第20話 ソオヘ
街の入り口で馬車を待つ。
ソオヘまで徒歩を覚悟していたが、エリーからお金を貰ったのだ。
レベル上げの際に大量のモンスターを倒した事で、そのお礼金が発生したというのだ。
モンスターからドロップするのではなく、倒して街の安全を確保する事で街の人々からお礼金が発生するらしい。金額は倒したモンスターの数に比例して増えていく仕組みで、今の俺は一生遊んで暮らせる程の大金持ちになっていた。
「ね~正樹~。私欲しいアクセサリーがあるんだけど~」
鞘華が猫なで声で頼んでくる。
今すぐ露店に駆け込みたい衝動を抑えて冷静に対処する。
「ソオヘに行けば他の領地の特産品とかも置いてあるらしいからソオヘに着いたら何か買うか。装備とか揃えなきゃならないしな」
「楽しみだな~、何買って貰おうかな」
今の会話を聞いたサーシャもおねだりしてくる。
「私は指輪がいいです!」
重い! きっとただの指輪じゃないよね? 結婚指輪とかそんな感じに聞こえる。
「私も私も! 指輪が欲しいー!」
「サヤカ様はネックレスが似合うと思いますよ?」
「サーシャの方が似合うと思うな~」
「いえいえ、私には似合いませんよ」
「ううん、絶対似合うと思う!」
二人が笑顔でお互いを褒めながら牽制している姿が怖い。
そうこうしている内に馬車が停留所に止まった。
「二人ともそのくらいにして早く馬車に乗ってくれ」
「はーい。あ、私正樹の隣にすわる~」
「では反対側は私が座ります」
馬車は六人掛けで前後で三人づつ座る形になる。
俺達の他に母娘が乗っているので席順については諦めた。
しばらくして馬車が発車し、街がどんどんと小さくなっていく。
鞘華とサーシャは両端に座っているので問題なく外の景色を楽しんでいるが、真ん中に座っている俺は外の景色を見るのも一苦労だ。
俺が手持無沙汰にしていると母娘の娘が話しかけてきた。
「お兄さんがりょしゅさまですか?」
「うん、そうだよ」
「こらチカ! 申し訳ございません領主様」
「いえいえ、そんなかしこまらなくてもいいですよ」
「ありがうございます」
「ありあとござます」
娘も母親の真似をして舌足らずにお礼を行ってくる。
可愛い! 決してロリコンではないがこれは可愛い!
「今日はお母さんとお出かけかな?」
「うん、おとさんにあいに行くの!」
「そうなんだ。お父さんは何の仕事をしてるのかな?」
「え~っと、ぼ、ぼえき? してる!」
「そっか、お父さんは凄いね」
「うん! おとさん大好き!」
俺がチカと呼ばれた女の子と話しているのを母親が微笑ましく見守っている。
若干二名の視線が痛い気がするが無視する事にした。
「旦那さんはソオヘで貿易のお仕事をしてるんですか?」
「はい、他の領地の特産品等を扱っています」
「そうですか。よくソオヘには行かれるんですか?」
「月に一度、三日間滞在しています」
「良い宿等あれば教えて貰えると助かるのですが」
「それでしたら主人の方が詳しいのでソオヘに着きましたらご紹介しましょうか?」
「それは助かります。よろしくお願いします」
「いえいえ、領主様のお力になれて光栄です」
これで宿の心配はしなくて済むだろう。
しかし、またしても二人の視線が痛い。
俺は何もやってないはずなのに!
そう考えていると、またチカから話しかけられた。
「りょしゅさま、りょしゅさま達はふうふですか?」
チカの発現で今まで沈黙していた二人が動き出す。
「そうだよ~、”私が”妻の鞘華です」
「良い子ですねー、”私が”マサキ様の妻です」
「えっと??」
チカが混乱している。まだ小さいチカには難しい話だ。
しかし二人とも”私が”を凄い強調してたな。
「領主様はお二人と暮らしているのよ?」
母親が見かねてサポートを入れると、チカは二人を見て
「ふたりとも、りょしゅさまのこと大好きなんだね!」
そんな事を言った。
「も~チカちゃんはカワイイな~」
「ええ、それには私も同意見です」
二人ともチョロかった!
それから俺達は他愛のない会話を続け、ようやくソオヘに到着した。
停留所は入国審査をする場所の手前にあった。
馬車のまま中には入れないらしい。
この後どうすればいいか分からなかったので、先ほどの母親に尋ねた。
「これからどうすればいいんですか?」
「あそこの衛兵の詰め所で身分証や荷物チェックをして、問題無ければ入国出来ます。領主様の場合は顔パスだと思います」
一列に並んで順番を待つ。
母娘は俺達の前に並んでいる。
少しづつ列が進み母娘の番になった。
衛兵に手帳の様な物を見せている。パスポートの様な物だろう。
母娘が無事に通過して俺達の番になった。
「身分を証明出来る物を見せてくれ」
衛兵が事務的に言ってきた。
身分を証明出来る物なんて持ってないがここはエリーと母娘を信じよう。
「えっと、アルカナ領の領主の正樹だ」
自分で言っていて恥ずかしい。
「はっ! マサキ様ですね。どうぞお通りください」
衛兵は急にかしこまり、敬礼して俺を通してくれた。
本当に俺はこの世界で有名人なんだなぁ。
そのまま先へ進み鞘華とサーシャを待っていると何やら揉めているみたいだ。
「だから何度も言ってるじゃない! 私は正樹の妻なのよ」
「そうです。マサキ様の妻に対して無礼ではないですか?」
「しかし身分証も持たないでそんな事言われても納得出来る訳ないだろう」
「持ってないものはしょうがないじゃない!」
「私は元々奴隷だったので身分証等もっていません」
どうやら二人は身分証を持っていない事で通して貰えないらしい。
「どうかしたのか?」
俺は衛兵に話しかけた。
「いえ、この二人が身分証を持っておらず、あまつさえマサキ様の妻と言い張るので困っていまして」
衛兵が困った顔をしながら頭をポリポリと掻く。
「その二人は確かに俺の妻だ。妻は元奴隷なんで身分証等は持っていない」
「そういう事情でしたか! これは奥様方に大変失礼致しました」
「いや、最初に事情を説明しなかった俺も悪い。二人を通してもらってもいいかな?」
「はい、大丈夫です。どうぞお通り下さい」
ここでも俺の言葉一つで何とかなってしまった。
領主は俺が考えている以上に権力があるのかもしれない。
俺の鶴の一声で通された二人は衛兵に文句言いながら俺の所までやって来た。
「二人ともお疲れ」
「あのおじさん全然信用してくれないんだもん」
「私、あの人嫌いです」
「まぁまぁ、あの人も仕事なんだから仕方ないよ。それより早く中に入ろう」
二人を宥めて街の中に入る。
街は殆どの建物がレンガ造りになっており、街の中心には川が流れていた。
そこかしこに色々な露店があり、川の上流に一際大きな建物がある。
露店を見ながら街中を歩いていると、馬車で一緒になった母娘がいた。
「あっ! りょしゅさまだー」
「領主様も無事中に入られたのですね」
「やぁチカちゃん、また会ったね。お母さんの言う通り顔パスでした」
「左様でございますか。所で宿はお決めになられましたか?」
「いや、まだ決めてないんだ」
「それでしたら約束通り良い宿を紹介させて頂いてもよろしいですか?」
「有難うございます、助かります」
既に日も若干傾いてきたので早めに宿を取っておいてもいいだろう。
チカと戯れる鞘華とサーシャも異論は無いようだ。
「宿はどこら辺にあるんですか?」
「もうすぐ主人が来ると思いますので主人に案内させます。ソオヘに関しては主人の方が詳しいので」
そう言えば旦那さんは此処で貿易の仕事をしているんだっけ。
仕事で使うVIP用の宿を知っていそうだ。
俺が母親と談笑し、鞘華とサーシャがチカと遊んでいると一人の男性が話しかけてきた。
「すまない、少し遅れてしまった」
「おとさんだー」
チカがお父さんと呼んだ男性に抱き着く。
「ははは、チカ元気にしてたか?」
「うん!」
「あなた、久しぶり」
「ああ、毎回こっちまで来てもらって悪い」
「気にしなくていいわよ」
「そう言ってくれると助かる」
俺達が微笑ましく見ていると
「所でこちらの方々は?」
旦那さんが奥さんに問いかける。
「こちらの方が領主のマサキ様で、その奥様のサヤカ様とサーシャ様よ」
「領主様でしたか! これはとんだご無礼を」
「いえいえ、気にしないでください」
「あなた、領主様は宿をさがしてるんです。良い宿を案内できますか?」
「おお、そうだったのですか! それなら私に任せて下さい。領主様にピッタリの宿を紹介します」
そう言って旦那さんを先頭に歩き出した。
チカは両親の間に入り手を繋いでいた。
その光景を見て、忘れた筈の本当の両親の事を少しだけ思い出した。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、鞘華が無言で手を繋いできた。
鞘華には昔から助けられてばかりだな。
しばらく歩いて、とある大きな建物の前で止まった。
「マサキ様にはこちらの宿が宜しいかと存じます」
「結構大きいですね」
「こちらの宿はVIP専用となっておりまして、身の回りの世話もしてくれます」
そこで一端言葉を区切り、俺にだけ聞こえる様に耳元で呟いた。
「夜はナニの世話までしてくれるサービス付きでございます」
そう言った後俺から離れニコニコしながら
「どうですか? 私がオススメ出来る最良の宿でございます」
ナニの世話って、もしかしなくてもナニですか?
俺の動揺に気が付かれてないか二人を見るが、二人ともその様子は無い。
別にやましい気持ちなど微塵も無いがこの宿にしよう。
「旦那さんのオススメだしこの宿でいいか?」
「私は大丈夫よ」
「私も大丈夫です」
「二人もこう言ってるしこの宿に泊まります」
「有難うございます。領主様を泊めたとなれば宿の主人も鼻が高いでしょう」
俺達は親子にお礼をして三人と別れた。
チカが俺達が見えなくなるまでずっと手を振っていた。
「取りあえずチェックインして、それから街を見て回ろう」
二人を引き連れて宿の中に入る。
ロビーの床は大理石の様になっていて天井にはシャンデリアが輝いている。
入り口正面にカウンターがあり、その両脇に上階へと続く螺旋階段がある。
まさしくVIP専用といった感じだ。
女性二人はきゃっきゃと騒いでいる。
宿はおろかホテルにも泊まった事がないのでどうしたらいいか分からず立ち尽くしていると、メイドの恰好をした女性が話しかけてきた。
「いらっしゃいませ、当宿は初めてですか?」
「はい、初めてです!」
緊張してつい声が大きくなってしまった。
「それでしたら、あちらのカウンターで手続きをお願いします」
そう言い、自然な動作で俺から荷物を奪い取りカウンターまで案内してくれた。
「こちらでお手続きをおねがいします」
そう言ってメイド姿の女性はカウンターの横に移動した。
「あの、とまりたいんですけど」
「何名様ですか?」
「三人です」
「お部屋は別々になさいますか?」
別々でと言おうとした所で鞘華が割り込んできた。
「私と正樹は一緒の部屋でいいわよね?」
「いや、別々でいいんじゃないか?」
「え~? 宮殿じゃ一緒に寝てるんだからいいじゃない」
俺が返事に困っていると受付の女の人が突然話しかけてきた。
「あの、マサキ様といますと、アルカナ領の領主様でしょうか?」
「ああ、うん。そうだけど」
「少し失礼します」
女性はそう言い残してカウンターの奥に小走りで入っていった。
一体何事だと思っていると、立派な顎鬚を生やした白髪交じりの男性がやって来た。
恐らくこの宿のオーナーだろう。
「マサキ様、この度は当宿を指名頂き有難うございます」
「いえ、知り合いにこの宿のサービスが良いときいたので」
俺がそう言うと、オーナーの目がキラリと光った様な気がした。
「左様でございますか。そちらの女性二人は奥様ですか?」
「ああ、妻の鞘華とサーシャだ」
二人に挨拶する様に促す。
「第一婦人の鞘華です。よろしくお願いします」
「第二婦人のサーシャです。お世話になります」
「ご丁寧に有難うございます」
オーナーはチラッと俺を見た後
「マサキ様と常に一緒に居たい気持ちは分かるのですが、生憎今はお一人様用の部屋しか空いていないのです。ですが、部屋は最上級の部屋をご用意させて頂きす。身の回りの世話も専属のメイドをお付けしますので何卒ご理解いただけませんでしょうか?」
「う~ん、部屋が空いてないんじゃしょうがないか。身の回りの世話って何してくれるの?」
「ご要望があれば何でもおもうし付けください」
「ちょっとしたお姫様気分ね。サーシャはどう思う?」
「悪くない条件だと思います。ですが……」
途中で言葉を切り、オーナーを真っすぐ見据えて
「防犯等は大丈夫なんですか? 領主であるマサキ様に何かあっては困ります」
「心配いりません。宿自体に結界魔法を施してありますし、部屋のドアはお客様のお決めになったワードを唱えなければ開きません」
「そうですか、それを聞いて安心しました」
「それではお部屋のご契約に移りましょう」
その後、最上階の部屋を各々決めて、別々にワードを登録した。
鞘華とサーシャが登録している時にオーナーがやってきて
「今夜は特別サービスさせていただきます」
と、意味深な言葉を残してカウンターに戻っていった。
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