第21話 ひとときの休息
放課後 学園からの帰り道
「はい。分かりました。ありがとうございます」
僕がスマホの通話を終えると同時に紅緋が姿を現した。
「それで、どうだって?」
紅緋は頬を膨らませぎみで話す。まあ、通話の相手が相手だからだろうけど。
「神凪生徒会長の話だと、蛇の妖魔は妖魔界に逃げ込んだらしい。妖魔は執念深いので、傷が癒えたらきっとまた襲いに来るだろうから気をつけるようにって」
「ふ〜ん、そう。他に何か話した?」
「ううん。何も話して無いけど……」
「そう」
紅緋の不機嫌そうな顔が一転して満面の笑みに変わる。
「ねぇ、未來!」
「うん?」
「私、行ってみたい所があるんだけど……いいかな?」
「どこ?」
恥ずかしそうにおずおずと紅緋が指差した先は、遊園地を併設したショッピングモールだった。
この時間のショッピングモールは夕食のお買い物の主婦や、学校帰りの学生で賑わっていて、うちの学園の制服姿も結構見受けられた。でも、紅緋が一緒にいるおかげで時間の流れが変わり、誰も気にかけること無く自由にお店を廻れる。
「どう? 似合うかな?」
「うーん、と、いいんじゃないかな」
「未來、本当に思ってる?」
「う、うん! 思ってる、思ってるよ!」
「そう」
紅緋ははにかんだ笑顔を見せた。今、紅緋は女の子の可愛いい服を売ってるショップで、色々な服を試着して楽しんでいる。
「よし! 決めた!」
紅緋は試着していた服を全部売り場に返す。
「私、ちょっと指輪に戻るね」
そう言うと、すぐに紅緋は指輪に戻り周りの時間が進み始めた。
さっきまでの静けさが嘘のようなざわざわとした人々の往来と、話し声が僕の眼と耳に入ってくる。そんな光景をぼんやりと眺めながら紅緋の戻ってくるのを待った。
「うん! 大丈夫!」
指輪から紅緋の声が聞こえてすぐに時間の流れが再び変わる。
そして僕の前に長い黒髪に胸元にリボン、スカートの裾にフリルがついた白色のワンピース姿の少女が舞い降りる。
「……紅緋?」
あまりの驚きに、僕の口から出た言葉ははっきりとした音になっていなかったかもしれない。
いつもの紅い髪に紅い瞳、紅いパーカーに紅いハーフパンツ、足には紅いローブーツ姿からは想像出来ない変わりようだ。
「変……かな?」
紅緋は俯き加減で上目づかいに僕に聞く。
「ううん。全然変じゃないよ! ……うーん、なんだろう、……えーと、すごく可愛いと思うよ」
多分、この瞬間、僕の顔の回りだけ10℃ほど温度が上昇していたと思う。しどろもどろの受け答えを紅緋する。
「……ありがとう」
紅緋もそのまま真っ赤になっている。
「だけど、どうしたの? その髪の色とワンピースは?」
「えへへ、変身だよ」
「変身?」
「いつも同じ髪型で同じ服だから、未來と一緒に歩く時ぐらいは少しは可愛いい格好したくて……一応女の子だから」
「うん……」
気の利いた言葉の一つも言えば良かったのかもしれないけど、僕には何も思いつかなかった。そんな僕の手をそっと紅緋は握る。
そして僕たちは手を繋ぎ、時間の流れが変わっているから誰も、僕らのことは気付きようも無い筈なのに、互いに周りを意識して、いや、互いに互いを意識して真っ赤な顔して歩いた。
しばらくして紅緋が立ち止まる。紅緋の視線の先を追ってみると、近くの学校の女生徒たちがアイスクリームを食べている。
「紅緋、食べたい?」
「うん!」
僕と紅緋はアイスクリーム屋さんの前に立つ。
「どれにする?」
紅緋は色々な種類のアイスクリームが並んでいるディッピングケースを食い入るように見つめている。
「決めた! ストロベリーにする」
「分かった。それじゃあ、一度指輪に戻って」
紅緋が指輪に戻り時間が進み始める。僕はアイスクリーム屋の店員さんにストロベリーとミントチョコのアイスクリームを注文してお金を払って受け取った。
「紅緋、もういいよ」
再び変身した姿の紅緋が現れる。白色のワンピースが幼さの残る大きな紅色の瞳を持った紅緋によく似合っている。
「はい」
「ありがとう」
紅緋は僕からストロベリーのアイスクリームを受け取り、嬉しそうに食べ始める。
「ん〜、冷たくて美味しい!」
そんな紅緋の姿を見ていると、紅緋が精霊じゃなくて普通の女の子なんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。
僕は周りの人たちが僕たちのことを認識出来ないという現実と、紅緋がこうして笑顔で僕の横にいる現実をしっかりと考えなければならないんだと自分に言い聞かせる。
「あっ! 未來、難しい顔してる! どうしたの?」
考えている事が顔に出てしまったのか、紅緋が心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。
「いや、なんでもないよ」
努めて明るい顔で紅緋と話す。
「さぁて、次はどこに行こうかな?」
「え、うーんと、ねぇ…………」
笑顔で悩んでいる紅緋を見ながら僕は思う。
妖魔との戦いを終えた時に、紅緋はやっぱり精霊界に帰ってしまうのだろうか?
いつかは無くなってしまうであろう、この非現実のような現実を手放したく無いと思うのは僕の我がままなのか? と。
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