94話 予期せぬイベント

 練習を始めて2週間ほどが経ち、全員がそれぞれのパートを問題なく弾ける程度にまでは既に上達していた。


「そういやカバー曲だけでいくのか?」


「そのつもりだよ、流石に作曲の経験は無いし音楽理論も分からないしね」


「音楽理論ってのはそんな大事なモンなのか?」


 バートが首を傾げる、音楽理論は大事というのはよく耳にする為に実際それが大事なものであったというのは間違いないだろう。

 しかしここでクリフが意外な返答をする。


「確かに大事だ、でも同時に音楽理論は邪魔にもなる厄介者だ」


「厄介者? というかクリフって作曲もしてたのか?」


「軽くな……音楽理論ってのは先駆者達も必要だとか不必要だとか言われてるもんでな、縛られれば量産型みたいな音楽ばかり生まれるのは事実、でも無視すれば意味の分からない物がまたドンドン出てくるってのが問題だ」


「結構面倒なんだな、音楽って」


「ま、最終的に楽しければいいと思うけどな、好みは人それぞれつってな」


「クリフ作曲できるならオリジナルも出来るんじゃないかな!」


「難しいな、期間が無さすぎる……曲作りも練習もな、やるならまたの機会だ」


「うう、残念」


 サラの声はボイトレのおかげかかなり通る声が出るようになっていた、この声ならば多少の喧騒の中でもしっかりと聞き取る事が出来るだろう、そんなことをすれば周りの人に迷惑ではあるが。

 俺も生前苦手だった耳コピも出来るようになり、指もかなり動くようになってきた、練習して目に見えて成長を感じられるというのは非常に心地いいものだ。


「どうだクリフ! 俺のギターもかなり様になってきただろ!」


「あぁ、前の世界でこの成長ぶりなら間違いなく天才だ」


「はっはっは! だろう!」


 バートがかき鳴らすギターにアドリブでクリフが合わせる、それを見ていたカリーナが自然とベースを鳴らして2人の間に調和を作り出す。


「音楽ってすごいですね、まるでもう一つの言語のようです」


「音楽は世界共通語だって割とよく聞いたな、カオリはドラムの調子どうだ?」


「私はぼちぼちといったところですよ、ただ始めた頃よりは上手くなれているとは思います」


 普段が二刀流という事も影響しているのかは分からないが彼女のスティック捌きは滑らかだ、複雑なリズムでもその難しさを感じさせないような軽快な動きで彼女はドラムを叩く。

 もうそろそろシーグル達にライブについて直接話してみるのも悪くは無いだろう、正直場所さえどうにかなれば俺としては問題ないのだが。


「そういやエリス、思いついた事があるんだがいいか?」


「ん、何だ?」


「ステージの演出もどうせなら考えてみないか? 金はあるんだ、多少無茶をしてもどうにかなるだろ」


「ガチなヤツをするのか? こう、炎がブワーッと出たり何か爆発したりライトがピッカピカするような」


「語彙力が吹き飛んでんな、まぁそういうやつだ、魔法制御を使えば俺達でする事も可能だろうけどな」


「なるほどな、となると屋外ライブが良さそうだな、広場とかそういう」


 何の気なしに始めた音楽活動だが、割と本格的なものになりつつあった。


 後日シーグルに話をすると苦笑いしつつも訓練場をそっくりそのまま貸してくれるという事になった、ここであれば警備にイチイチ出て行かなくて楽というのもあるのだろうか。

 条件としてイベントはこちらである程度組み立てると言われたが、この時の俺は特にそれを気にはしていなかった、俺はホイホイと了承しいつも通り練習へと戻る。

 何気に出費は小さいものとは言えない額ではあったが、今の俺達の懐からすれば大した金額ではないのは確かだ、大々的に広告もしてくれるらしくかなり大規模な音楽イベントになりそうな気配がしていた。


 更に後日、部屋で適当にボカロ曲を弾いて指を慣らしていると勢いよく扉が開かれてサラが部屋へとズカズカと押し入って来た。


「エリス!」


「どうしたサラ、そんな慌てて」


「どうしたもこうしたもあるかっ!! ここまで派手に宣伝してくれとは言ってないぞ!?」


「んー……? げ、マジかよ!?」


 サラが手にしていたビラにはアルフヘイムとミズガルズ共同の音楽祭のビラだった、日程は豪華2日間、初日にアルフヘイム、2日後にミズガルズで両国の音楽家が参加するというイベントだった。

 問題はスペシャルゲストとして俺達の名前がデカデカと書いてある事だろう。


「エリスさん!」


「エリス!」


「シーグルに投げたのがダメだったか……本当に申し訳ない」


「決まっちまったもんはどうしようもない、大勢の前で振るうモンが武器から楽器に変わるだけだろ?」


 バートは大して気にしている様子は無いようだが、カオリとカリーナからの視線は正直かなり痛い、恐らく国としては和平だとか何だとかでこういう形をとったのかもしれないが、俺達にかかるプレッシャーは下手をすれば戦争の時よりも大きいというのは全員が感じているようであった。


 予期せぬ大イベントの為に曲のレパートリーも増やす事が急遽決定した。

 ライブの日まで休みらしい休みは無く、ただただ練習に打ち込む事となった。

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