異世界部

柳翠

第1話

夕方の日が差し込む生徒会室で一人黙々と作業をする男の影が伸びている。それを自分で見て悲しくなってくる。哀愁漂う空を見上げて何を思うだろうか。俺は何をしているのだろうか?

副会長も会計も書記も仕事を押し付けて帰ってしまい俺一人になってしまった。

パソコンのキーボードをひたすらに叩き続けていていて気づいたら下校のチャイムがなっていた。


「声出せえぇー!」

「うぇぇーい!」


どこかの部活が今日も意気揚々と活気づいている。書類をまとめて机の隅に置く。明日も朝から早いからな用意周到。

カバンの中にノートパソコンをしまい帰り支度をすませる。

生徒会室の鍵を閉めて職員室に返しに行く。もう6月も半ば最近は連日の梅雨により肌寒かったが、太陽の日差しを浴びるとまた背中から暑さを感じる。

コンコン。

音の良い木の音が響きガラッと横開きのドアを開ける。


「失礼します」


先生達の合間を縫って、鍵を返す。よし。今日の俺の仕事は終わり。家に帰り逸楽の時を過ごすことに思いを馳せていると校長に呼び出された。


「ちょいちょい。会長君」

「はい」


久しぶりに入る校長室のふかふかの椅子に座らされお茶を貰う。


「ありがとうございます」

「少しお話があってね」


懸念の表情を浮かべながらニコッと笑う。

何かやらかしてしまったのか危惧してしまった。沈黙が続いたので先に話を進める。


「お話、と言うと」


思い出したようにプリントを出してきた。


「会長君。この学校はね部活に全員入らなければいけないのだよ」

「はあ」

「君が大変なのはわかるけど何かしら部活に入らないと行けないんだよね」

「はあ」


適当に相槌を打ちながら差し出されたプリントを見る。そこには全35の部活の名前が乗っていた。

メジャーな運動部から思いもよらない部活まで沢山ある。この学校はいってしまえば文化系が多い。文武両道の俺にとって美味しい部活は沢山あるのだ。


「そこでね、提案なんだけど」

「そう申しますと?」

「部員一人しかいない部活があるんだけど、どうかな?」


プリントに再度目を落とす。夕日の光で少し眩しく目を細めながら赤丸の着いた項目を見てみる。


「いせかいぶ?」


聞いたことも無い単語に思案するが、なかなか答えが出ない。それを感じとったのか校長は話を進める。


「どうかな、1度見て見ては」


顎に手を当てて少し考える素振りをするが見て見ないことには何もわからないので、その異世界部とやらを一度見てみることにした。


「分かりました」

「良かった。いやぁ、心配してるんですよ。あなたこのまま生徒会に飲み込まれてせっかくの高校生活が潰れてしまわないか?」

「心配ご無用十分楽しいですよ」


そんなことは無い。毎日雑務を押し付けられ家にまで仕事を持ち込むことも多々あり、それは毎日機械のようにキーボードを叩いている始末。まぁ、部活に入れば楽しいこともあるかもしれない。そんな軽い気持ちで異世界部まで足を運んだ。


「ここか」


学校の隅。生徒会室の一つ上の階に位置するそこは窓がカーテンで締め切られていて、中の様子が見えなかった。加えて『異世界部』とマジックで雑に書かれたプレートがドアノブに引っかかっているだけだ。

不安に思いながらもノックをする。


「失礼します」


返事を待たずに中に入る。さぁて、どんな部活をしているのか。

軽い気持ちで入ったが、驚くべき光景が目の前に広がっていた。

口から血を流しお腹のあたりが真っ赤に染った制服を着て白目を向いている少女が倒れていた。悲しくもカラスの鳴き声だけが耳に入ってきた。


「だ、大丈夫か!」


恐怖で息を切らせて脳内が真っ黒になりフリーズしていたが、やっとの事で声を発せられた。

頭の部分を持ち上げてみるとダラっと脱力したように重力が加わる。


「お、おい!」


何度ゆさぶっても反応がない。ひたすらに声を上げているとまた違う声が混じってきた。


『少女よ、目を覚ませ』

「ひっ!」


どこからともなく聞こえた女の高い声に驚きの声を上げてしまう。どこから響いているのか真っ暗の中身を凝らしてみるがわからない。


『お前は選ばれし者。 お前は転生者だ!』

「お、俺が選ばれし者? てんせいしゃ?」

『この中からスキルと武器を選ぶが良い。どれもチートものだ』

「ちーと? すきる?」


身に覚えのない単語を並べられて困惑する俺を他所に話が勝手に進んでしまう。


『ほぉ、暗殺者か、なるほどなかなかいい目を持っておる。加えて魔眼のスキルもさずけよう』

「あ、暗殺!? こわっ! え、なに、こ、殺される?」

『加えて、対物理攻撃を獲得』


何がなんやら頭が混乱。そ、そうだ。救急車を呼ばなければ。

頭が覚えたら早く、すぐさまポケットに手を突っ込み119を押す、その動作をしようと指を動かしたその瞬間。何かが手首に張り付いた。べったりしている。


「ひぃぃぃい!!!」

「も~邪魔しないでくださいよ」

「え?」


真っ赤な手を辿っていくとさっきまで白目むいた女が動いていた。

そいつは立ち上がるとなにごともなかったかのように教室の隅のラジカセを取り出す。


『さぁ! 世界を救いたま――ガっ。ピーーーー』


ラジカセの電源を切るとこちらを振り返り大きな声で一喝する。


「もうっ! せっかく転生者の気持ちにふけっていたのに! 邪魔しないでくださいよ!」


何故か逆ギレされる。何故怒られているのか心当たりがない。え? 助けようとしたんだよ。ねえ。俺間違ったことしたかな?


「お、お前はなんなんだ?」

「ん? ん~」


考えるように頭を抱えるがそんな難しい質問してないよね。名前聞いただけだよね。

ピコーん。

閃いたように目を見開く。

握りこぶしを突きつけてきて俺の目の前で止める。あと少しで顔面ヒット。


「我が名はミック―コメェーヤ。闇を愛し闇に愛された美少女!」


今こいつなんて言った? 美少女? 自分で名乗るか普通。まあ、可愛いに越したことはないけど。名前が上手く聞き取れなかった。鼻につくように饒舌に話したつもりなのだろうけど。


「イッツ―ゴミーダ?」

「その聞き間違いはひどい!」

「悪い。普通に名乗ってくれ」


ぷんぷん。

頬をふくらませて地団駄をふむ。


「もお~ちゃんと聞いててくださいね」

「ああ」

「……米屋…………未来、です」

「なんで恥じらってモジモジするの? さっきの名乗り方の方が幾分か恥ずかしいよ!」


なんてノリツッコミに誘導されてしまったがこいつ何やってたんだろう。なんで口と腹から血が吹き出してるの? 床。床に血がついてる。


「おい、その赤いのは何かな?」

「ああ、これ? 私の鮮血」

「ああ、分かった。分かったよ。君の後ろにあるトマト印のものが全て物語っていたよ。変な事聞いたね。すまなかった」


後ろに置いてあるそれに気がついて悪い悪いとばかりに手を合わせる。

ごめん君はアホの子なんだね。悪かった。


「チャケップ!!!」

「ケチャップ!!!」


てへぺろ。ペラりんちょ。下を出して嘲たようだが今の俺にとってはかなり腹立たしいぞ。帰って、バイトしてぇ。


「チョケップ!!!」

「チャケップ!!!」


あれ? 違和感が。


ニコニコにー。あなたのハートに米屋ニコニコ。じゃなくて。なんだその薄ら笑い。腹立つ。


「ケチャップですよ」

「あ」


う、うぜぇ。やめろやめろ。その笑い方やめろ。「ぬひひひ」じゃねえよ。くそ。心の奥底で何かが沸騰してくる。

は、話を切り替えよう。


「して。君は何をしていたんだね?」

「え?」

「え? じゃなくて。何口からチャ……ケチャップ吹き出して倒れてたの? あのラジカセ何?」

「ラジカセ? ああ!」


ぽん! 閃きました! とばかりに手を叩く。

後ろに置いておいたラジカセを取り出しさっきの声を再度流し始める。


『少女よ、目を覚ませ』

「はっ!? ここはどこだ?」

(目を覚ました少女)

『お前は選ばれし者。 お前は転生者だ!』

「なんとこの私が!」

(驚きを隠せない少女)

『この中からスキルと武器を選ぶが良い。どれもチートものだ』

「これとこれとこれ!」

(全くキョドらないし遠慮しない少女)

『ほぉ、暗殺者か、なるほどなかなかいい目を持っておる。加えて魔眼の―――』

「わかったわかった! ストォープ!」

(制止する生徒会長)


違う!


「俺は再現しろと言ってない! 説明しろと言ったのだ!」

「説明したじゃないですか?」

(ぷんすか)

「やめろ! 何だこのカンペ? どこから出した!」

(激怒する生徒会長)

「やめろと言っているだろうがァ!」

「もう。説明してるじゃないですか!」

「だからどこが?」

「つまりここは、異世界を再現する部活なんです!」

「しるかぁー!!!」


とまあ、俺はとんでもないところに迷い込んでしまったようだ。

(これが、良いのか悪いのか俺の人生が変わる瞬間でもあった。この美少女に出会うまでは俺は、変わることは無かっただろう。この少女に一目惚れ――)


「カンペストォープ!!!」


かくして、俺はとんでもない部活に入部する羽目になってしまったのだ。


(チャンチャン)

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