第6話 峰崎鞘華の過去

 霧矢陽佳は俺の保護者になっている。

 研究所が俺を実の両親から多額の金で買い取り、陽佳の所に養子として引き取られた。


 彼女には研究員の旦那が居たが、病気で亡くなったと聞いている。

 彼女は研究にはほとんど関与しておらず、俺の面倒をよく見てくれた。


 恐らく彼女は研究所にとって俺を養子に迎える為だけの存在だったのだろう。

 そんな彼女に兄が、もとい、俺以外の親族がいた事に驚きだ。

 彼女自身から旦那を亡くして天涯孤独と聞いていたからだ。


「陽佳さんに兄が居たなんて初耳だ。俺は天涯孤独と聞いていたから家族は誰も居ないのだとばかり思ってた」

「義理の兄らしいんだけど、関係は最悪みたいね」


 なるほど。義理の兄とは仲が悪く、血の繋がった親族が居ない。

 天涯孤独というのはそういう事だったのか。


 チャララ~♪ チャララ~♪


 携帯の着信音らしき音が鳴る。

 俺の携帯ではないのできっと鞘華の携帯だろう。


「ちょっとごめんね」


 と、言いながら携帯を取り出して着信画面を見た鞘華が一瞬驚いた顔をしたが、ほんの少しの間を取ってから話し始めた。

俺は話しを聞くのはマズイかなと思い席を立ち、キッチンに向かおうとしたが、鞘華にジェスチャーでそれを止められた。


「もしもし、お久しぶりです」


 鞘華が話し始める。


「はい、無事です」


 研究所の職員からだろうか。


「今ですか?」


 鞘華がチラリとこっちを見た。


「今は正樹くんの部屋にいます」


 え? それ言っちゃっていいの?


「はい、そうです。全て話しました」


 それも言っちゃうの? 大丈夫なの?


「はい、その事については知っています」

「* * * * * *」


 微かに聞こえてくる声は恐らく女の人だろう。

 何を話しているかまではわからないが。


「* * * * * *」

「は? え? わ、私がですか?」

「* * * * * * 」

「そんな……いつの間に……」


 何やら物凄い慌てている。

 やはり秘密を話した事を怒られているのだろうか。


「わ、分かりました。どうすればいいんですか?」

「* * * * * *」

「え? ちょ、いや、ま、待ってください。私がやるんですよね? 他に方法は無いんですか?」


 俺の方をチラチラ見ながら抗議の声を挙げている。


「* * * * * *」

「なんでそれを!? じゃなくて、他には無いんですか? 身体を触るだけとか」

「* * * * * *」

「わ、分かりました。やります! やりますから、それは勘弁してください!」


 やはりキツイお仕置きなのだろうか?

 しかも性的な意味で!

 鞘華さん、顔が真っ赤ですよ?

 俺がお仕置きする事は出来ないのだろうか?


「* * * * * *」

「はい、はい、でもそう上手く往くか分かりませんよ?」

「* * * * * *」

「ははは、その時は頼りにしています」

「* * * * * *」

「分かりました。それでは失礼します」


 どうやら通話は終わったらしい。

 鞘華は通話を切った携帯を握り締めたまま俯いている。


 内容が気になるが、聞いてもいいものだろうか?

 何だろうこの空気。

 何故か気まずい。

 何か話さなければ。


「「あの」」


 俺と鞘華の声が重なってしまった。

 更に気まずくなった気がする。


「ま、正樹からどうぞ」


 鞘華は俺から話す様に促すが、何を話したらいいかわからない。

 こうなったら気になってた通話について聞いてみよう。


「今の電話ってやっぱり研究所関係?」

「関係者という事ならそうよ。ただ、研究者ではないわ」

「俺に秘密バラした事や一緒に居る事は話しちゃってよかったの?」


 鞘華は俺を監視する目的で俺と同じ学校に入らされたみたいだからな。

 後で怒られたりするんじゃないだろうか?


「何も問題ないわ。さっき言ったでしょ? 研究所は壊滅したって」


 そういえば言ってたな。

 壊滅させた犯人が陽佳さんの義理の兄の霧矢将嗣だと。


「それに今の電話の相手は研究所とは殆ど関係ないわ。正樹のお母さんだもの」


 電話の相手は陽佳さんだったのか。

 確かに陽佳さんなら研究所とはあまり関係ないな。


「陽佳さんと知り合いだったんだな。知らなかったよ」

「昔、正樹のいる研究所に行った事があってね。その時に知り合ったの。明るくて楽しい女性ひとよね」


 俺の研究所に来た事があったのか。

 鞘華もスキル持ってるんだから不思議ではないな。


 変な事されなかったよな?

 俺がされたような事とか。


 少し不安になる。

 不安が顔に出ていたのか、鞘華が慌てたように言う。


「私は何もされてないから安心して。ただ見学に行っただけだから」

「見学?」

「気を悪くしたらごめんね。当時私は少し荒れてたの。どうして私だけこんな生活をしなきゃならないんだ! って。研究者にも詰め寄って研究所から出してって毎日当たり散らしてたわ。そんなある日、私と同じような不思議な能力を持つ少年が別の研究所に居るが見学に行くかい? っていわれたのね。その時の私は自分と同じ境遇の子がいるんだ! って思って少し嬉しくなったの。こんな苦しい生活をしているのが自分だけじゃないって、苦しみを分かり合える相手がいるんだ! ってね。それで、正樹の居る研究所に行くことにしたの。色々と分かち合えるとおもって。でも正樹の研究所で見た少年は私なんかが想像も出来ないような、非人道的扱いを受けていた。この子に比べれば私なんて幸せな方なんだって思ってしまったの。おそらく研究所に連れて来られたのは私にそれを自覚させる為だったんだって後になって気づいたわ。私がしばらくその子を見ているとその子の保護者と名乗った霧矢陽佳に声を掛けられて、別の部屋で色々と話をしたわ。そして最初で最後の見学が終わった」


 俺が何か言わなければならないのだろうが、何を口にすればいいかわからない。


「長々とごめんなさい。それと、あなたに同情した事も! 今更とは思うけど本当にごめんなさい!」


 昔の俺の境遇を知って同情するなと言う方が難しい。

 なので、鞘華が気に病む事はない。


 でも、そうだったのかぁ。


 ある日陽佳さんが写真で見せてくれた子が鞘華だったのか。

 俺は俯いてすすり泣きしている鞘華の隣に座り、頭を撫でながら言った。


「私も頑張るから、あなたも頑張って!」


 鞘華がきょとんとした顔で俺を見つめる。


「ある日、陽佳さんが女の子の写真と一緒に伝言があるわよって俺に伝えてくれたんだ。」


 鞘華は俺に同情してしまった事に罪悪感を感じている様だが、俺は違う。

 写真の女の子の言葉でどれだけ勇気づけられたか。


 女の子にがっかりされないように頑張ろう。

 頑張って今度は自分が女の子を助けるんだ!


 女の子の存在と言葉が無ければ俺は壊れてしまっていたかもしれない。

 そして、それが俺の初恋でもあった。


「俺は鞘華にお礼が言いたい。鞘華の言葉で俺は壊れる事無くその後も頑張れた。だから、もう泣かないでくれ。俺は写真の女の子を泣かしたくない」 


 鞘華はさっきよりも大粒の涙を流している。

 だんだんと嗚咽交じりになり、声を出して泣き出した。


 俺は頭を撫でていた手止め、そのまま頭を抱き込んだ。

 すると決壊が壊れたかのように声を出して泣きじゃくる。

 所々に


「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 と、すがるような声で呟き


「それから、ありがとう」


 と俺の肩でしばらく泣いていた。


 ようやく落ち着きを取り戻した鞘華が俺の手から離れる。

 泣いている鞘華を宥めている時、俺は他の事を考えていた。


 鞘華っていい匂いするなぁや、しおらしい鞘華もかわいいなぁ等と不謹慎ながらも

思ってしまった。 

 しょうがないじゃない! 男の子だもん!


 しかも相手は初恋の女の子だったんだから、そう考えてしまうのは仕方ない!

 でも、鞘華に思考を読まれてたらどうしよう?

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