惑わす花
槙田 華
桜
春と呼ばれる1年で最も麗らかな日々にそれは桃色の雫を落とす。それは信じられないくらい美しいと、誰もが言う。しかし考える間も与えない程はやく、その美しさは地面へと吸い込まれていく。やがて日が一日中照る頃には青々とした葉を煌めかせ、冷たい風が吹き始める頃には、その蒼を捨て新たな色を私たちに教え、吐く息が白くなり始めると、その腕に白い衣を纏う。
そして、朽ちたかと思われたそれは、地底に埋まった命の源から、トロトロとした、ギラギラしている水を吸い上げ、また同じ事を繰り返す。少し薄手の上着を出す頃にはまた腕いっぱいに蕾を抱えて春を知らせる。
その連鎖は当たり前に見えて、その根底にある凄まじい生命力は一体何処から来るのだろうかと、私達に想像させる。
脆く儚い花は私達に美しさを。
青い葉は溢れ出す力を。
茜色の絨毯は、朽ちる切なさを。
雪を纏った枝は寒さがもたらす寂しさと温もりの大切さを教えてくれる。
命の巡りがどんなに素晴らしいかを。
私はいつもその蕾を見ては冬が行ってしまう悲しみと春の訪れへの期待が共存する心を持て余してしまう。昔は季節に置いて行かれるという感覚が分からなかったけれど、今なら分かる気がする。いつも、私に季節を告げるのはカレンダーではなく桜だった。桜は何も言ってはくれないけれど、側にいてくれる大切な存在。誰しもそういう存在が必要だと思うし、人で無くともそれは良いと私は思う。その思いに応えてくれなくとも。存在に意味は無い。意味を持たせるのは私自身なのだから。
惑わす花 槙田 華 @kannoseika
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