンごと回収して家で確認する事に決めた。


 しかし先程の動画ファイルにしても自分にとって致命的であるデータを保存している割にはOSのログイン認証といい何の対策も施していない。

 部屋が綺麗に片付いている事から神経質な性格なのかと思ったが、むしろ大雑把というかずぼらにすら感じる。

 試しにパソコンが置かれた机の引き出しを開けてみると中は雑然と物が詰め込まれている。


 つまり、部屋が綺麗なのは汚い部屋で暮らす自分を許す事が出来ないというナルシズムに基づく努力の所産だが、見た目だけ片付ける奴の場合は、自分からどう見えるかよりも他人からどう見られるかを気にするタイプなのだろう。

 するとこの部屋には定期的に尋ねてくる人が居ると言う事に他ならない。つまり……


 隣の寝室へと入る。先程見た画像や動画が撮影されたのはこの部屋で間違いない。しかも周辺マップでカメラを検索すると部屋の各所にはビデオカメラが隠すように設置されていた。


「どうしたものだ……」

 もはや奴を野放しにする気は無い。教職を失わせて社会的に葬るとかそんな生易しい処分ではなく、二度とこのような真似が出来ない状態に奴を追い込まなければならない。

 だが警察に通報して逮捕させるにしても、奴の所業が知られる事は被害者の女の子達からしたら迷惑どころの騒ぎではない……よな。それじゃセカンドレイプだ。


「……殺すか?」

 自然にその言葉が口を突いて出た。

 俺の中では、もはや鈴中をこの世に存在させておく理由が見つからない。

 被害者は一生苦しみ続けるだろう。だが鈴中は逮捕されても一生堀の中にいる訳ではない。

 十年もすれば出所してしまう。

 被害者からすれば恐怖以外の何物でもないだろう。彼女達が結婚して幸せな家庭を築いていたならば更なる悲劇の予感しかしない。


 単に嫌な奴なら、二度と会わずに済む遠い何処かで幸せになって貰いたいだけだが、奴に関してそんな気持ちにはなれない。

 奴が人知れず誰にも迷惑が掛からない状況で死んでくれるというなら万々歳だ。その日を記念日として生涯祝い続けるのも吝かではない。

 そして奴が十四人目以降の被害者を生み出さないと誰が言えるのだろうか?


 奴を改心させる?

 人の心ほど改めさせるのが難しいものは無いだろう。ロボトミー手術の様に物理的な処置を施さない限り確実性が無い。

 恥ずかしくも無く人権派などと名乗ってる弁護士達。つまり、自分と異なる意見の持ち主は人権の敵であると誹謗し、意見を封じる事に疑問すら抱かない幼稚な連中ならば、もしかしたら改心するかもしれないから、新たな被害者が出るまで経過を確認しましょうなんて馬鹿げた事を抜かすだろうが、そもそも加害者の人権が抑制されるのは当然の事だ。禁固刑自体が人権の抑制以外の何物でもないのだ。

「そもそも被害者を十三人にも増やすまでに一度も改心しなかった奴が、今後改心する事を期待とかただの無責任だろ」

 そう吐き捨てた。


 レベルアップして、例えば【洗脳】みたいな使えそうな魔術を憶える事が出来たら良いのだが……ラインナップが微妙すぎる魔術に期待するくらいなら、鈴中が自ら改心する可能性にかけた方がましだろう。

 次に思い浮かぶのは、奴を監禁して社会から物理的に引き離す事だ。

 昔の刑事ドラマで無人島にある非公式の監獄に法で裁けない犯罪者を送り込むなんてのがあったが、中学生の俺にそんな事が出来るはずが無い。


 そこで以前思いついた可能性だが、植物なら生きたまま収納できるが、生きたままの動物は収納できない。この結果を分ける原因は意識の有無ではないかと考え至った時に、動物でも意識の無い状態なら生きたまま収納可能なのではないだろうかという疑問を抱いた。

 しこれが可能なら、鈴中を気絶させて収納し生きたまま社会から切り離す事が出来る。収納中の物は時間経過の影響を受けないようだから、入れっぱなしにしておけば食事を与えるとかの面倒を見る必要も無いので、誰にも気づかれずに監禁を続ける事が出来る。


 だが、これにも問題がある。俺が死んでシステムメニューという機能を維持出来なくなった場合だ。

 まだ俺の死と共に【所持アイテム】の中の物も一緒に消えてくれるなら良いのだが、俺の死と同時に中のものが辺りに撒き散らされる結果になる場合は拙い。

 数十年後に俺の寿命が尽きた時……天寿を全うするつもりだよ。奴は今と同じ肉体のまま解放される事になる。その後しばらくは色々と大騒ぎになるだろうが、普通の生活を始めた奴は再び害悪を垂れ流し始める……何の解決にもなっていない。


 次のアイデアが浮かばない……物理的に去勢して両手両足を二度と使えないようにし、眼球と声帯も破壊……これでは殺すのと大して違いが無いし、何よりも、そこまでするなら一思いに殺してしまった方が俺も精神的に楽だ。基本的に俺のSッ気は、精々が言葉攻めくらいまでしか機能しない。


「やはり殺すしかないのかな……」

 やはり幾ら考えても結局は其処にたどり着いてしまう。

 殺人か……ちょっとハードルが高い。鈴中が稀にみる糞であると言うのを差し引いても躊躇われる高さだ。

 冷静に考えてみて、奴がゴブリンやオーク、オーガ、トロールに比べて上等な存在だとは思えない。森林狼や鹿モドキ、猪モドキだって奴に比べたら尊敬出来る存在だろう。

 それにも関わらず踏ん切りがつかないのは、俺が自分が思っていた以上にモラリストだからなのだろう……いかん自分で笑ってしまったよ。


 とりあえずだがパソコンは収納してしまう。最悪奴を警察に突き出すことになった時、この中のデータが必要となる。

 そしてマップ内で『SDカード』『USBメモリー』などの外部記憶媒体を検索して居間や寝室にある全てを回収する。念のために『スマートメディア』や『MO』などの既に使われているとは思えない記録メディアも執拗にチェックしていく。そして『DVD』『CD』などの円盤も内容を確認せず全て収納。それから寝室のビデオカメラの類も忘れず全て収納した。


 しかし何故かスマートフォントとSDカードがトイレの中に表示されている。

 嫌な予感がしたが中を覗いてみると洋式の便器を抱え込むように倒れた鈴中が居た。

 トイレの中で背後から何か硬い物で後頭部を殴られたのだろう。頭部から流れた血液が便器の中に流れ落ちている。

「何て急展開だ……」

 一度キッチンに戻りゴミ箱の中をあさってコンビニ袋を取り出すと、再びトイレに戻り手袋を外してコンビニ袋の中に手を入れて、袋越しに奴の頚動脈の辺りを触れてみる。


「脈が無い……か」

 当然だ、鈴中はマップ機能で表示対象に指定しているのに表示されていないと言う事は、倒した魔物が表示から消えるように死んでいると言う事だ。


 それでも何度か場所を変えて確認するが脈は取れなかったので死んでいると結論付ける。一瞬躊躇ったが、あえて人工呼吸とか心臓マッサージなどの救命行為はしない。

 犯人は疑う事無く西村って先輩だろう。壁に飛び散った血痕はまだ乾ききってはいないのだから……レイプされた挙句に、その状況を撮影されて、それをネタに脅されてその後も関係を強要された挙句の犯行と考えるのが自然だ。

 そんな目に遭わされた挙句に殺人の罪まで負わされる……はっきり言って理不尽だ彼女に対しては同情の念しか浮かばない。

 むしろ、どうしてもう1日早く動いて、俺の手で鈴中を殺しておかなかったのかと申し訳ないとすら思う。


 だから俺は彼女の罪自体を無かった事にする。鈴中には突然の原因不明の失踪を遂げて貰う事にした。

 奴を救命しなかったのも万一奴が蘇生して西村先輩が殺人未遂の罪に問われるのが納得出来なかったからだ。

 失踪して二度と世の中に現れる事が無く、やがて世間から忘れ去られる。それが鈴中に相応しい人生の幕引きだろう。


 鈴中の遺体を収納し、マップ機能で血液を検索して飛び散った血痕や便器の中の血の混じった水も【操水】で全て集めてゴミ回収袋に入れて収納する。

 それからは部屋の中の物を一切合財、塵一つ残さずに回収する作業を続けた。

 失踪事件として片付けるのに、警察が奴の失踪と誰かを繋げてしまいかねない様な証拠になる物を何一つ残す気は無い。

 収納作業は実際の時間では三分で終了した。

 システムメニューを開いた状態での収納は、半径一メートル以内なら手で触れずとも対象を意識するだけで収納が可能な上、にその間は時間が経過しない為だ。


 部屋に何もなくなった状態で、掃除道具を取り出して床や壁、スイッチや蛇口の栓など人が手で触れていそうな物は全て拭き取って指紋を消していく。

 一時間半ほど掛けて掃除を終えると、掃除道具も収納し、最後にトイレの水を流して排水溝へと流れ込んだはずの血液も洗い流す。

 死体が無い以上は、殺人事件ではなく失踪事件としてしか扱われない。

 なので、もし警察が事件性を見出して調べるにしても、この部屋の中、しかもトイレで鈴中が殺されたという確信は無いのだから、排水溝の中まで調べないだろうが少しでも可能性が残るなら消しておくに越した事は無い。


 玄関の鍵を掛けて、部屋の明かりを消してカーテンを開けると、窓からベランダへと出る。窓を閉めて、再び【闇手】を使って窓の鍵を掛けて密室を作り上げる。

 意味は無いが何となくそれが形式美の様な気がしただけで、そうした方が鈴中自身が家財道具全てを引き払って失踪したと思われそうだとか考えた訳ではなかった。


 ベランダから降りて外に出ると既に深夜一時を過ぎている。

 周囲に人影は少ないが監視カメラは二十四時間体制で、それに今の時間なら警察に職質を掛けられたら補導される可能性もあるのでマップ機能で周囲を警戒しながら慎重に家路をたどった。


 それにしても鈴中が手を出したのは、見覚えのない人物もいたがすべて中学生くらいだったので、普通に考えたなら奴はロリコン教師以外何者でもない。ならば何故、ロリコンの分際で北條先生にしつこく付き纏っていたのか疑問が残る。


 ほとんど音も立てずに自分の部屋に忍び込んだが、何に気づいたマルが二階の廊下で吠えて母さん叱られていたのを、俺は無視して眠った。

 そうせずにはいられないほど心が疲れた……ごめんなマル。

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