スケダチ

水野 蓮

SS.1 最悪の告白




「僕とスケベしてください!」





 考えうる限り最悪の告白の言葉だった。

 口に出した瞬間に、僕は自分の死期を悟った。

 思っていることが口に出てしまう、そんな経験は誰にでもあるだろう。

 でもなんで今なんだ。

 なんだ、スケベしてくださいって。

「私は変態です」の言い換えか?いっそその方がまだ良かったのかもしれない。


 僕の言葉を聞いた彼女、風野かざの恵理えりはその小さな顔を真っ赤にして僕を見つめていた。そりゃそうだ。

 そして数秒見つめた後、俯き、体を90度回転させ、そのまま黙って廊下の方へ走り出していった。


 終わった。

 17年生きてきたけど、この絶望感は初めてだった。

 夕暮れの中、誰もいない学校の図書室で告白に見せかけたセクハラ発言。

 警察沙汰になってもおかしくない話だ。

 が、今更取返しもつかない。

 僕は四肢を投げ出し、床に倒れこんだ。


「なんで、こんなことになったんだろうなぁ…」


 そして、この現実から目を背けるが如く、事の顛末を振り返りだした。




***




 私立 拍二はくじ高校、偏差値58、都心からはちょっと離れた典型的な私立高校。

 その一生徒が僕、かがみ英之助えいのすけ

 成績は平均よりちょっと下、スポーツは全くできない、いわゆるモブキャラみたいな立ち位置の一人だ。


 今日もいつも通りの時間に僕は登校していた。

 

 「鏡~」


 そしていつも一緒に登校しているこいつは佐々木ささきゆう

 学年トップ5に入る成績優秀者、スポーツ万能でさらに生徒会長も務め、クラスでは人気者。まさに名は体を表すといったところか、超模範的な優等生である。

 僕の数少ない友人。

 僕みたいなモブキャラとは正反対の立ち位置にいる彼となぜ友好関係を築けたのか、その理由というのは。


「お前さっきあの女子のパンツチラチラ見てただろ」

「見てないよ」

「嘘つけ絶対見てたぞ」

「見てない」

「何色だった」

「白」

「最高かよ」


 下ネタ。


 というのも僕ら二人はムッツリスケベなのである。

 ゲームセンターで取ったフィギュアで最初に確認するのは造形よりパンツの色。

 録画したアニメでパンチラシーンが一瞬でもあろうものなら、コマ送りを繰り返して、その瞬間をじっくり拝む。

 また、おっぱいの最高な大きさと形で一日中議論したことがある。

 けど、僕が巨乳派、優は貧乳派だったため議論は平行線のままに終わった。


 そんな感じで、会えば開口一番に下ネタが飛び出す関係なのである。

 ただ、僕はまだしも、クラスの人気者である優はうかつにクラス内でそういう話題を話すことができない。僕以外でそういう話をしたことはないらしい。

 その分、僕と会った時には最大限に発散しているようだ、僕は僕で勉強を教えてもらったりとか、忘れ物した時にいろいろ貸してもらったりしているので、これはこれでいい関係である。


 そうやっていつも通り二人で通学路を歩いていると。


「おい、英之助、いたぞ」

「いたって……アッ!」

「お前の大好きな風野さんでしゅよ~」

「やめろ馬鹿!」


 前方に見える、僕らより少しだけ小さな少女の影。

 風野恵理さん、その人だった。


 僕は彼女に恋をしている。

 日本人を意識させる真っ黒な髪、それでいて無駄に伸ばさないショートボブ。

 右目だけを少し隠すように伸びた前髪は彼女のお気に入りなのだろうか。

 そして小動物のような可愛げのある小柄な体とは裏腹に、ブレザーの制服がしっかり似合う真っすぐな姿勢。

 彼女の一つ一つが僕の好みで、最初から一目惚れだった。


 実際、男子の中ではクラス一とはいわないが、ひそかに注目を集める隠れ美少女である。しかし、普段から周りと距離をとっているためか、友人ははっきり言って一人もいないようだ。無口で、クラスでは必要最低限のことしか話さない。

 でも、僕はそこも含めて彼女のことが好きなのである。


「つーかお前、風野さんと接点あったか?」

「図書委員ぐらいかな」

「まじかよ、それなのに好きなのか?」

「好き」

「付き合いたいとかは?」

「付き合いたいけど僕ぐらいでは相手にしてもらえないだろうね」

「告白しとかないと後悔するぞ」

「それはそうだけどさ」

「図書委員も今日で交代だし、今日告っちまえよ」

「今日!?」

「ヘタレ英之助君は今日逃したらいつ告白できるかわかんねぇしな」

「…」


 図書委員は週に一回、図書室で本の貸し借りのサポートと室内の清掃、また古本の整理などを行う。またここの高校は、各クラスごとに図書委員を2カ月ごとに選出する。

 大抵はやったことのない人が抽選で選出されるのだが、前回の抽選でちょうど僕と風野さんが当たったのだ。

 僕も最初はこれは告白のチャンスかと思ったが。


「…風野さんは好きな本とかあるの?」

「特には」

「……本は好きじゃない?」

「どちらでも」

「………学校楽しい?」

「別に」

「…………」

「時間ですし、帰りますね」


 告白どころか、世間話すらろくにできない状況だった。

 この状況はさすがの僕でも厳しいものがあり、以来、仕事以外の話はしていない。


「告白以前に話ができないんだよね」

「じゃあもうすっ飛ばして告白すればいいんだよ」

「なんでそうなる」

「人間、恋も性欲も勢いが大事だぜ!」

「えぇ…」

「まぁ最初から期待してないからダメもとでいっとけって」

「酷ッ!?」


 そりゃあんな清楚美少女に僕みたいなムッツリスケベが似合うわけないけどさ、もう少し友人として気をきかせてくれてもよかったんじゃないか?



***



 結局そのまま時間が過ぎ、気づけば放課後の図書委員の仕事の時間になっていた。

 今日は図書室は休みらしく、貸出業務はしなくていいから古本整理をしてくれとのことだった。

 幸か不幸か、風野さんと図書室で二人きりになってしまった。


「やるしかない…か」


 僕は意を決した。

 古本整理の作業の最中、風野さんに声をかけた。


「…風野さん」

「なんですか?」


 普段無口なせいもあって、風野さんの言葉は淡々として冷たく感じる。

 それでも負けじと僕は言葉を紡いでいく。


「今日この仕事終わったらさ、ちょっとだけ話したいことがあるんだ、聞いてもらえるかな?」

「今じゃダメですか?」

「うん」

「分かりました」


 それだけ言うと風野さんは元の作業に戻っていった。


 この時点で僕は既に負けを予期していた。

 今までの関わりはこの図書委員だけ、そして今のこの塩対応。

 告白が成功するビジョンは何一つとして見えてこなかった。

 それでもと僕は自分を鼓舞しつつ作業を進めていった。


「終わったぁ~」


 そして一通り作業を終えたところ。

 僕は風野さんへ告白する心構えをしていた。

 結果がどうなろうと、ちゃんと自分の思いを伝えるんだ。

 そう決めていた。




 が、次の瞬間、その決意は大きく揺らぐ。



 

 古本整理でついた埃を払おうとしたのだろう、風野さんが制服のブレザーを脱いで。


「それで、話って?」


 と話を切り出そうとこっちを向いたその時である。



 ぶるん!!!



 鏡英之助に稲妻のような衝撃が走った。


「おっぱいでけぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 突如、目の前におっぱいがカッターシャツ越しにドーーーーンと出てきたのである。

 ドーーーンって、ぶるんって。


 なんだこれは。

 おっぱいとともに僕の決意は大きく揺らいだ。

 頭の中がおっぱいでいっぱいになった。

 絵に描いた巨乳とはこういうことか。

 ブレザーに隠されていたその巨乳は、カッターシャツからはちきれんばかりとは言えないが、正確なサイズを認識するのには十分なほど膨れていた。

 推定D以上、いやEカップはあるだろう。


「こんな…アニメみたいな隠れ巨乳…いるんだな…」


 僕はこの時初めてリアルの良さを認識した。

 と同時に、隠れ巨乳の破壊力に衝撃を受けた。

 おかしい、ブレザー着てた時はこんなはずじゃなかったのに。

 黒髪清楚無口系美少女が隠れ巨乳?

 童貞のムッツリスケベな高校生にはあまりにも強すぎる衝撃だった。

 


         無      理    。



 今にも鼻血が噴出しそうで、興奮を抑えるのがやっとな状態で。


「このおっぱいで図書委員は無理でしょ」

「一回でいいから触ってみてぇ…むにゅって音出そう」

「いや頭をうずめるのが先だろ」

「見てるだけでも満足だけどな」

「ブラの色も確認しなきゃ」

「黒でしょ」

「は?ピンクに決まってんだろ」

「ワンチャンノーブラ説」

「「「「「「まじ????」」」」」」


 僕の頭の中では神経細胞の一つ一つが変態としか思えないような言葉を発して会話を繰り広げていた。


「いやもうこれいくしかねぇだろ」

「誘ってるでしょこれ」

「今なら何やっても許される」

「スケベしろ英之助!」

「そうだそうだ!」

「「「「「ス・ケ・ベ!ス・ケ・ベ!」」」」」


 そして意見が収束するかの如く頭の中にスケベコールが響き渡り始めた。


「か、風野さん…」


 うるさい。

 僕はなんとか正気を取り戻した。

 僕は風野さんに告白しなきゃいけないんだ。

 今日を逃したらもういつ告白できるか分からないんだ。

 予行演習だってしてきた。

 簡単だ、「僕と付き合ってください」たったそれを言うだけじゃないか。

 たとえ振られようとも、これだけは言わなきゃいけないんだ。


「僕と付き合ってください」

「僕と付き合ってください」

「僕と付き合ってください」


脳内でそれを反復する。


「僕とつきあってください」

「僕とつきあってください」

「僕とつきあってください」


あぁでも…


「僕と……………ください」

「僕と……………ください」

「僕と……………ください」


一回ぐらい…




「「「「僕とスケベしてください!!!!!」」」」




スケベ…したいなぁ…。




こうして僕の人生は(社会的に)幕を閉じた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スケダチ 水野 蓮 @hiki0117

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ