影のないストーカー

Sanaghi

Act1「Set up」

第1話「黒川は夢を夢のまま叶えてしまった奴だ」

 現実の探偵は。


 現実の探偵は、昔の探偵ミステリー小説(ちょうど、エルキュール・ポワロやシャーロック・ホームズ、日本でいうならば明智あけち小五郎こごろう金田一きんだいち耕助こうすけ)のように、現場に残された手かがりを探し、容疑者たちから話を聞くなんてしない。謎を解くための手かがりである点とまた別の点を線につなげ、真相に辿り着き、推理を披露ひろうし、犯人を捕まえて大団円。といった華々はなばなしい活躍はありえない。


 科学技術の発達、捜査プロセスの最適化――つまり、警察の捜査能力か格段に上昇がした現代。もし、安楽椅子あんらくいすに座ればそれはゆりかごとなって君は眠りについてしまい、起きた頃には事が済んでいるだろう。安楽椅子探偵? そんなのはありえない。


 そもそも、日本の法律上、探偵は小説のようなことは許されていない。探偵業に依頼できる内容は「浮気・不倫の調査」、「素行そこうの調査」、「家出、行方の捜査」などが精々。警察の協力は許されていないのだ。まして、ふとやかな体型をした警部補けいぶほが「〇〇君、奇妙な事が起きた。君の知恵を少し貸して欲しい」なんて絶対にありえない。その探偵像はフィクションで、虚像きょぞうで、非現実的なのだ。


 そう、非現実的だ。だから俺は彼に言ってやったのだ。


「そんなの誰もやらねえぞ」


 と、一笑いっしょうすように。あざけるように。認めよう、あの時の俺は嫌味ったらしかったかもしれない。職を失ったばかりだったからな。


 しかし、世の中には奇特きとくな人間がいることについて、俺たちは重々承知じゅうじゅうしょうちしなければならないだろう。もしくは夢見がちな性格の人間がいることについて。

 もっと詳しく言えば、フィクションの探偵像に憧れを抱き、それを叶えるだけの時間、財力、知能をそろえた人間。そういう人間がいないとは限らない。だって日本は一億以上の人口を誇るのだ。そんな人間の一人や二人、いてもおかしくない。


「そう、どうせ誰もやらないんだったら。僕がやろうじゃあないか」


 と言うやつがいても、おかしくないのである。

 この物語の主人公、黒川英一くろかわえいいちは小説の名探偵に憧れ。その夢を、夢のままで叶えてしまった青年であった。

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