第2話

「退屈だ……」

 ジェリコが言った。顔は装甲に隠れて見えないがその声から不機嫌さが感じ取れた。携行型M4重機関銃と追加のケージ装甲を纏った弐番機だ。


「帰りてぇ、酒が飲みてぇ。こんなクソ暑くて。クソ何にもねぇとこはうんざりなんだ」ジェリコは吐き捨てるようにして言った。「ちゃっちゃと終わらせて、今頃は北のオアシスで冷えた酒の強いアルコールで、肌じゃなくて喉を焼いてる筈だろ。隣には女がいるはずだったんだ。なのになんで俺はまだこんな荒野を歩いてて、クソ田舎町のしけたバーでぬるい酒なんかを……うんざり……本当、うんざりだ」


「おいマックス。ジェリコがなんか言ってるぞ。ついにスーツがお釈迦になっんじゃないのか? きっと茹蛸みたいに真っ赤になってるに違いないな!」ジーンがおどけた調子で言った。

ジーンの番号は四。武器はE03式超電磁加速銃だ。


「アホ。俺のスーツはまだ死んじゃいねぇ。冷房だって効いてる。……それより茹蛸ってのはなんだよ?」ジェリコは、おどけた様子でバイザーをこじ開けようとするジーンの手を払いのけながら言った。


「蛸だよ。知らんのか?」

「蛸ぐらい知ってる。俺が聞いてるのは何で蛸を茹でるのかってこだよ」

「食べる為に決まってるだろう。それ以外にあるか?」

「食べる? あれをか!? グネグネして鱗も無い、骨も無い。気色の悪いあれをか!?」

「あぁ……お前あれか。宗教で食うなとか言われてんのか」

「しゅうきょう? 笑わせんな、俺が信仰を捧げるのは金だけよ」ジェリコは左手で金のサインを作ってみせた。


「じゃあなにか。好き嫌いか? それもと偏見? どっちにしろ良くないなぁそういうの。何事も試してみる。そのうえで判断を下す。知らずに決めつけるのはバカのすることだぜ」ジーンは大げさに肩をすくませて見せた。

「そうかよ。……で、お前は食ったんだろ? どうだったよ」

「不味い。あれが好きだっていうミヤコの気が知れねぇよ。」

「結局、同じじゃねぇか」ジェリコは吐き捨てるように言うと何かに気づいたようだ。

「……いや待て、ミヤコと行ったのか? 二人きりで?」スーツ越しに聞こえるジェリコの声は怪訝な様子だった。

 ジーンのHUDに文字が表示された。そこには“めんどくさいから黙っとけ”と書かれていた。

「あ……あー。蛸の上に乗った緑の調味料は美味かったな。名前は何だったか……」

「おい、下手な話題の替え方は止めろ。さてはマックスも……」


「二人ともおしゃべりはそこまでだ。何か近づいて来てる」

先頭を歩くマックスが何かに気づいた。ジェリコとジーンも耳を傾けた。


Thud……Thud……. 


間を空いて聞こえる重い音、アスファルトを砕く音。歩行戦車の足音だった。

「跳躍しながら……まっすぐこっちに向かってくる。おそらく四メートル級」

遠くから伝わる音とセンサーが感知した地面の振動を元にマックスは分析していた。

「ようやく来たか」「よっしゃ! 待ってたぜ!」ジーンとジェリコ。そしてマックスは武器の安全装置を解除し、スーツを戦闘モードへと移行させた。

「撃つなよ。情報通りなら不意をつけるはずだ。だが一応、直ぐに回避できるようにはしておけよ」


 マックス達三人は立ち止まり地平線の先を見た。熱気に揺れる蜃気楼の中に獲物の姿が見えた。

 一回の跳躍で八十メートル。数十回の跳躍へてそれは三人の前に着地した。現れた自立兵器は強靭な足で大地を蹴るグラスホッパーだった。荒野に似つかわしくない灰色の塗装。動物の獣脚を模した脚部。その上には戦車の上部構造に似た平たい頭部が載り、チェーンガンとレーザー砲が備えられていた。


Beep!Beep!

「こコココ……はアメリア軍の、軍ノ……地であ……武器ヲすすス捨てとと……せよ」


 喧しい警告音と共にスピーカーからノイズ混じりの狂った音声が三人に向けられた。

 認識機能は生きており、直ぐには攻撃せずに警告するくらいの知能は残っているようだ。事前に仕入れていた情報通りであった。

(やはりどこかの廃基地から流れてきたな)(GPSが狂ってるんだ。ここらが基地だと誤認してるようだ)マックスの後ろでジェリコとジーンが暗号通信で会話していた。


「我々は特殊任務中だ。ここに身分を証明するものがある。今から掲示するからスキャンしろ」

 マックスは腰から端末を取り出し、グラスホッパーのカメラに向けて見せた。

 端末には3Dバーコード。中身はでっちあげの作戦指令だ。

「ししシ令、指令をかかっかカカ……」

グラスホッパーは不自然にガタガタと震え始めた。ウィルスが効き始めたのだ。嘘の作戦司令の裏に巧妙に隠されたミヤコ特性のハッキングウィルスだ。

「やったな!」

「急いで動力を破壊しろ。長くはもたないぞ」

「分かってるよ」

ジェリコをマックスは急かした。


Peep! Peep!


 マックスのHUDに表示される警告表示。警告音。グラスホッパーの背後、揺らぐ地平線で何かが光った。

直後、赤い閃光がマックスの手に持った端末に命中!端末は溶けて爆ぜた。

「ちくしょう! なんだってんだ!」

ハッキングは中断されグラスホッパーが動き出した。

ジェリコとジーンは瞬時に銃を構えた。マックスは先ほどの衝撃で怯み反応が遅れていた。


Beep! Beep!


「トと当機に不正な接続をかか確認。脅威度上昇。排除シシままます」

 チェーンガンから弾丸が闇雲に発射され、地面にいくつもの穴を穿った。

「危ねぇ!」ジェリコのそばを弾丸が掠めた。

 ジェリコは跳躍して距離をとりジーンもそれに続いた。

 少し遅れてマックスも跳躍し離れた。

「二機いるなんてあの依頼主は言ってなかったぞ」

端末を破壊した赤い閃光は同型機の存在を意味していた。


Bleep! Bleep!

「友軍機に……不正な接……を確認。排除しまス」

 三人に地平線の二機目の音声は届いてない。だが何をして来るかなど分かり切っていた。

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